26.侯爵令嬢はかつての親友と今世でも親友になる
連載を始めてから、番外編と合わせて30話になるんですね。
念のため、クリスに確認をしてみることにする。
「ありがたいお申し出ではございますが、我が領は王都から遠いので、なかなか王宮に登城することはできないと思うのです」
ああという風に頷くとクリスは補足する。
「言い方が悪かったわね。この温室にある植物の種を提供するわ。グランドール侯爵領は土質が肥沃だから、植物がよく育つと思うの」
なるほど。そういうことなら、ありがたいことだ。受けることにしよう。この植物の中に、研究に役に立つものがあればいいと思っての申し出だろう。
「ありがたくお申し出をお受けいたします。クリス」
「敬語は使わなくてもいいわ。わたくしたち同じ年ではないの。そうだ! リオ、わたくしとお友達になりましょう」
「え? お友達ですか?」
まさかクリスから、お友達になろうと言われるとは思わなかった。こちらはどうやって切り出そうか、考えあぐねていたというのに……。
「そうよ。いやかしら?」
上目遣いにクリスは私を見つめてくる。うっ! 可愛い。
「いやではありません! むしろ嬉しいです。私もクリスと……お友達になりたいなと思っていたの」
「良かった! 同じ年のお友達は初めてよ」
「え? 王都になら同じ年頃の令嬢がいるのではないの?」
クリスが無表情で半眼になる。
「王族とつながりを持ちたいという貴族が、自分の娘を送りこんではくるけれど、話が合わないし、つまらないの」
それはそうでしょうね。王女とつながりを持って王太子殿下に近づくとか、或いはいずれ息子と王女を合わせるためのきっかけを作るとか、打算だらけだろうからね。
「私と友達になろうと思ってくれたのはどうして? 私も打算ありかもしれないでしょう?」
「リオが気に入ったからよ。それに貴女に打算はないでしょう。だってリオは最初から早く帰りたいって顔をしていたもの」
そんな顔をしていたかな? 確かに早く帰りたかったけれど、表情には出していないつもりだったはずだ。
「えと……気まずいから、早く帰りたいなとは思っていたの。でもね。クリスとお友達になってくださいっていう機会を狙っていたから、最後まで頑張ろうと必死だったわ」
「リオは素直ね。ますます気に入ったわ。参考までに機会がなかったら、どうするつもりだったの?」
「その時はお手紙を出すわ!」
きょとんとした後、クリスが豪快にアハハハと笑い出した。
「それでは男女の恋文のやりとりよ。リオは面白いわね。うん。お手紙か。いいわね。王都とグランドール侯爵領は離れているから、文通をしましょうか?」
「王宮に贈る手紙は検閲されるのではないの?」
王族への手紙は秘密文書を除いて、全て検閲されることになっている。贈り物もだ。内容を読まれるのは嫌かも? 恥ずかしいことを書くつもりはないけど……。
「検閲されない方法があるわ。普通のお手紙と植物の成長記録の報告が欲しいから、わたくしも内容を知られるのはいやだもの」
植物の成長記録か。送るつもりではいたけれど、帰ったら忙しくなるわね。温室を作らないといけないから、トマスに協力してもらうことにしよう。
「検閲されない方法? そんなことができるの?」
「後でグランドール侯爵家のタウンハウスに届けさせるわ」
届ける? 魔道具かしら?
* * * * *
お茶会が終わった後にクリスと王宮内に戻った。それまでは、クリスと温室内に設けれたガーデンテーブルに紅茶とお菓子を持ってきてもらって、ずっとおしゃべりをしていたのだ。
植物の話、『サンドリヨン』の話、お菓子の話など話題は尽きなかった。元々、前世でもクリスとは趣味や好みが似ていて気が合ったのだ。
私が最近お菓子を作ったり、お料理をしていることを話したら、クリスは今度自分もやってみたいから、グランドール侯爵領に遊びに行くという約束もした。
楽しいひとときだった。
ところが帰り際、馬車に乗る前に王太子殿下が見送りに来て、私への贈り物だというバラの花束を抱えてきたのだ。
「前にグランドール侯爵領に視察に行った時、バラが好きだと言っていただろう? 次にリオに会う時にはバラを贈ろうと思っていたんだ」
白とピンクの可愛らしいバラの花束が、リボンや不織布で可愛くラッピングされている。要りませんとは言えないし、何より花に罪はないので受け取ることにした。
「ありがとうございます、王太子殿下。バラは好きなので嬉しいです」
一応、社交辞令としてお礼とカーテシーをする。
「王都にはしばらく滞在するんだよね? 今日はお話ができなくて残念だったから、ゆっくりお話をしたいと思うんだ。滞在中に会いに行ってもいいかな?」
来てほしくはないけれど、来るなとも言えない。
「我が家にいらっしゃる場合は、事前に連絡をいただけますか?」
作り笑いを浮かべて、アポイントなしで突然来るなと釘を刺しておく。
「もちろんだよ。またね。ジーク、リオ」
ケイトでいいと言ったのに、リオと呼んでいる。さすがにイラっとしたが、何か嫌味を言って、不興を買うわけにはいかない。
『リオ、大丈夫か? とりあえず王太子の小僧を殴っておくか?』
レオンが本当に殴りかねない怒気をはらんだ声で問いかけてくる。
『それはダメ! レオン。大丈夫よ』
にっこりと笑顔をつくると、王太子殿下に可愛らしく首を傾げて微笑む。
「はい。ごきげんよう。リチャード王太子殿下」
王太子殿下のところを強調しておく。リックと呼べと言われたけれど、誰が呼ぶものですか! 敬称なら失礼ではない。私の精一杯の反抗心だ。
「本日は子供たちをご招待いただきまして、ありがとうございました。王太子殿下」
お父様が代表して挨拶をした後、家族全員で王族に対する最上級の礼をすると、馬車に乗り込む。
馬車が走り出して、窓の外を覗くと王太子殿下が笑顔で手を振っていた。前世の私なら喜んだだろうが、今は怒りで額が引きつっている。青筋が浮いているかもしれない。
「リオ、王太子殿下からバラの花束を贈っていただけるなんて嬉しかったでしょう?」
私が不機嫌な顔をしてバラの花束を見つめていると、お母様が笑顔で話しかけてくる。いや、嬉しくないからお母様。
「ええ。いいジャムになりそうな素材だわ」
「いただいたばかりなのに、ジャムにしてしまうのかい?」
「まあ、お父様。まだこんな綺麗に咲いているのに、ジャムにするわけがないわ」
お父様がほっとした顔になる。いきなりジャムにしたら、王太子殿下が我が家に来た時、ちゃんと飾ってますよアピールができないものね。それに花に罪はない。でも私の部屋には飾らずに、エントランスに飾ってもらおう。
「ジーク、お茶会はどうだったのかしら?」
「王太子殿下と語り合いました。有意義な時間を過ごせましたよ。プライベートでは愛称で呼び合う許可もいただきました」
「そうか。王太子殿下は聡明な方だ。ジークとは話も合いそうだな」
皆さん、騙されないでください! あの王太子殿下は将来、友人と言いながら、非情にもお兄様を断頭台送りにしたのですよ。
「リオは途中でクリスティーナ王女殿下と中座していたわね。どこに行っていたの?」
クリスが話題に出たことによって、私の不機嫌はすっかり吹き飛んだ。
「クリス……クリスティーナ王女殿下に温室に案内してもらって、お友達になってもらったの! それでね。温室ではいろいろお話をして楽しかったわ!」
「あら? クリスティーナ王女殿下を愛称で呼べるくらい仲良くなったの? 良かったわね。王女殿下はリオと同じ年ですもの」
そういえば、クリスは何かタウンハウスに届けるって言ってたわね。
「あのね。後ほど王女殿下から、何か届くと思うの。王宮から使者が来たら、教えてくれる?」
ほおとお父様が感心した声を出す。
「王太子殿下だけじゃなくて、王女殿下からも贈り物があるのかい? リオは余程気に入られたんだね」
王太子殿下はどうでもいいけれど、クリスと出会えたのは嬉しかった。いやいやだったけれど、王都に来てよかったと思えた。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)