28.侯爵令嬢は王太子殿下との婚約フラグを折るかもしれない
王太子殿下とのバトルにリオは勝てるのか?
王太子殿下が我が家を訪れてきたのは、翌日の午後だった。到着時間はあらかじめ連絡があったので、朝早くからお菓子を焼くため、料理人は忙しく動き回っていたようだ。タウンハウスの料理人は料理長の直弟子で腕は確かだ。紅茶に使う茶葉は、今年春に摘まれたファーストフラッシュで、特に出来が良かったものをマリーが持参してきていた。
「この茶葉はお嬢様のために持参したもので、カスの王太子殿下に飲ませるためではありません!」
ブツブツと文句をいいつつも、渋々と提供してくれた。社交シーズンがとうに過ぎたタウンハウスには、もてなし用の茶葉が残っていなかったのだ。家族好みの茶葉は、王都に来る前にこちらの執事が手配していたのだが……。長期滞在の予定ではなかったので、まさか賓客が来るなど思いもしなかったのだろう。
「ようこそおいでくださいました。王太子殿下」
家族そろって、エントランスで王太子殿下を出迎える。
「堅苦しい挨拶は抜きで構わないよ。ああ、僕が贈ったバラを飾ってくれたのだね」
エントランスに飾ってあったバラを見て、王太子殿下がにこりと微笑む。
「大変美しいバラでしたので、皆にも見てもらいたくて、私がお願いしましたの」
どうして自室に飾っておかないのかと突っ込まれる前に、すかさずフォローをしておく。
「そうか。リオは優しいね」
「そうよ。リオは良い子なのよ。ごきげんよう、皆様」
王太子殿下の後からクリスティーナ王女殿下がひょこっと顔を出す。クリスと私はどちらからともなく駆け寄り、手を取り合って微笑み合う。
「これはクリスティーナ王女殿下もご一緒でしたか?」
「どうしてもついていくと言ってきかなくてね。申し訳ない」
王太子殿下は困った顔で詫びをいれる。よくぞクリスを連れてきてくれました。褒めてつかわす!
「とんでもございません。ご兄妹でご訪問いただけるとは光栄でございます」
「ささやかではございますが、お茶会の場を設けさせていただきました。どうぞこちらに」
お父様とお母様が揃って、お茶会の場所へ先導する。
今日のお茶会は、庭が全体に見渡せるテラスで開くことにしたようだ。今の時期はさわやかな風と心地よい日差しがテラスにあたるため、もってこいの場所だ。庭はトマスの息子が手入れしているので、領の屋敷ほどではないが、見映えのよい景色を作り出している。
テラスまで歩いていく途中にクリスがこそっと耳打ちをしてきた。
「あれは受け取ってくれた?」
クリスのいうあれとはシーリングスタンプのことだ。私は頷く。
「便利なものをありがとう。お礼のお手紙を書いたのだけれど、貴女が王太子殿下と一緒に訪れてくれるとは思わなかったわ」
「お手紙はまだリオの手元にある? あるのだったら受け取っていくわ」
シーリングスタンプの実験をしようと思ったのだけれど、まあいいか。
「まだ手元にあるわ。あとお返しの贈り物があるの」
「まあ。それは楽しみだわ。後でリオの部屋に行ってもいいかしら?」
クリスなら大歓迎だ。王太子殿下にまた部屋を見せてくれと言われたら、今度こそお断りするつもりだったけどね。
「もちろんよ」
テラスには大きめの丸いテーブルに6人分の椅子が用意されている。座る順番は時計回りに王太子殿下、お兄様、私、クリス、お母様、お父様だ。クリスには王太子殿下の隣に座ってもらう予定だったのだが、どうしても私の隣がいいと言うので、こういう順番になったのだった。王太子殿下は不満そうな顔をしていたが、私にとってはありがたかった。
執事と侍女数人がお菓子と紅茶のセットを運んでくる。マリーが一瞬だけジロっと王太子殿下を分からないように睨んでいた。マリー、変なものを王太子殿下に盛ってはダメよ。
フルーツをふんだんに使ったケーキを主役にスコーン、クッキー、マカロンが周りを彩っている。料理長のお弟子さんは頑張ったのね。
「この紅茶はファーストフラッシュね。この時期に『春摘み茶』が飲めるとは思わなかったわ」
クリスが紅茶を一口含むとくわっと大きな青い瞳を見開いた。さすがはクリス。紅茶の銘柄を一発で当てる特技は子供時代から発揮していたのね。
「しかもいい保存状態ね。管理していた方はすごいわね」
褒められたマリーは嬉しそうににこにことしている。この紅茶はマリーが私のために大切に管理していたものだ。マリーが褒められると私も嬉しい。
「このケーキも美味しいわ。ふふ。王都の人気店のものよりいい味ね」
「うん。フルーツがたっぷり使われていて美味いな」
王太子殿下も美味しそうにケーキを頬張っている。
「あら? お兄様に味の違いが分かるの? 味オンチのくせに」
「な! 僕は味オンチではないぞ。クリスは本当に生意気だ」
王族といえども兄妹喧嘩は普通にするのね。なんとなく微笑ましい。私とお兄様は仲良しで喧嘩したことはあまりない。というよりもお兄様が穏やかな性格なので、喧嘩したところで「はいはい」と受け流されてしまいそうだ。
コホンと咳払いをすると王太子殿下はお兄様に話しかける。
「ジークは魔法学院に入学するまでに師事する教師は決めたのか?」
「ええ。目星はつけてあります。ただちょっと偏屈なので受けてもらえるかどうかは分かりませんが」
ああ。あの人ね。『風の剣聖』と呼ばれる凄腕の方なのだが、ちょっと偏屈なのが玉にきずなのだ。最終的に彼はお兄様を鍛えることになるのだけれどね。
「そうか。僕は魔法院から『火魔法』の教師を迎えることになっている」
王族はほぼ魔法院の第一人者を教師として迎え、学ぶことになっている。例外はクリスだ。
これは前世の彼女に聞いた話なのだが、10歳で魔法属性判定を受けた後、1年半だけ行方をくらませたことがある。遠い東の国に単身で修行に行っていたそうだ。どういう修行をしたのかまでは詳しく聞いていないが、帰ってきた彼女の魔力はとんでもなくアップしていた。
「リオとクリスは2年後に魔法属性判定だね。今から楽しみだね」
くすりといたずらっぽくクリスが笑う。
「もったいつけなくてもよろしいのよ、お兄様。お兄様は『鑑定眼』持ちではないの。わたくしを鑑定したように、リオの属性も鑑定して差し上げたらいかがかしら?」
うっと王太子殿下は口にしていた紅茶を吹き出しそうになる。
「王太子殿下は『鑑定眼』をお持ちなのですか? それはすごいですね。娘の属性を鑑定してはいただけないでしょうか?」
お父様が身を乗り出す。そんなに楽しみなのですか?
「それは……魔法属性判定まで楽しみにとっておいた方がいいと思います」
ここで私もいたずらっぽく微笑む。
「まあ! 王太子殿下は『鑑定眼』をお持ちですの? それはぜひ鑑定していただきたいですわ」
「いや……だが……」
まだ迷っている王太子殿下に、これならどうだ! と必殺技その1を使う。
「ダメですか?」
瞳は上目使いに、両手を合わせて口の前に持っていって、お願いポーズをする。
「……分かった。1回だけだからね」
よし! 必殺技その1成功!
じっと私を見つめると王太子殿下は鑑定し終わったのか、ふうとため息を吐く。なぜか残念そうだ。
「リオの魔法属性は『植物魔法』だ。土属性だから魔法属性判定の時には、魔法判定玉がぼんやりとした茶色になるだろうな。判定官の鑑定が必要になるだろう」
「『植物魔法』ですか? 素敵です。私は最近植物に興味があるので、本格的に植物を育ててみようと思ったのです」
すでに魔法を使って、植物を育てていることは内緒だ。
王太子殿下自らの鑑定で『光魔法』ではないと証明できた。これで婚約フラグが折れているといいのだけれどね。
「いいじゃない! わたくしも『土魔法』属性なので、土いじりが好きなのよ。リオとは気が合いそうね。魔法学院に入学したら、一緒に研究をしたいわ!」
「嬉しいですわ。ぜひお願いいたします!」
クリスと私は手に手を取り合い、きゃあきゃあとはしゃいだ。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)