33.侯爵令嬢は前世の話をもふ神様と侍女に語る(中編)
もうメンタルやられそうです。
暗い展開が苦手な方は引き返すか流し読みしてください。
地下牢に連れてこられた私は、薄い布で作られた粗末な囚人服に着替えさせられ、毛布一枚の堅くて狭いベッドと隔てもないトイレだけの牢に放りこまれる。血と汗が混じったようなものすごい異臭がした。
「明日から厳しい拷問が始まるからな。早いところ自白しちまった方が楽だぜ。お嬢様」
牢番がいやらしい笑いを浮かべる。自白することなど何もない。私は何もしていないのだから……。
お兄様とクリスは大丈夫かしら? 粗末なベッドに横になって2人の身を案じる。
翌日からは牢番が言っていたとおり、拷問が始まった。拷問室に連れていかれると、恐ろしい道具が目に入り、ぞっとする。
鎖につながれた私は服をはぎ取られ、拷問係の男にムチ打ちされる。
「きゃあぁぁぁぁぁ!!!」
ムチがひゅんと唸り背を叩く度に、焼けつくような痛みが走る。
「早く自白しないと白磁の肌が剥けてひどいことになるぜ」
「……自白する……ことなんて……ない……」
「強情な娘だ! これでもか!」
強めにバシっと叩かれ、さらにひどい痛みが走る。
「あああああああ!!!!!」
「言っておくが、お得意の『光魔法』の癒しは使えないぞ。この牢は魔法障壁に囲まれているからな」
背中の皮が剥けるまでムチ打ちされ、その後は殴らたり、蹴られたりした。気を失えば水をかけられる。それでも私は自白などしない。
「貴族のお嬢様にしては忍耐力があるな。自白しない限りは苦しみが続くぞ。早く自白してしまえば、もっとマシな牢にうつされて食事もいいものが食えるのにな」
「わ……たしは……何も……して……いない……」
ちっと拷問係の男は舌打ちする。引きずられて元いた牢に連れていかれると放り込まれた。扉の下の差し入れ口から、カビだらけのパンと野菜が少し浮いただけの薄いスープと水が置かれる。
「しっかり食っておけ! 明日からも苦しみが続くからな」
這うように差し入れ口まで行くと、与えられた食事を一生懸命食べる。裁判までしっかり生きないと! 裁判で無実を訴えるのだ。
1ヶ月にも及ぶ拷問に耐え、のぞんだ裁判は有罪となった。
宰相である伯父は必死に無罪の証拠を得ようと奔走したのだが、悉く打ち消された。次から次へと私に不利な証拠が出てくるのだ。おそらく捏造されたものだろう。
それどころかグランドール侯爵家は断絶。家族もろとも断頭台行きが決定した。
「家族は関係ありません! 死罪にするのならば私だけにしてください!」
「お前の家族は、お前を脱獄させようと脱出計画を目論んでいた。現に牢に忍びこもうとしたグランドール侯爵家の執事長とその娘がいる。囚人を脱獄させるのは極刑にあたる」
執事長とマリーが? 私を助けようとして……。
「2人は……どうなったのですか?」
「捕らえる前に抵抗したので、衛兵に殺された」
「そ……んな……」
執事長……マリー……ごめんなさい! 私のせいであなたたちまで巻き添えにしてしまった
結局、私の訴えは聞き入れてはもらえなかった。
有罪となり死罪が決まった私は拷問をされることはなく、少しだけ良い牢に移された。机があり筆記用具もあったので、国王陛下に家族の助命を願う嘆願書をしたためた。衛兵に頼み込んでなんとか渡してもらうように約束を取り付ける。
その夜、王太子殿下が牢に訪ねてきた。私の姿を見た瞬間、青い瞳を大きく見開く。拷問で痛めつけられた私の姿は醜かったのだろう。
「なぜ自白しなかったのだ? そのような姿になるまで耐える必要はあるまい」
「私は何もしていないからです。してもいないことを自白する必要がどこにあるというのですか?」
「だが、シャルロッテは殺されかけた。私とシャルロッテの仲を引き裂こうという動機からであろう?」
ふいと王太子殿下は顔を背ける。醜い顔は見たくないのだろう。
「シャルロッテ様を殺そうとは露ほどにも思いませんでした。婚約破棄を申し渡されたら、お受けするつもりでおりました。お2人を祝福した後は修道院に入ろうと決めていたのです」
「嘘だ!」
王太子殿下はドンと壁を叩く。
「今さら嘘を申してどうなるのですか? 私は死罪が決まっているのですよ」
ふるふると肩を震わせると、王太子殿下は背を向ける。
「明日、其方の家族が断頭台に送られる。家族の最期をみとらせてやる」
「そんな!? 嘆願書は? 国王陛下に嘆願書をしたためました! 家族の命だけはお助けくださいませ!」
「残念だが……嘆願書は却下された」
扉が閉まる瞬間、私はその場に崩れ落ちた。
翌日、刑場に無理やり連れてこられた私は断頭台の真下に鎖につながれたまま、座らされた。魔力阻害の呪文が刻まれた鎖だ。魔法を使うことはできない。
断頭台の上にはお父様とお母様、お兄様と妹のメアリーアンが立たされていた。メアリーアン以外はみんな痛めつけらた痕があり、酷い有様だ。
「お父様……お母様……お兄様……メアリーアン……」
声に気づいた家族が断頭台の下にいる私に目を向ける。
「リオ、可哀想に。そんな姿になるまで……よく頑張ったね」
「つらかったでしょう? 助けてあげられなくてごめんなさい。リオ」
「すまない、リオ。あの時、お前をすぐに連れ出せばよかった」
「お姉様。大丈夫?」
私を気遣う家族の言葉が心に沁みる。司祭が祈りを捧げているが、聞こえない。家族の姿しか見えない。涙で視界が歪む。
司祭の祈りが終わると、最初にお父様が断頭台に横たえられる。金髪は白髪に変わっていた。
「お父様!」
「リオ、愛しているよ」
慈愛に満ちたお父様の笑顔は、落ちてきた断頭台の刃で断ち切られた。
次はお母様が横たえられる。美しかった白銀の髪は肩まで切られていた。
「お母様!」
「リオ、愛しているわ」
優しいお母様の顔は、ザンという音とともに消えた。
死刑執行人がお兄様を支えて横たえる。お兄様は足の骨が折れているのか、立っているのがやっとだったようだ。
「お兄様!」
「リオ、愛している。生まれかわっても君の兄だといいな」
涙に濡れながらも、笑顔のお兄様の顔がなくなってしまった。
最後にメアリーアンを死刑執行人が横たえる。小さな細い首が抜けないように、死刑執行人が体を押さえている。
「メアリーアン! やめて! 妹はまだ7歳なのよ!」
「お姉様、大好き」
あどけない笑顔が……いなくなってしまった。
「殺してください! 私も今すぐ! 家族と一緒に!」
みんな天に召されてしまった。家族が何をしたというの! 何もしていない! なぜ? なぜ?
「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
私は天に向かい号泣した。声が枯れるまで叫んだ。
そこまで語ったところでレオンとマリーがぼろぼろと涙を流して泣いていた。私もだけど……。
「お嬢様にご家族の最期をみとらせるなんて、なんと惨いことをするのでしょう。そして、よく頑張りました。前世の私……。最後までご一家を見捨てなかった自分を褒めてあげたい……」
「リオ……頑張ったな。つらかっただろう? 苦しかっただろう? 人間はどうして惨いことを平気で行えるのだろう」
涙をぬぐうと、果実水を飲む。
「続きを話すわね」
私の処刑前日にシャルロッテが牢を訪れてきた。2人だけで話をしたいと衛兵を下がらせると、扉を閉めて中に入ってくる。
「お別れに参りました。カトリオナ様」
「シャルロッテ様」
シャルロッテは私に近づくと、愛くるしい顔に歪んだ笑みを浮かべる。
「ひどいお姿ね。「社交界の白薔薇姫」と呼ばれた貴女が醜い姿になっていい気味だわ。今の貴女は、まるで枯れたバラのようね。明日死に逝く貴女にいいことを教えてあげるわ」
「シャルロッテ……様?」
顔を近づけると私の耳に囁くように語りかける。
「貴女を冤罪に陥れたのは私よ」
「な!? なん……ですって……? どうして?」
シャルロッテの思わぬ告白に、驚愕で一瞬息が止まるかと思った。私を陥れた張本人はシャルロッテだったのか。
まだ続きます。
後編は今世が多めのはず……です。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)