158.侯爵令嬢はかつての宿敵と戦う(中編)
中編です。
ロン様が転移した先は私たちに馴染みの深いあのダンジョンだった。
魔法学院でオリエンテーションの度に使われたダンジョンだ。
しかも最下層のツインヘッドドラゴンがいるところかと思いきや、見たことがない場所だった。
「ここはどこですか?」
「隠し部屋だ」
「このダンジョンにそんな場所があったのですか?」
「いや。俺が作った」
ダンジョンは勝手に隠し部屋が作れるようなところだったのか!?
ロン様曰く。
最近の冒険者の質が落ちている。だから、このダンジョンの最下層まで辿り着くこともできない。
「そこで俺たちが鍛えてやるためにこの部屋を作った。運良くこの隠し部屋に辿り着いたやつは皆強くなって出ていくというわけだ」
運悪くの間違いではないのだろうか?
「たまにここで寝泊まりをしているけれどな。宿代が浮いてちょうどいい」
アハハハとシルフィ様が笑っている。
「わたくしの国で勝手なことをなさらないでくださる? 家賃を取るわよ」
クリス! もう女王になった気満々だ!
「一応、我らは戦いの最中なのだが、何という緊張感のなさだ」
レオンが寄り目になっている。呆れているのだ。
「そういえば、シャルロッテは?」
「そこで気絶しているぞ」
少し離れたところでシャルロッテが倒れていた。
『転移魔法』は初めての人間にはキツいのだ。
そこで吐いているトージューローさんのように……。
しかし、今がチャンスだ。
今度こそシャルロッテを厳重に捕縛して、魔法を無効化しなければいけない。
だが、再び異変が起こった。
シャルロッテの体からおびただしい数の人影が出てきたのだ。
人の形をかろうじて保っているそれは、最早人と呼んでいいのかも分からない。
「何よあれ!? 気持ち悪い!」
クリスが叫ぶ。
「歴代の『略奪魔法』を使った者の成れの果てだな。怨念のような形で一族に受け継がれてきたのだろうが、哀れなものだ」
レオンが険しい目をして、かつて人だった者たちを見ている。
「シャルロッテは『略奪魔法』を発動させた時に憑かれたのかしら?」
「そうであろうな。魔力が暴走する前からすでにあの者たちはシャルロッテの体を支配していたのかもしれぬ」
シャルロッテは一族の怨念を晴らすために利用されたのだろう。
ある意味、彼女も被害者ではある。
「あれはアンデッドのようなものだ。ならば倶利伽羅神の力が宿った小太刀が有効だ」
ヒノシマ国に留学に行った際に、倶利伽羅神から授けてもらった小太刀は破邪の力を宿している。
「クリス!」
「分かっているわ!」
私たちはドレスのスカート部分を取り外す。
この日に備えて特別に細工をしてもらったドレスはスカート部分が巻きスカートになっており、取り外すことが可能だ。
スカートの下には男性のようなズボンを穿いている。
靴はヒールがないタイプだ。
動きやすい格好になったクリスと私は小太刀を構える。
「でも、わたくしたち二人であの気持ち悪いのを倒すの?」
「一人で何人を倒せばいいのかしら?」
目でざっと数を追っていると、お兄様が私たち二人と並び刀を構えている。
「心配はいらないよ。師匠と僕の刀にも倶利伽羅神の力を授けてもらったから」
「えっ? お兄様。いつの間に」
「リオのおかげでヒノシマ国への転移門が開いただろう? この間、師匠とちょっと行ってきたんだ」
ちょっと旅行してきたような軽い口調だ。
きっとお兄様は嫌がるトージューローさんを引っ張って、転移門を潜ったのだろう。
「俱利伽羅神は快く力を授けてくれたのですね?」
「うん。ちょっと交渉したけどね。そうそう。霊犬狛太郎は可愛いね。また会いたいよ」
どんな交渉をしたのかは聞いてはいけない気がした。
「そう。四人ならば心強いわ。ちょっと、トージューロー! いつまで吐いているのよ。とっとと片付けるわよ!」
クリスはまだ吐いていたトージューローさんを叱責する。
「分かっている。うっぷ! 戦えばいいんだろう! 戦えば!」
青白い顔をしたトージューローさんはふらついた足取りで立ち上がった。
本当に大丈夫だろうか?
倶利伽羅神の破邪の力を宿した刀を持った私たち四人は、キャンベル一族を次々と斬り伏せていく。
だが、多勢に無勢。相手の数が多すぎるのだ。
レオンとキクノ様。ロン様とシルフィ様の神様勢もメイを庇いつつ戦ってくれている。
だが、次第に苦戦を強いられてきそうだ。
「こいつら何体いるのよ! しかも様々な魔法を放ってくるし!」
キャンベル一族は『略奪魔法』で多くの魔法を奪ってきた。死して怨念になってもなおその力を使うことができるのだ。
クリスと背中合わせになって戦ってはいるが、魔法と剣を両方駆使しているので、そろそろ体力と魔力どちらか一方が枯渇してしまいそうだ。
しかし、負けるわけにはいかない。
気合を入れようとした時に空間がぽっかりと開いた。
神々しい光が差したかと思うと、光は私の前にいたキャンベル一族の怨念を消したのだ。
「リオ! わたくしたちも助っ人にきたのじゃ!」
「フレア様!」
フレア様だけではない。ダーク様とトルカ様。ライル様にローラ。リュウもいる。
この国を守護する神様たちが皆来てくれた。
「こいつらは俺たちに任せろ。リオはメイとともにシャルロッテの魔法を無効化しろ」
「ダーク様! お願いします!」
私はメイの下に向かって駆け出す。
「健闘を祈るのだぞぞぞ」
「トルカ様!」
トルカ様は浄化の水を操り、甲羅でアンデッドにアタックしている。
「よう! 彦獅朗。苦戦してるじゃんよ。俺の眷属なのに情けないな」
「うるせえ! 憎まれ口を叩いている暇があったら手伝え! ライル!」
ライル様とトージューローさんのケンカ漫才は久しぶりに聞く。
「珍しいじゃない? キクノ、貴女が貼りつけた笑顔を崩すのは?」
「皮肉を口走る余裕があるのでしたら、錆びついた火でも構いませんので、出したらいかがですか? ローラ」
これでも、ローラとキクノ様は昔から仲が良いらしい。
「リュウタロー。来たのか?」
「その呼び方はやめろ! ピンポロリン!」
ロン様とリュウは実は兄弟なのだ。
神様たちの横を通り過ぎていく度に彼らに会えてよかったと思う。
「メイ! お願い!」
「はい! おねえさま!」
メイと手をつなぎシャルロッテの下へ駆けていく。
「我も行こう。創世の神は二柱より三柱の方が良かろう?」
「お願い! レオン!」
長い時を経て、私たち創世の神は再び邂逅した。
後編に続きます。




