21.侯爵令嬢は共同研究者になる
今回、ちょっと長めです。
区切りが悪かったのでm(_ _)m
今日はドレスの仮縫いの日だ。昼過ぎにローラが領主館に来る約束なので、朝からマリーと厨房でおもてなし用のお菓子を作っていた。ドレスの仮縫いの後に美容に関することを教えてもらうつもりなので、ささやかな教授料として。
ツリーハウスの下に棚を作って、桃を植えてみたので、収穫した桃をつかってカップケーキを作るのだ。桃は栽培が難しいのだが、そこは『創造魔法』の使いどころ。確実に収穫できるまで成長させた。
「レオン、桃のクリームはできた? クリームの中に桃のペーストを少し入れるから持ってきて」
「できたぞ。注文どおりふわふわにしてみた」
最近、料理をする時は、レオンも手伝ってくれる。青年姿は眩しいし、獣の姿では手が使えないから子供の姿でだ。
「本当にふわふわだわ。レオンって器用よね」
「ふっ。我の手にかかれば、このくらいは簡単だ」
ぐっと胸を張る。生意気な男の子みたいだけど、本体がもふもふだと思えば可愛く見える。でも、神様って特定の姿を持たないから、獅子の姿は本体って言えないかな? あれ? 初めて会った時に「本来の姿」って言ってたような? あれ? まあいいか。そのうち聞いてみることにしよう。
桃のカップケーキは担当を分けた。スポンジは難しいので、慣れているマリーに任せて、私とレオンは桃のクリームと桃を花びらの形にカットする係だ。スポンジに桃のクリームを塗って、その上にカットした桃を花の形にして載せる。発案者はもちろんマリーだ。
「お嬢様も器用ですよ。まだ料理を始めてから日が浅いのに、包丁さばきが上手です」
オーブンからスポンジを取り出して、作業台の上に置きながら、マリーが褒めてくれた。
「ふふ。マリー先生のお墨付きがもらえたわ」
「どうかな? 料理はまだまだ奥が深いぞ」
フレア様も言っていたけれど、レオンっていけずだよね。
ケーキ作りの仕上げにかかる。3人とも黙々と作業をこなす。名付けて「桃の花のカップケーキ」の完成だ。ピンクがかった白い桃の身がグラデーションの花のようできれい。
「ローラは喜んでくれるかな?」
「甘いものは好きそうでしたし、きっと喜んでくれますよ」
「味見してみたいのだが?」
今にもパクリとケーキを食べてしまいそうなレオンを制する。
「ダメ! お茶の時間までおあずけよ」
「むう」
おあずけをされたレオンが唸るが、ダメなものはダメだ。私だって味見したいの我慢してるんだからね。
* * * * *
昼過ぎにローラが従業員の女性を伴って、領主館を訪ねてきた。早速、自室に通してもらう。
「お約束どおり参りました。カトリオナお嬢様」
「ご足労いただきありがとうございます」
にこりと上品に笑うローラ。やっぱり美人っていいな。
「まずは仮縫いしたドレスをご覧ください。気に入らない部分がございましたら、直しますので」
仮縫いされたドレスを取り出して見せてくれる。鮮やかな青がベースで、バラの花が編み込まれた繊細な白いレースがたっぷり使われた可愛いデザインのドレスだ。
「可愛いドレスだわ。それにレースがすごく繊細できれい」
「お気に召しましたか? マリーさんのデザインを元に少し手を加えてみました」
マリーのセンスとそれを再現してしまうローラの腕に、感心する。
「すごく気に入ったわ。素敵なドレスね」
「良かったですわ。マリーさんはお嬢様の好みをしっかり把握していらっしゃるのですね」
「私はお嬢様にお似合いだと思うデザインを提案しただけですわ。ここまで素敵にしてくださるローラ様がすごいのです」
私はマリーもローラもすごいと思う。
「ではドレスに袖を通していただけますか? サイズのお直しをさせていただきます」
ここのところ、ツリーハウスで運動して痩せたはずだから、大丈夫。たぶん……。
ドレスに袖を通すとすんなりと入った。良かった。ビリっと破けたらどうしようかと思ったわ。
「あら? 前に採寸した時よりサイズダウンしていますね。ダイエットされたとか?」
うっ! そのとおりです。
「少し運動をすることにしたの」
ほほほと笑ってごまかす。
「お嬢様くらいの年齢でしたら、ダイエットは必要ありませんよ」
それダメ! 絶対! 魔法の言葉だから。甘えるとコロコロ太るから。
「少しサイズ直しを致しますね。あとドレスに合わせて髪飾りを作ってみたので、付けてみてください」
髪飾りはバラのレースと青いサテンを使った可愛いリボンだった。
「髪飾りも可愛いわ!」
ふふふとローラが微笑む。
「マリーさん、お嬢様の髪を結って髪飾りを付けてみてください」
「畏まりました」
マリーはいつもの浄化魔法つきのブラシを手にすると、ハーフアップに結って髪飾りを付けてくれた。手鏡を覗く。おお! 我ながら可愛いじゃない。
「まあ! 可愛らしい。やはりよくお似合いになります」
なぜかマリーが誇らしげだ。手を腰にあてて、胸を張っている。
「それにお嬢様の髪の艶が素晴らしいこと。特別な香油を使っていらっしゃるのでしょうか?」
「それはこのブラシのおかげなのです」
ブラシをローラに見せると、食い入るようにブラシを見ている。
「これは! 浄化魔法を付与してますか?」
「え? お分かりなりますか? もしかして鑑定眼をお持ちですか?」
「ええ……まあ……」
ローラの歯切れが悪いな。鑑定眼持ってるってすごいことだと思うけど。そうだ! フレア様からいただいたブレスレットの力でローラを見てみれば……って! 今日は付けてなかった!
「それにしても浄化魔法は水魔法の上位魔法です。これはお嬢様が付与されたのですか?」
「いえ。マリーです。私はたぶん水属性ではありません」
魔法属性判定の前だから、断言できないのがツラい。
「そうなのですか? マリーさんはすごいですね」
「水の神様のおかげですわ」
ソファでくつろいでいるレオンがにゃふふと笑っている。何かおかしなことがあったのかしら?
ドレスのサイズ直しが終わったので、マリーに目配せをする。桃のカップケーキとお茶の用意をしてもらうためだ。マリーは心得ましたとばかりに頷くと、部屋を出ていった。
「ローラ。この間言っていた美容のことなのですけど」
道具を片付けながら、ああとローラが頷く。
「はい。私でお教えできることでしたら、喜んで」
「実はバラで石鹸や香水を作ってみて、それは上手くいったのですが、他の花で試してみたところ、バラのように上手くできなかったのです」
あれからいろいろな花を使って、石鹸や香水を作るべく研究したのだが、バラのように上手く作ることができなかった。
「バラの石鹸と香水と言えば、あの完売になった人気商品ですか? お嬢様が作られたのですか?」
「私とマリーの共同制作です」
「あの商品は私も徹夜で並んで買いました!」
なんと!ローラも買ってくれてたのか。徹夜で並んでまで。
「素晴らしいアイデアだと思いました。これに化粧水や香油が加われば、貴族の方々向けのいい商品になるかと……」
ローラは熱っぽく語った。頬が紅潮している。リコリスの赤い髪に赤いワンピース。まるで大輪のバラのような人だ。
コンコンと扉がノックされ、マリーが桃のカップケーキと紅茶を運んできてくれた。
「本日は美容のことを聞きながら、お茶会などいかがかと思いまして、マリーとレオンと3人で桃のカップケーキを作ってみました」
「まあ! お嬢様自らケーキをお作りになられたのですか?」
「お時間は大丈夫ですか? よろしければ桃のカップケーキを召し上がっていただきながら、美容のお話をしたいわ」
桃を花の形に飾った華やかなカップケーキを見つめるローラ。やっぱり甘いもの好きなのね。良かった。
「もちろん、大丈夫ですわ。お嬢様作のケーキをいただけるなんて光栄です」
従業員の女性にもソファにかけてもらって、紅茶とケーキを勧める。
「美味しいですわ! 桃の瑞々しさが口の中で弾けます」
「先生。このクリームも桃の味がして美味しいです」
ローラと従業員の女性ニーナさんは一口食べては、頬に手をあてて味わっている。
食べやすいようにケーキを一口サイズに切って、レオンの前に置いてあげるとぱくりと食べて、にゃにゃにゃと転げまわっている。うん。美味しいんだね。
私もいただこう。まずは桃にクリームをつけてパクリ! 美味しい! クリームとスポンジをパクリ! これはやめられない! 桃とクリームとスポンジではどうだ! 絶品!
食べ終わる頃には全員満足した表情になっていた。
「大変美味しかったです。ご馳走様でした」
マリーに向かって全員手を合わせる。紅茶を飲んでクールダウンしながら、本題を切り出す。
「それでバラのように上手くいかないので、その筋の専門家に相談しようと思ったところにローラと出会えましたので。何かアドバイスはないかしら?」
口元に指をあててローラは考えている。
「花単品で試されましたか?」
「ええ。花だけです」
「花だけではなく、果物、ハーブなどをブレンドすると華やかな香りになりますよ」
これは意外なことを聞いた。ブレンドするなんて思いつかなかった。
「これは提案なのですが……よろしければ私とお嬢様とマリーさんで共同研究をしませんか?」
思ってもみなかった提案だった。ローラからの申し出はありがたいが、私はまだ子供だ。
「しかし、マリーはともかく私はまだ子供ですし……それに両親がなんと言うか」
「美の追求をするのに大人も子供もありませんよ。それにお嬢様はなかなか面白い着眼点を持っていそうです。侯爵様には私からお話しましょう」
「分かりました。私からも両親に話をしてみます。ローラよろしくお願いします」
にっこりと艶やかな笑みを浮かべるとローラはソファから立ち上がってカーテシーをする。
「こちらこそよろしくお願いいたします。お嬢様」
話がまとまったので、ローラは帰ることになり、私はマリーと一緒にエントランスまでお見送りした。帰り際、チラっと私の腕に抱かれているレオンに目を向ける。
「それでは、これで失礼いたします。あの小さな騎士レオン君でしたか? 彼にもよろしく言っておいてください」
びくっとレオンの体が震えた気がする。
次回はいよいよ王都に向かいます。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)