1.侯爵令嬢はもふ神様の眷属になる
プロローグに続いて第1話投稿です。
お楽しみいただけますと幸いです。
「私は処刑されて死んだはずよね。なぜ時が7歳まで戻ったのかは分からないけれど、これってやり直しのチャンスだわ」
ぶつぶつと独り言を言いながら、屋敷の近くの森を散歩している。原因不明の熱が3日続いた後、めきめきと回復していった私は体を慣らすため、散歩をしていた。考え事をしているうちに森の中へと入ってしまったようだ。
この森は瘴気に覆われているので、立入禁止なのだが、あることを試してみたくて、意図的に森に入ったのだ。瘴気で枯れた木に手をあて魔力を送る。木が輝き、木肌はつややかになり、葉をつけ青々とした元の姿を取り戻す。
私が生まれたフィンダリア王国は『神に守護された国』と言われ、国土は大陸一広く、富み栄えている。
この国は王侯貴族から民まで皆、生まれた時から神から魔法を授かり、何かしらの魔法を使うことができるのだ。魔法の種類は火、土、風、水の四属性と光と闇がある。光と闇の属性を持つ者は希少で特別待遇されるのだ。
稀に無属性の者がいるが、遅くに魔法に目覚めたり、神から直接魔法を授かったりすることもある。
私の属性は『光魔法』で枯れた植物を元に戻すことができたり、人間の病気や怪我を癒すことができる。
10歳になると属性の鑑定を受ける儀式があるのだが、この光魔法のせいで私の人生は狂ってしまった。儀式まであと3年。なんとかして属性を変えることができないかと模索している。
せっかく時が戻ったのだから、今度は穏やかに暮らしたい。
ああでもないこうでもないと考え事をしていると、草の陰から異形の者が現れる。獅子の頭に尾が蛇、背中には禍々しい黒い翼。
「キ、キメラ!」
「これは珍しい。光属性の『神聖魔法』を使う人間がいるとはな」
「キメラがしゃべった!」
キメラの中には知能が高いものがいるから、人語を解すのがいてもおかしくないけれど……。
「我はキメラではない。この森の神だ。森が瘴気に満ちてしまったので、我もこのような姿になり果ててしまったが……」
「神様……なの?」
「そうだ。人の子よ。ちょうど良い。『神聖魔法』を我にかけてはくれぬか?」
「『神聖魔法』? 私の属性は『光魔法』よ」
四属性と光と闇にも派生魔法はあるけれど、『神聖魔法』なんて聞いたこともない。
「ロスト・マジックだからな。今の世には使える人間はいないと思っていたが……」
森の神と名乗るキメラに恐る恐る近づき、手をかざすとキメラの姿が輝き出す。
「この姿に戻るのは二百年ぶりか。礼を言うぞ。人の子よ」
元の姿に戻った森の神は白い獅子の姿をしていた。たてがみが白銀に輝いて風になびく。翼はまるで天使のように白く、瞳の色は左が青色、右が金色のオッドアイだ。
「きれい……」
こんなに美しい獣は見たことがない。まさに神にふさわしい姿だ。私はしばらく森の神に見惚れていた。
「ところで人の子よ。何か考え事をしていたようだが?」
「……はい。属性を変えることができないものかと思案していたのです」
「属性を変える? そのような素晴らしい魔法を持っているというのに、変えたい理由があるのか?」
真実を話していいものか迷ったが、相手は神様だ。信じても大丈夫だろう。私は時が戻る前のこと、時間が戻って人生をやり直していることを森の神に話した。
森の神は黙って私の話を聞いてくれた。
「なんとも惨いことよ。無実の罪で罰せられるとは。人間とはいつの世も残酷な生き物だ」
森の神は涙をだーと流している。神様が大泣きしている!? 珍しいものが見られた。
「今度の人生は穏やかに過ごしたいのです。なんとか3年で属性を変えたいと思うのですが……」
森の神は「ふむ」と頷くと器用に片手を上げて顎にあてる。
「では、我の眷属になるが良い。我は森の神ゆえ、『創造魔法』を使うことができる」
「『創造魔法』ですか? 聞いたことがないです。どういった魔法なのですか?」
「『神聖魔法』同様、ロスト・マジックだからな。名のとおり物を創造することができるのだ。例えばこのように」
森の神が地面に手をあてると何もないところから、芽が出てあっという間に花が咲いた。花の色は虹色で見たことがないほど美しい。
「すごい! 『植物魔法』みたい」
「今の世では『植物魔法』というのか。植物だけではないぞ。動物も創造することができる。森にあるものに限定されるがな」
『植物魔法』は土属性の派生魔法だ。庭師などが使っているのを見たことがある。これはイケるかも!
「眷属になります!」
「契約をするゆえ、我の前で跪くがよい」
森の神の言うとおり、膝を折ると祈るように手を組む。森の神が私の頭に手をのせると、肉球の感触がする。わーい。柔らかい。じゃなくて! 無心。無心。
力が流れ込んでくる感覚に捕らわれる。
「これで契約は成り立った。ところで人の子よ。名は何という?」
「私はグランドール侯爵家の娘。カトリオナ・ユリエ・グランドールと申します」
立ち上がってカーテシーをしてから、淑女らしく名乗る。
「カトリオナか。良い名だ」
「森の神様のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「我には名はない。其方が好きなように呼ぶと良い」
森の神を見て、少し考える。白銀のふわふわのたてがみ。全身も白いふわふわの毛で覆われて……。もふもふ。もふもふ……。
「……もふ神様」
「……もっとマシな呼び名はないのか?」
「では、獅子のお姿なのでレオン様とお呼びします」
「レオン。ふむ。良い響きだ。カトリオナ今日から我の世話を命じる」
え? もふ神様。じゃなかったレオン様のお世話をするってことは、屋敷に連れていけってこと?
「我が家にお越しください。ですが、獅子のお姿ですと、家人が驚くかと思うのです」
レオン様はふむと少し思案すると、ポンと手を打つ。
「お前はどのような動物が好みだ?」
「今のお姿の小さい感じはできませんか?」
「うむ。待っておれ」
ボンという音がすると、白くてふわふわの長毛種の猫型の獣が現れた。背中には小さな白い羽根が生えている。
「きゃ~。可愛い。もふもふだ!」
レオン様を抱き上げ、ふわふわの毛に顔を埋める。顎の下をかくとゴロゴロと喉を鳴らすレオン様。
「これ、くすぐったいぞ。カトリオナ。やめるのだ。いや。意外と心地良いな。続けるのだ」
「はい、レオン様。それと私のことはリオとお呼びくださいませ。家族は愛称で呼びますので」
「あい、分かった。リオ、これからよろしく頼むぞ」
こうして私はもふ神様、もといレオン様の眷属となった。これで儀式では『光魔法』ではなく、『土魔法』か『植物魔法』と鑑定されるだろう。今世では絶対穏やかに生きるのだ。間違っても王太子殿下の婚約者にはならない。
* * * * *
レオン様を抱えて家に帰る途中、レオン様が私にくるりと顔を向け口を開く。わあ! 仕草も可愛い。またもふもふしたくなるな。
「リオ。時が戻って、裏切った者たちに復讐をしようとは思わなかったのか?」
私は激しく首を横にぶんぶんと振る。
「復讐などとんでもないです! 復讐を遂げたところで、家族とともに断頭台に消えるだけです。それよりは今世? でいいかな? では彼らとは関わらず、家族と穏やかに過ごしたいのです」
そのために自分の魔法属性を変えたかったのだ。私の属性が『光魔法』と判断された時点で、王太子殿下の婚約者になってしまう。それだけは避けたい!
レオン様がもふもふの手で私の頭をぽんぽんとしてくれる。肉球の感触がたまらない。
「お前はきれいな魂の色をしておるゆえ、光の神に祝福されたのだろう。まあ、我が眷属にしてしまったから属性が変わってしまったがな」
「え? 光の神様がいらっしゃるのですか? もしかして他にも神様がいらっしゃるのでしょうか?」
「いるぞ。我の他にも地上でうろうろしている神もいれば、神の世界にいる者もいる。四属性に属する神は人が好きゆえ、人に魔法を与えるが、光の神と闇の神は気まぐれなのだ。滅多に魔法を与えたりはせぬ」
うろうろって……。その辺に神様がいたりするのかな? レオン様は森の神様だから森でうろうろしてたけど。今度から神々しい人や獣を見つけた時は拝むことにしよう。
木々の隙間から光が差し込み、明るくなっていく。視界が開け、グランドール侯爵家の領主館が見えてくる。
「レオン様。我が家が見えてきました。神様に相応しいかは分かりませんが、自分の家と思ってくつろいでくださいね」
「うむ。立派な屋敷だな。そういえばリオは貴族だな。グランドール侯爵家とはまた懐かしいな。これも何かの縁か?」
「うちのご先祖様と会ったことがあるのですか?」
「……二百年前のことだがな」
レオン様はそれきりご先祖様のことは口にしなかったので、私もあえて聞かなかった。そのうちに話してくれるかな?
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)
これからは2~3日に1回投稿していきたいと思います。