34.侯爵令嬢は前世の話をもふ神様と侍女に語る(後編)
やっと後編です。
もふもふ要素ありの今世に戻ってきました。
シャルロッテは私から顔を離すと立ち上がり、侮蔑するように見おろす。
「どうしてですって? 貴女が憎かったのよ」
「私は貴女に恨まれるようなことはしていないはずよ」
意味ありげに含み笑いをするシャルロッテ。彼女との接点はほとんどなかったはずだ。
「覚えているかしら? 魔法訓練でリックと私と貴女は同じ班だった」
「ええ。訓練のはずが、実際に魔物に遭遇してしまった時ね」
「そう。あの魔物は私が用意したのよ。リックにいいところを見せようと思ったのに、貴女が邪魔をした」
「なんですって!? 魔物を仕掛けるなんて正気なの? 王太子殿下にもしものことがあったら、どうするつもりだったの?」
ぎっと憎しみの目でシャルロッテは私を睨み据える。
「どうにもならないわよ。魔物は弱らせてあったもの。後はとどめを刺すだけだったのに、貴女は私の魔法を侮辱して手柄を横取りした」
シャルロッテの魔法を侮辱した? 侮辱などしてはいない。魔物の目をくらませるのに、シャルロッテの『光魔法』の光度では弱すぎた。だから替わってくださいと言っただけだ。
あれが彼女を侮辱したというの? それは被害妄想ではないのだろうか?
「そうでなくても、貴女の存在は目障りだったの! 大貴族の令嬢で王太子殿下の婚約者。しかも親友は王女殿下でたくさんの友人に囲まれて、美人で成績優秀。同じ『光魔法』の属性持ちなのに悉く比べられた私の気持ちが分かる?」
シャルロッテは私に嫉妬していたの?
「貴女は王太子殿下の心を射止めたではないの? こんなことをしなくても私は身をひくつもりでいたのに……」
「リックの心にはまだ貴女がいるわ! 彼は貴女を第1妃にするから、私は第2妃でも構わないか? って言ったのよ!」
嘘でしょう? 彼の心はとうに離れていた。もしそうならば、なぜシャルロッテの言葉を鵜呑みにしたの? なぜもっと話を聞いてくれなかったの? 結果的に彼は私を裏切り、シャルロッテを選んだ。
彼が2人とも妃にする気でいたことに愕然とした。「妃は1人でいい」と言っていたのだ。確かに我が国の国王は第2妃まで妻帯を許されている。世継ぎに恵まれなかった時の対策だ。今の国王陛下は王妃殿下お1人しか娶らなかったが……。
「『光魔法』の持ち主も王太子殿下の妃も1人でいいのよ! だから貴女には消えてもらうことにしたの。私の勝ちよ」
勝ち誇ったように、にやりと歪んだ笑みを向けた。狂っている。シャルロッテは狂っているわ。
「そんな……そのために家族まで巻き添えにするなんて! 貴女は狂っているわ!」
「家族仲良く、天に召されるのだからいいじゃない。ああ、貴女はちょっと遅れちゃったけれどね」
アハハハと天井に顔を向けて、おかしそうに笑うシャルロッテに怒りがこみあげた。憎悪の眼差しを彼女に向ける。
「いいじゃない、その顔。淑女ぶって、澄ました顔をしている貴女よりずっといいわ」
「シャルロッテ!」
彼女に掴みかかろうとして、かわされる。体力が落ちているのだ。無様にも床に転がってしまった。
「では、さようなら。カトリオナ様。天国への良い旅を! 天国があれば……だけれどね」
シャルロッテはカーテシーをして、扉を閉める。
神様! 神様がいらっしゃるのであれば、あの女に天罰をお与えください!
処刑当日は、前の日に声が枯れるまで泣き、疲れて気力がなくなってしまった。もうどうでもいい。天国があるのならば、家族に会いたい。輪廻転生があるのならば、生まれ変わっても、また同じ家族だといいと思う。貧しくてもいい。皆一緒ならそれで構わない。
死に逝く前に言い残したいことはあるかと死刑執行人が問う。私は頷くとシャルロッテに向かってメッセージを贈る。
「私は無実の罪で裁かれ、神のみもとに参ります。私を陥れた者たちに神の裁きがくだらんことを!」
きっとシャルロッテを睨むと、嘲りの笑みを浮かべていた彼女が一瞬だけ、憎悪の表情を浮かべる。ろくな死に方をしないわよ、貴女とにやりと笑ってみせる。
王太子殿下の青い瞳に哀しみが宿っている。今さら後悔をしているの? やめて。きっと貴方は天国には行けないから、死後の世界では会わない。生まれ変わっても、もう二度と貴方とは会いたくない。
司祭の祈りが終わると、私は自ら断頭台に向かう。グランドール侯爵家最期の人間の死に様を見るがいい。胸を張って堂々と歩む。
お父様、お母様、お兄様、メアリーアン、執事長、マリー。今そちらに参ります。
「そこで意識が途切れて、目覚めたら7歳の自分が熱を出して、うんうんと唸っていたの」
語り終えると、いつの間にか来ていたフレア様がぼろぼろと涙を流して泣いていた。ダーク様は背を向けて肩を震わせている。あれって泣いているのかしら?
「よく頑張ったのじゃ! リオは強い子なのじゃ!」
フレア様が抱きついてくる。あれ? 既視感?
「それにしても許せない女ですわね。今すぐキャンベル男爵家へ赴いて毒殺しましょう」
「マリーが行くのならば、俺もついていってやる」
マリーの額に青筋が浮いている。本気で怒っているのだ。
「ダメよ! そんなことをしては絶対ダメだからね。マリーの手を汚させるなんて……ダーク様も同意してはダメです!」
「お嬢様……なんてお優しい……」
うるうると潤むマリーの目を、ダーク様がハンカチで拭いている。
「前世のリオは神の裁きを願ったのじゃ? 今すぐ裁きをくだしてもよいのじゃ?」
「フレア様もダメですよ! 現段階ではシャルロッテはただの子供です。何もしてはいません」
ふしゅうと荒い鼻息が聞こえるので、振り向くとレオンが獅子の姿になっていた。
「レオン!?」
「リオ。なぜその娘に復讐をしようとは思わないのだ。お前を陥れ、家族を殺した娘だぞ」
怒ってくれているの? 神様が私のために?
「それは……時が戻った当初は1度は思ったわよ。私だけならともかく家族を道連れにしたことは許せなかったわ」
「ならば! リオが願えば我は手を貸す」
私は首を振る。
「でもね。シャルロッテも私が『光魔法』の属性持ちでなければ……王太子殿下の婚約者でなければ……彼女は狂わなかったかもしれないって考えたの」
ふうと息を吐くと、レオンは小さな獣の姿に戻る。
「どうしてそんなに優しく強く生きれるのだ? 人間は感情の赴くままに動く生き物ではないのか? シャルロッテという娘のように」
「そんな人間ばかりではないのよ」
レオンは、はっと目を見開く。オッドアイの瞳が哀しそうに見えた。
「……その優しさがいつか仇になるぞ」
「大丈夫よ。レオンが守ってくれるのでしょう?」
レオンを抱き上げると、目を合わせてにっこりと微笑む。
「無論だ!」
「わたくしも守るのじゃ!」
はいはいと手を挙げるフレア様。
「もちろん私もです!」
「マリーが守るというのならば、俺も守ってやってもいい」
「はい! 皆様、頼りにしています」
その夜はレオン、マリー、フレア様、ダーク様と一緒にベッドで眠った。キングサイズでベッドは大きいけれど、神様たちには獣の姿になってもらう。
マリーは自室に戻ると言ったのだが、ダーク様がマリーについていきそうだったので、引き留めて無理やり一緒に寝てもらうことにした。神様とはいえ、年頃の男女が2人で同じ部屋にいるというのは問題がある。
レオン? レオンは小さな獣だから大丈夫! 私も子供だから年頃ではない。年頃になったら考える。
レオンはいつもどおりの小さな獣姿、フレア様は金色の鳥ではなく、レオンに対抗して金色に近い毛並の可愛い茶色の猫の姿、ダーク様は小さな黒い狼の姿だった。
神様たちの獣姿は可愛くて、マリーと2人でもふりまくった。
「「ああ。癒される」」
「なぜ、お前たちまでリオと同じベッドで眠るのだ? ソファで寝ろ。外でも構わぬぞ」
「レオンは本当にいけずなのじゃ! わたくしだってリオが大好きなのに、レオンばかりずるいのじゃ!」
ふーと毛を逆立てている。白い長毛種の猫と金色の猫がなわばり争いをしているようだ。
「マリーにブラシをかけてもらった。特別に抱っこさせてやってもいい」
黒い狼姿のダーク様がちょこんと座っている。ダーク様を抱き上げると、毛並みが先ほどよりふわふわになっていた。
「ふふ。ふわふわですね。ダーク様」
「リオ、あまり1人で抱え込むなよ」
「ええ。近々家族にも話そうと思っているのです」
「そうか。神頼みという言葉もある。俺たちに頼っても構わないのだぞ」
神様に全面的に頼れば、それは心強い。でも、レオンも言っていたけれど、人間同志でしか解決できないこともあると思う。
「ありがとうございます。ダーク様」
「こらっ! ダーク! なぜリオの腕の中にいる? そこは我の場所だ!」
フレア様となわばり争いじゃなかった……ケンカしていたレオンがぎろっとダーク様を睨む。
「姉ちゃんと仲良くケンカしていて、リオが寂しそうだったからな」
ダーク様はぴょんとマリーの腕に跳びうつると、懐にすっぽりおさまる。
「俺の定位置はここだ」
「勝手にレオンの場所にするではないのじゃ! わたくしの場所でもあるのじゃ! それと姉上と呼ぶのじゃ!」
パジャマパーティーならぬ、もふもふパーティーの夜は楽しく過ぎていった。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)