19.侯爵令嬢は初めてカフェに入る
3人称から1人称に戻すのが大変でした。
買い物を終えたので、レオンとマリーと3人でデートをすることになった。まずはマリーおすすめのカフェに行くことにする。
「ところで金具は高いものだろう? よく金を持っていたな」
お金の出どころが気になったのかレオンが首を傾げる。ふふふ。よくぞ聞いてくれました。
「この間、バラの花を収穫したでしょ? マリーが作ってくれたバラの石鹸と香水をお母様にお裾わけしたら、大好評だったの」
「それで小遣いをもらったのか?」
「続きがあるの」
私は経緯を話し出した。お母様が友人同士のお茶会にバラの香水をつけていったら、ご友人たちが香水の匂いを気に入ったらしいのだ。ぜひ売ってほしいということで、急遽、お父様が経営している商会で取り扱うことになったのだが、あっという間に完売してしまった。
ちなみに石鹸と香水のレシピを提供して、商会の職員を総動員して3日3晩徹夜の交代勤務で生産したらしい。しかも私が収穫したバラの花だけでは足りなかったので、バラを栽培しているところから買い取りしたそうだ。
提供者ということでマリーには臨時ボーナスが、私はちょっと多めのお小遣いがもらえた。
「自分で稼いだお金で買ったのよ」
石鹸はマリーの発案だが、香水はマリーと2人でレシピを共同制作した。一応お母様に宣伝したおかげで利益につながったし、自分で稼いだってことでいいよね?
「他の花でも石鹸や香水が作れるといいわね。ねえ、レオン。美容の神様っていないの?」
「美容の神というのはいないが、美の追求をしている神ならいる」
「本当? レオンと親しい神様なの? 可能なら会いたいわ」
「いや……親しいというか……もう会っているというか……」
何やらレオンの歯切れが悪い。相手は神様なのだ。無理強いはできない。
「無理にとは言わないから、いいの」
「無理ではないが……リオは美容に興味があるのか?」
「一応、女の子だからあるといえばあるけれど、むしろ美容品の開発の方に興味があるかな?」
前世では光魔法の研究に没頭した。元々、研究することが好きなのかもしれない。
「それと、お金を貯めておきたいと思って……」
「金を? リオは貴族の令嬢だ。金に苦労することはあるまい」
レオンは訝し気だ。そうだろう。我がグランドール侯爵家は裕福だ。
「もしもの話よ。今世でも前世と同じルートを辿ってしまったら、家族を逃がす資金が欲しいの」
私が断罪される前に家族には隣国でも遠くの国でもいい。逃げてほしい。私の分まで生きて欲しい。そのためには資金と人脈がほしい。
「前世と同じようなことにはならない! 我がついておる!」
「私もおりますよ! お嬢様!」
レオンとマリーは真剣だ。2人の気持ちを嬉しく思う。
「ありがとう。頼りにしているわ」
もしもの時はレオンに頼みこんで、家族とマリーと執事長、我が家の使用人を託そう。
* * * * *
カフェには無事にたどり着いたが、かなりの人が並んでいる。最近できたばかりの人気の店だからだろう。1時間は待ちそうだな。
「お嬢様。あそこが『サンドリヨン』ですよ」
マリーが指差した建物は女の子が好みそうな可愛い佇まいで、ショーウィンドウには素敵なドレスが何着もディスプレイしてある。
「まあ、素敵ね。ショーウィンドウのドレスを見ているだけで楽しくなるわ」
「帰りに見ていきましょうか?」
「そうだ! ここのカフェってケーキをテイクアウトできるかしら?」
カフェの看板を見ると「テイクアウトできます。ただし1ホールのみ」と書いてあった。
「ローラさん……じゃなかったローラに先ほどのお礼としてケーキを差し入れしましょう」
「よいお考えです。さすがはお嬢様」
「この長蛇の列を待つのか」
レオンはため息をついていた。女の子は美味しいお菓子を購入するためなら、何時間でも待てるのよ。何時間もは無理か……。
* * * * *
1時間ほど待って、やっとカフェの中に入ることができた。注文をする時に1ホールテイクアウトもお願いしておいた。
しばらくすると注文したケーキと紅茶が運ばれてきた。
大好きな苺のタルトを目の前にした私の目が輝く。
「わあ。美味しそう。いただきます!」
ぱくりと一口。
「美味しい! 人気のお店なだけはあるわね」
マリーはフルーツタルトを、レオンは苺の生クリームケーキとチェリーパイを頼んでいた。レオンは食いしん坊さんだからね。
「んん。フルーツがふんだんに使われているので、瑞々しくて美味しいです。来た甲斐がありました」
幸せそうにタルトを頬張るマリー。レオンはもくもくと食べていたが、頬が緩んでいる。美味しいんだな。
「長蛇の列に並んでよかったでしょ? レオン?」
「ふむ。悪くない」
言葉とは裏腹にケーキがどんどん減っていく。素直じゃないんだから……。
* * * * *
カフェで堪能して満足した私たちはお土産のケーキを持って『サンドリヨン』を訪ねた。ローラは奥で仕事をしているとのことで、従業員の女性が呼びに行ってくれた。
パタパタと小走りにローラが奥から出てくる。
「ようこそおいでくださいました、お嬢様。さあ奥の応接室へどうぞ」
応接室に通された私たちは3人掛けのソファに座る。ローラは従業員の女性に紅茶を頼むと向かいのソファに座った。
応接室を見渡すと、センスの良さが窺える。花の透かしが入った白い壁紙に、可愛い花柄のカバーがかけられたソファ。カーテンはレースで縁取られた品の良い緑色だ。
「お仕事中に申し訳ありません。先ほどのお礼を申し上げたくてまいりました。このケーキは差し入れです。皆様でお召し上がりください」
「お礼などとんでもございません。このケーキは前のお店のものですね。美味しいと評判なので1度食べてみたかったのです。ありがとうございます」
従業員の女性が紅茶を運んできてくれたので、ローラはケーキを皆で食べるようにと渡す。自分の分も取り分けておくようにと言い添えて。
私に向かって、従業員の女性は一礼すると、応接室を出て行った。
「お店に並ぶのは大変でしたでしょう?」
紅茶を口に運ぶローラの所作は優雅だ。もしかして貴族か豪商の出なのだろうか?
「1時間待ちましたが、ケーキは美味しかったですし、並んだ甲斐がありました」
「そうですか」
にっこりと満面の笑みを向けるローラはきれいだなと思う。
「そうだ! リオ。そこのロロロ……ローラが美容に詳しいそうだぞ。聞いてみてはどうだ?」
突然、どもりながらレオンが切り出す。ローラってそんなに発音しにくいかしら?
「どうしてレオンがそんなことを知っているの?」
「さっき、店で待っている時にな。少しだけ話を聞いたのだ」
ローラはぷっと吹き出している。レオンが何かツボになるようなことをしたのかな? そして、レオンがローラを睨んでいるように見えるのは気のせい?
まだくくくと笑っていた口を押さえるとローラは笑顔で頷いた。
「お嬢様たちをご案内した後に、言い忘れたことがございまして、引き返したのです。そうしたら小さな騎士さんがおりましたので、ちょっとお話をしていたのですよ」
「言い忘れたことですか? どのようなことでしょうか?」
「来週、ドレスの仮縫いにお伺いいたします。美容のことに興味がおありでしたら、その時にお話しいたしましょうか?」
願ってもない申し出だ。私は頷いた。
「ぜひお願いします。ローラ」
ローラは笑顔で「はい」と返事をしてくれた。しかしドレスの仮縫いか。頑張って運動して来週までに痩せよう! 甘いものは厳禁! いや。それは無理……。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)