154.侯爵令嬢はつつがなく謁見を終える
国王陛下と王妃殿下に謁見するため、私は作法どおり左手に抱えていたトレーンを放し、御前に歩み出て跪く。
「グランドール侯爵。待たせることになってすまない。まずは詫びを入れよう」
玉座から国王陛下と王妃殿下が揃って頭を下げられた。
「とんでもございません。陛下のご心痛をお察し申し上げます」
「お宅のバカ息子のせいで」とは言えないので、そこはお父様も心得たものだ。
「カトリオナ嬢。こちらへ」
国王陛下の言葉に導かれて、私は玉座まで進むと、国王陛下と王妃殿下の手の甲へ口づけを落とす。これはデビュタントを迎えた貴族の子息子女の儀礼だ。
「今年はカトリオナ嬢が社交デビューを迎えたか? 二年前に子息のデビューを迎えたばかりだと思ったが、月日が経つのは早いものだな。グランドール侯爵」
二年前、お兄様が社交デビューを迎えた年に私はクリスの話し相手として呼ばれた。
そこで突然、王太子殿下と婚約をさせられそうになったのだ。
今思い出しても、実に嫌な出来事だった。
「カトリオナ嬢。エレオノーラに聞きましたよ。本日は婚約者が同行されているとか? 二年前は愚息のせいでどうなることかと思いましたが、良いお相手が見つかって本当に良かったわ。幸せになってね」
お母様から聞いたのだが、王妃様は王太子殿下が起こした婚約騒動のせいで、私の将来をすごく心配していたらしい。
「ありがとうございます。王妃殿下」
「今日の王宮舞踏会では婚約者と楽しんでいってちょうだいね」
「はい」
『王宮舞踏会はきっと波乱に巻き込まれます。ごめんなさい。王妃様』と心の中で謝罪をした。
謁見を終えて控室に戻った私は重いトレーンを外して、舞踏会用の準備をするために続きになっている小部屋へと入る。
「お嬢様。お疲れ様でした。何かお飲み物をご用意いたしましょうか?」
「ありがとう、マリー。では……」
飲み物で思い出したが、今日からお酒が飲めるのではないだろうか?
「成人されたからといって、お酒を飲まれるのはお控えくださいね」
マリーが有無は言わせないとばかりに、にっこりと微笑む。
「……分かったわ」
お酒は後日レオンと一緒に嗜むことにしよう。
酒豪のレオン相手に嗜む程度で済むかは分からないけれど……。
用意してくれた飲み物を飲みながら、私はマリーが手入れをしている舞踏会用のドレスを眺める。
ロイヤルブルーの青いエンパイアラインのドレスには、裾にアイビーの花が金糸で刺繍されている。
「レオン。自分のカラーだって気づくかしら? もう一つの意味にも……」
アイビーの花言葉は『永遠の愛』。
「レオン様は森の神様ですから。きっと気づきますよ」
「そうだといいけれど……」
舞踏会はダンス会場とは別に『喫茶室』と呼ばれる飲食をする場所が設けられている。
食事の形式はテーブルを設けた着席式と椅子を最低限に並べただけの立食式とある。
貴族のタウンハウスとは違い、王宮では専用の舞踏会場があるため当然着席式だ。
ただ今回は小さな丸いテーブルが並べられていて、場所が広く感じる。
私はレオンとテーブル席に座っているのだが、先ほどからレオンは食べてばかりだ。
色気より食い気が勝るレオンに期待をしてはいけなかった。
私のドレスについて、レオンの口から話題にのぼる気配はない。
「レオン。毎度口うるさくて申し訳ないけれど、食べすぎではないかしら? 後でダンスを踊るのよ。ちゃんと動ける?」
「大丈夫だ。モグモグ。それにしても王宮の飯は美味いな。パクパク」
ドレスが自分のカラーだとかアイビーの花言葉に気づかなくてもいいが……。いや! 気づいてほしいけれど……。
せめて、似合うとか何とか言ってほしいものだ。
ちなみにテーブル席とは別にサービス用の長いテーブルにはいろいろな料理や飲み物が置いてあって、給仕に頼むと好きな物を持ってきてくれるのだ。
レオンは料理を全種類頼んでいた。
「リオも今のうちに食べておくといいぞ。この肉のガランティーヌなど絶品だぞ」
ガランティーヌというのは肉に詰め物をして煮た料理のことだ。
「いいえ。サラダと飲み物だけでいいわ」
私はエビのサラダをフォークでつつきながら、ため息を吐く。
この調子だとデザートもしっかり食べそうだ。
「まあ、カトリオナ様ではありませんこと?」
どこかで聞いた声に呼ばれたかと思うと、目の前にアデリーヌ様が立っていた。しかも、ライアンと一緒だ。
私は立ち上がるとカーテシーをする。
「ライアン様、アデリーヌ様。ごきげんよう」
この二人もデビューを迎えたのだから、会場にいるのは当たり前だ。
魔法学院で会う時とまた雰囲気が違うので、なぜか新鮮さを覚える。
「あれ? リオをエスコートしてきたのはレオンか?」
食べるのを中断されて不機嫌そうなレオンにライアンが声をかける。
「そうだ。ライアン、お前はその娘のエスコートか?」
「まあな。俺たち婚約したから」
「えっ! そうなの?」
ライアンとアデリーヌ様を交互に見ると、アデリーヌ様は恥ずかしそうに俯いた。
「そうなんだ。まあ、成り行きというか、なるべくしてなったというか」
二人のなれそめが知りたいと思っていたら、アデリーヌ様が勝手に語り出してくれた。
アデリーヌ様が前の婚約者に婚約破棄をされて荒れていた頃、彼女は教室に居場所がなく、裏庭で一人寂しく読書をしていた。
そして、同じく休憩時間に裏庭で読書をしていたライアンと出会ったのだ。
当初二人は場所の取り合い云々でケンカをしていたのだが、本の趣味が同じだったこともあり、徐々に仲良くなっていったとのことだ。
そして、社交デビューを迎える前に両家で婚約が決まった。
「まあ、そうだったの。お二人とも婚約おめでとう」
「ありがとうございます。カトリオナ様はよくレオン様と一緒にいますが、お二人も婚約をされるのですか?」
アデリーヌ様は幸せオーラ全開だ。
以前の彼女であれば、私にこのような問いかけはしない。
ちらりとレオンを見ると頷くので、私も頷く。
「ええ。近いうちに婚約します」
「まあ」とアデリーヌ様は微笑むと、ライアンを見上げる。
彼女が微笑む姿は初めてだが、意外と可愛い。
吊り目がちの彼女はきつく見られがちだが、可愛い一面もあるのだと私は微笑ましくなる。
飄々としたライアンもアデリーヌ様を見る目は優しく、きっといい夫婦になるだろうと容易に想像できた。
「カトリオナ様もレオン様もおめでとうございます」
「ありがとうございます、アデリーヌ様」
ライアンはレオンの肩に手を回すと、うりうりと頬をつついている。
「好きな女がいるって言っていたけど、リオだったんだな」
「つつくのはやめぬか」
男性も好きな相手の話をするんだなと、妙に感心してしまった。
しばらく四人で談笑をしていたのだが、王族が入場する時間となったので、席を立つ。
「じゃあまた後でな。アデル、行こうか?」
「はい。ではカトリオナ様、お互いに幸せになりましょうね」
ライアンはアデリーヌ様をエスコートしながら、ひらひらと手を振った。
「愛称で呼び合っているのね。良かったわ。アデリーヌ様、荒れていたって聞いたから」
アンジェから話を聞いた時から内心では気になっていたのだ。
「あの娘はよくリオに絡んでいたではないか」
「アデリーヌ様はきついけれど、悪い方ではないわ。雰囲気が優しくなっていたでしょう?」
「そうだな」
アデリーヌ様もシャルロッテの被害者なのだ。
でも、そのおかげでライアンと出会えたのであれば、婚約破棄されて良かったのかもしれない。
「そういえば、ライアンはシャルロッテのスキルの影響を受けていないのかしら?」
「ライアンは特殊スキル持ちだからな」
「そうなの?」
ライアンを鑑定したことはないので、知らなかった。
「どんなスキルなの?」
「ウィルと同じだ」
『状態異常自動解除』だ。
魅了系のスキルはおろか、毒や麻痺も自動で解除できるという便利なスキル。
冒険者に向いているかもしれない。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)




