157.侯爵令嬢はかつての宿敵と戦う(前編)
いよいよ本日『もふ神様』の5巻が発売されます。
WEB版と大きく違いはありませんが、番外編が収録されています。
よろしければ、お手にとってみてくださいね。
舞踏会場は眩い光に包まれた。
目を開けてはいられないほどの眩い光にあちらこちらから悲鳴が聞こえる。
これは――。
魔力の暴走?
シャルロッテの魔力が暴走したのだ。
「リオ! リオ無事か?」
「レオン! 無事よ。貴方は?」
急に強い光をまともに受けてしまったので、近くにいるはずのレオンがどこにいるのか分からない。
「無事だ」
「レオン、どこにいるの?」
声が聞こえる方向に手を伸ばすと、温かい手が私の手をしっかりと握る。
「我はここにいる」
手探りでレオンの顔を探り当て、彼の頬に手を当てる。
「レオンは見えているの?」
「いや。ふいを突かれたからな。だが、見えずともリオがどこにいるかは分かるぞ」
たとえ暗闇の中であろうとも『神眼』を持つ神にとって、視力は関係ない。
だが、シャルロッテの魔力は神の眼に物理的とはいえ、ダメージを与えたのだ。
私は小声で『神聖魔法』を発動させると、レオンの目を癒す。同時に自分の目も癒した。
視界がはっきりとして、レオンの顔が見えると安心したせいでほっと息が漏れる。
「レオン、無事で良かったわ」
しばらくレオンと見つめ合っていると、ゴホンと咳払いがした。
「お前らなあ。この非常事態にイチャついてるんじゃねえよ!」
頭上には眉を吊り上げたトージューローさんが肩を怒らせて立っていた。
「トージューロー先生、無事だったのですか? 目は大丈夫なのですか?」
「ああ、これのおかげだな」
手に持っていた黒いものをぶらつかせる。
「何ですか? それ」
「遮光レンズ付きメガネです」
トージューローさんの隣にはキクノ様が立っていた。黒いメガネをかけているので怪しさ満点だ。
光を遮るレンズがついた黒メガネだそうだ。
「そんなものをどこに隠し持っていたのだ? いや。なぜそんなものを持っておると聞いた方が良いのか?」
レオンと同じことを私も聞きたい。
「『備えあれば憂いなし』と申しますでしょう?」
口に手を添えてホホホと呑気に笑っているキクノ様が謎だ。
着物であればともかく、ドレスにはハンカチが入るくらいのポケットしかついていないはずなのに……。
しかし、その謎はすぐに解けた。
「キクノ。俺の刀は持ってきているか?」
「はい。ここに」
キクノ様はドレスのポケットからトージューローさんの刀をするすると引っ張り出す。
「〇!◇▽□*〇!!!!!」
声にならない声が私の口から飛び出す。
「あら? ポケットに刀が入っているのが気になりますか?」
黒メガネを外したキクノ様に対して、コクコクと頷く私だ。
「ポケットがマジックバッグになっているのですよ。ローラに頼んで特注でドレスを作ってもらったのです」
なるほど!
それならば、ポケットから刀が出てきたのも納得できる。
もっとも、この国ではそんな発想をする女性はいないだろう。そして、男性もいないだろう。
マジックバックは貴重な魔法アイテムだ。パーティー用のドレスに使おうと考える人間は皆無と言っても過言ではないと私は思う。
「クリスと宰相のおっさんはどこだ?」
トージューローさんは周りを見渡している。
私も会場に目を凝らす。
会場中にいる人々は目を押さえて呻いているか、倒れているかだ。
だが、その中には救助活動を行っている者もいた。
シャルロッテの魔力の暴走からかろうじて逃れたのだろう。
「そういえば、シャルロッテは!?」
周りを見渡すが、シャルロッテの姿はない。
混乱に乗じて逃げたのだろうか?
「むっ! リオ、庭園だ!」
『神眼』でシャルロッテを追跡したのだろう。レオンがシャルロッテの居場所を探し出してくれた。
「庭園ね。あっ! まずいわ!」
庭園にはメイが待機している。
メイが危ない!
私は庭園へと駆け出す。
舞踏会場の近くにある庭園はそれほど遠くないが、走る距離がもどかしい。
「リオ、乗れ!」
獅子の姿に変化したレオンが私と並走する。
私はレオンのたてがみに手をかけると、ジャンプをして背に飛び乗った。
「しっかり掴まっておれ!」
レオンは近くの窓を破ると、空中へ向かって翼を広げる。
夜の庭園は魔石で明るく照らされており、シャルロッテをすぐに発見することができた。
シャルロッテの近くにはメイの姿もある。
メイはロン様とシルフィ様が背に庇ってくれていた。
「いたわ! レオン、噴水のそばよ!」
「心得た!」
噴水まで急降下をするレオンのたてがみをしっかりと握る。
「逃がさないわ! シャルロッテ!」
地上が近づいたのを見計らい、私はレオンの背から飛び降りる。
シャルロッテの大きな瞳は血走り、まるで獲物を狙う猛獣のようだ。
「くくく! そのチビは創世の神だな。おい! 竜神族。チビを渡せ!」
「断る!」
シルフィ様はメイを庇うように腕に抱き、ロン様は二人を守るようにシャルロッテの前に立ちはだかる。
「ならば、力ずくで奪うまでだ」
低い男性の声。
あの声音はシャルロッテのものではない。
彼女を媒体として語っているのは、おそらくキャンベル家の始祖だ。
「誰が妹を渡すものですか!」
私は髪からかんざしを引き抜くと小太刀に変化をさせて、空中から柄でシャルロッテの首の急所を突く。
思い切り突けば命の保証はないが、加減をすれば気絶をさせられる。
剣の師匠であるトージューローさんから習った護身術の一つだ。
「ぐっ!」
シャルロッテは一瞬、首を押さえて倒れそうになったが、すんでのところで堪えた。
だが、ダメージは与えられたようだ。今のうちに捕縛することにしよう。
「『植物魔法』いばらの牢獄!」
いばらはシャルロッテの体を囲み、あたかも牢獄のように格子を編んで彼女を閉じ込めた。
「ユリエ!」
「おねえさま!」
シルフィ様とメイが駆け寄ってくる。
「容赦がないな、お前は。空中から一気か?」
二人の後からロン様がいつもどおりの不敵な笑みを浮かべて、こちらへやってきた。
「剣の師匠に相手が誰でも容赦をするなと教えられましたので」
さらになるべく相手は正面突破で仕留めろとも教わっているが、それをいちいち守る気はない。戦いは臨機応変に。これはキクノ様の教えだ。
「リオ!」
クリスが舞踏会場から私の名前を呼びながら、駆けてくる。
「クリス! 良かった!無事だったのね」
「シャルロッテは……っと! あら? もう捕まえたの? わたくしの出番がなかったわ」
クリスはいばらの牢獄に閉じ込められたシャルロッテを見やる。
「さすがはユリエですね。あたくしの弟子は優秀です」
拍手をしながら、キクノ様が微笑む。
「おい! ユリエは俺の弟子だぞ!」
トージューローさんがキクノ様に突っ込んでいる。
「俺の弟子でもあるのだが?」
さらにロン様まで割って入ってきた。
「教わったことはそれぞれ違いますけれど、私は良い師匠に出会えたと思っています」
私がそう言うと、三人の師匠は虚を突かれたように一瞬ポカンとすると、やがて微笑んだ。
意外とすんなり事が終わったなとは思うが、被害が最小限に抑えられたのであれば、それに越したことはない。
「のんびりとしている場合ではないぞ。メイ。シャルロッテの魔法を無効化しろ」
獅子のレオンがのしのしと歩いてきて、メイに魔法無効化を促す。
「そうですね。おねえさま、力を貸していただけますか?」
メイが私に手を伸ばしてきた時――。
「よくもやってくれたな!」
咆哮のような声とともにいばらの牢獄が破られる。
どうやら完全にダメージを与えられたわけではなさそうだ。
自らのドレスの裾を膝まで裂いたシャルロッテは立ち上がる。
シャルロッテは自らの魔法を発動させるが、それはすでに『光魔法』の形をした歪なものに変わっていた。
「メイ! 下がって!」
光の刃に漆黒のドロドロとした何かが巻き付いたものがメイに向かってくる。
私はメイを背に庇い、シャルロッテの刃に対抗しようと魔力を巡らせた。
だが、私の横を風の刃が通り過ぎていき、シャルロッテが放った刃にぶつかり相殺された。
さらにもう一陣の風の刃はシャルロッテに向かっていき、二つに結ばれた髪の右側を断つ。
「あれ? 外してしまったぞ。首を狙ったんだけどな」
お兄様が黒い笑みを浮かべながら、私の方へやってくる。
「お兄様!」
「遅くなってごめんね、リオ。メイ、怪我はないかい?」
お兄様はメイを抱き上げる。
「貴様!」
髪型が不格好になったシャルロッテがお兄様を睨むが、お兄様はふんと鼻を鳴らす。
「今度は首を斬ってあげるよ」
メイを抱えたまま、再び風の刃を生み出すお兄様だ。
「おにいさま。殺ってしまうのはまずいわ。せめてもう片方の髪を切るくらいにしてあげないと」
メイが可愛らしい笑みを浮かべながら、物騒なことを口に出す。
「お前たち兄妹は本当に容赦がないな」
ロン様がまた笑っている。しかもお腹を抱えて大笑いをしていた。
「おのれ! 愚弄するか!」
バカにされたと感じたのだろう。シャルロッテが再び歪な刃を生み出す。
しかし、向かってきた刃は空間に飲み込まれる。ロン様の魔法だ。
「ここでは被害が出そうだ。ユリエ、転移をするぞ」
「どこへ転移をするのですか?」
「適したところがある」
私たちはロン様の転移魔法陣に包まれた。シャルロッテも巻き込んで……。
長いので前中後編と分けました。
中後編は22時に更新します。




