161.侯爵令嬢はかつての婚約者と決別する(後編)
後編です。
ウィル卿はシャルロッテにナイフでお腹を刺されたが、彼は特殊スキルの持ち主だ。
幸い、毒は効かなかったが重傷だった。
私が彼の傷口を治すと、ウィル卿はその場に跪く。
「申し訳ございません。私が油断したばかりにご迷惑をおかけいたしました。このうえは我が命をもって償いを!」
短剣を頸動脈に持っていこうとするので、慌てて止める。とことん真面目な騎士だ。
「お待ちください! ウィル卿のせいではありません」
気を失ってはいるが、シャルロッテを念のため捕縛しようとしたところ、ふいを突かれたのだという。そんなのは予測できないことだ。
「しかし……」
「償いをしたいのであれば、わたくしの騎士になりなさい」
クリスが自分の騎士になれと言うと、ウィル卿は戸惑いの表情になる。
「なぜ、私を?」
「ちょうどわたくしの護衛騎士が心労で倒れてしまって困っていたの。貴方がお兄様の護衛騎士のままでいたいのであれば、無理にとは言わないけれど……」
クリスの護衛騎士は心労で倒れたのだ。破天荒な王女様に振り回されていたからだろうか?
「光栄なことでございます。しかし、王太子殿下に決別を申し上げなければなりませぬゆえ、猶予をいただきたく」
以前の彼であれば断っていただろうが、すでに王太子殿下を見放しているのだろう。
ふと、王太子殿下と目が合う。
項垂れていたはずの王太子殿下は私をじっと見つめており、その頬は上気している。
「……リオ。君は『光魔法』を持っていたのか? どうして隠していたんだい?」
時戻り前の婚約者はふらつく足取りで私に近づいてくる。
「やはり運命の相手は君だったんだね」
王太子殿下はいまだにシャルロッテのスキルから抜けきっていないようだ。
きっと彼の運命の相手は『光魔法』を持つ者だと思っているのだろう。
「それは違います、王太子殿下。私の運命の相手は……」
レオンの隣に立つ。
「レオンです」
「なぜだ? レオンは宰相の養子とはいえ貴族に過ぎない。だが、私の妃になれば君は将来王妃になれるんだぞ。そうだ。第二妃は娶らない。君一人だけだと誓おう」
私は大きくため息を吐く。
時戻り前の王太子殿下とは違うと思ったが、本質は変わらないようだ。
「王太子殿下はまだシャルロッテのスキルから覚めていないようですね。混乱していらっしゃるようです」
彼の処遇は国王陛下に任せるとお父様が言ったので、これ以上話すことはない。
私はレオンの腕を引っ張って、この場から立ち去ろうとする。
「待ってくれ! リオ!」
追いすがる王太子殿下をお兄様とウィル卿が立ちふさがって止める。
「ジーク! ウィル! そこをどいてくれ!」
二人の間を抜けようとするが、それはかなわない。
「いい加減、妹にちょっかいを出すのはやめていただきたい」
「ジーク。何を言って……」
「君が……いや。貴方が立派な王太子殿下になるのであれば、心から友として臣下として仕えても構わないと思っていました。ところが、あんな娘にまんまと騙されてスキルにかかってしまった貴方には失望した。最早友でも臣下でもない」
お兄様は表面上でしか王太子殿下と親しくしていないと思っていた。だが、王太子として国政に携わっていく彼の姿を見ているうちに、本当の友になっても構わないと思っていたのだ。
シャルロッテのスキルにかかった王太子殿下を近くで見ていて、どんなに辛かったことだろう。
「私とて、あの娘のスキルに好きでかかったわけではない!」
「そうですね。シャルロッテのスキルは抗おうとしても抗えるものではない」
「そうだろう! 君だってスキルにかかったのではないか?」
お兄様の顔に宿っている失望の色が濃くなる。
「かかっていません。僕にはシャルロッテのスキルは効かなかった」
「なぜだ!?」
「僕だけではありませんよ。ウィル卿もそうですし、少数ですがシャルロッテのスキルが効かない者もいました」
「だが、大半の者はあの娘のスキルにかかったのだろう? 私だけ責めるのはおかしいのではないか?」
王太子殿下の顔が愉悦に満ちている。正論だとでも思っているのだろうか?
「貴方は一国の王太子なのですよ」
王太子殿下ははっとする。
彼はこの国の王太子なのだ。
魅了系のスキルを持っている人間がいることを警戒するべきだった。
国王陛下のように何かしら対策をするべきだった。
だが、油断したのだ。
その結果がこれだった。
「だが、私は……」
「これ以上恥を晒すでない! リチャード!」
玉座から怒号が飛んでくる。
広い舞踏会場によく響く声。
クリスのよく通る声と似た声の持ち主は、王妃様だった。
「其方は王家にどれだけ傷をつければ気が済むのですか!」
王妃様はつかつかと玉座から下りると、王太子殿下の下にやってくる。
「は、母上……」
王妃様は大胆にも王太子殿下の胸倉を掴む。
「あら? ベアトリスがキレたわ」
両手を合わせて「くわばらくわばら」と唱えているお母様。
ちなみに「くわばらくわばら」というのはヒノシマ国の言葉だ。
災いを避けるための呪文のようなものだが、王妃様は怒ると怖い。
王妃様の怒りは王太子殿下にとって、まさに災いだ。
「あのような娘の贈り物のために国民の血税を湯水のごとく使い、王太子の責務を放棄して遊び呆けた!」
「しかし……母上。それはスキルにかかったからです。私の意思ではない」
まるで子供のような言い訳だ。
「それでも其方がやったことに変わりはない! 其方のような愚息に王太子の地位は相応しくない!」
王妃様は今にも王太子殿下に殴りかかりそうだ。
「クリスティーナ!」
「はい! お母様!」
クリスの声がいつになく緊張している。
「リチャードには王太子の座を降りてもらいます。代わりに其方を王太女として立てますから、明日からでも準備を始めなさい」
予想していたこととはいえ、王太子殿下に更生の機会はなさそうだ。
「お返事は?」
王妃様はギロリとクリスを睨む。
「承知いたしました! お母様の仰せのままに」
クリスは姿勢を正して、カーテシーをする。
「リチャード。貴方には魔法学院卒業後にライオネス公爵位を与えます。あの枯れた土地を立て直すのを将来の仕事となさい」
王太子殿下は悔しそうにそっぽを向くと、小さく「はい」と頷いた。
元々、王太子殿下の処遇については、国王陛下と相談をして導きだした答えだろう。
キレた王妃様が早々に処遇を下してしまったが……。
『母は強し』とはよく言ったものだ。
その後、国王陛下と王妃様にさんざん謝り倒されて、ようやく家に帰る頃には夜が明けそうだった。
王宮からの帰り際にウィル卿に呼び止められ、小さな白いペンダントを渡された。
私がテレーズさんに渡したシルフィ様の鱗のペンダントだ。
「ウィル卿。これは?」
「竜神族の方にお返しください」
「どうやって、シャルロッテから取り返したのですか?」
「舞踏会が始める前に彼女のポケットからすり取らせていただきました」
すり取る? 真面目に見えて実は悪いところがあるのか?
疑うような眼差しを向けると、ウィル卿は慌てて手を振る。
「違いますよ。盗み取ったわけではありません!」
罪を犯した者の所有物を押収しただけだと弁解するが、これは押収物の横流しではないだろうか?
「それにしても、よくポケットにあると分かりましたね?」
「それは以前、彼女がポケットから取り出して、これを眺めているのを見ましたので」
シャルロッテはいつも茉莉花のサシェにこのペンダントを入れて、ポケットに忍ばせていたという。
「確証はありませんでしたが、これが竜神族の方の持ち物かと思いまして……」
私はくすっと笑う。
「ありがとうございます。きっとシルフィ様とロン様が喜ぶと思います」
キクノ様とレオンを除く神様勢は先に我が家に帰って酒宴、もとい祝宴の用意をしているはずだ。
「それと、リチャード殿下のタイピンはいかがされますか? これも同じ素材と思われますが……」
「それは……リチャード殿下に返しておいてください。きっと彼の役に立つはずですから」
正式に公表されていないが、王太子の座を降ろされた彼の呼び方が変わった。
「よろしいのですか?」
「ええ。ロン様とシルフィ様はタイピンについては何も仰っていませんでしたから」
「承知いたしました」
ウィル卿とクリスに見送られて、私たち家族は王宮を後にした。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)
次回、エピローグの後、この物語は完結します。
もうしばらくお付き合いいただけますよう、お願いいたしますm(__)m




