153.侯爵令嬢はハプニングにみまわれる
国王陛下と王妃殿下への謁見は両親とともに行うのがしきたりだ。
それはお兄様の時と同じで、私は両親を伴って王宮へと向かっている。
お兄様は今回トリアのエスコートをするためにヴィリアーベルク公爵家へ向かった。舞踏会で落ち合う予定だ。
「メイは後でシルフィ様が連れてきてくれるそうです」
シルフィ様に懐いているメイはドラゴンに乗れると言って、喜んでいた。
「そう。竜神族の方々には随分お世話になってしまったわね」
「いろいろと活躍してくれたからね。何かお礼をしないといけないね」
両親は口々にロン様とシルフィ様に感謝の言葉を述べる。
ロン様とシルフィ様は普段冒険者として活動をしている。
我が家に滞在している間は、外壁の修理や夜の見回りなどを率先して引き受けてくれたのだ。
「あやつらには菓子でも食わせておけばよい。甘い物が好きだからな」
ふんとレオンは鼻を鳴らす。
「そんなわけにはいかないでしょう。シルフィ様とロン様にはS級冒険者としての対価をお支払いしないといけないわ」
突如、馬車がガタンと音を立てて急停止をする。
前につんのめりそうになるのをレオンが抱き止めてくれた。
同じようにお母様はお父様が庇ったので無事なようだ。
「何事だ!?」
お父様が御者に対して声を張り上げる。
御者席と座席の窓はつながっているので、御者が窓を開けて顔を覗かせる。
「旦那様、申し訳ございません。お怪我はございませんか? 前方の馬車が急停止しましたので、こちらも慌てて停止させました。様子を見てまいりますので、馬車からお動きになられませんように」
「何かあったのかしら?」
もしかすると、狼藉者かもしれない。私は髪からかんざしを引き抜き、小太刀に変化させる。
「まあ、武器を持ってきたの? でも、その礼装では立ち回れないでしょう」
お母様が首を傾げている。
確かにこの格好では動きにくいが、いざとなったらトレーンを外せば何とかなるだろう。
しばらくすると、馬車が揺れる。どうやら御者が戻ってきたようだ。
「何か事件か?」
お父様が御者に声をかけると、御者は再び窓から顔を覗かせる。
「事件と言えばそうかもしれません。どうも王宮の門前で横入りをしてきた馬車があったようでして、後続の馬車は皆立ち往生しています」
窓から後ろを覗くと、うちの後続の馬車も停止している。この調子だと街道は馬車でごった返すのではないだろうか?
「何だと? 横入りしてきたのはどこのバカだ?」
「それが……キャンベル男爵家の馬車だそうです」
シャルロッテの家の馬車だ。
王宮へ乗り入れる馬車の順番は特に決まっているわけではないが、横入りはマナー違反だ。
「アホロッテの家の馬車なの? 何を考えているのかしら?」
「全く何をしているのだ。横入りをするなど……」
両親は怒っている。
なぜキャンベル男爵家の馬車は横入りをしたのだろう?
その理由は王宮の入り口で知ることになる。
「何で横入りをしてくるんだ! 危ないじゃないか!」
「うちの娘は王太子殿下がエスコートしてくださるのだ。王族をお待たせするわけにはいかんのだ」
馬車を下りると、トージューローさんとキャンベル男爵が言い争う声が聞こえてきたのだ。
「だからと言って横入りをするな! 危うく事故に発展するところだったんだぞ!」
「やかましい! どこの外国人だ!?」
「口を慎みなさい」
トージューローさんの後ろから涼やかな声が響く。
フィンダリア王国風のドレスに身を包んだキクノ様がトージューローさんの前に進み出る。
「その方はヒノシマ国の王族です。その方とあたくしは外国からの特使として招かれています。無礼な態度は許しません」
「ぐっ!?」
キャンベル男爵はキクノ様に威圧されているようだ。
だが、キャンベル男爵の横にいるシャルロッテは物怖じしない。
白いドレスを纏ってはいるが、トレーンはつけていない。後からつけるつもりなのかもしれない。
「お父様。王太子殿下が待っているわ。行きましょう」
「シャルロッテ。うむ。そうだな」
キャンベル男爵親子は一言の謝罪もなく、その場を立ち去ってしまった。
「何だ? あいつらは」
「なかなかに失礼ですね。後で国王陛下に物申しておきましょう」
にこやかに微笑んでいるキクノ様だが、こういう時のキクノ様は怖い。
何か報復を企んでいるに違いない。
「トージューロー先生。キクノ様。お怪我はありませんか?」
「おう。ユリエ。今日は大人っぽいな」
軽快に挨拶をするトージューローさんには、とりあえず怪我はないらしい。
「キャンベル男爵令嬢にユリエのような配慮があればいいのですが……」
「……キクノ様」
キクノ様は私の頬に手を添える。
「もう成人するのですね。ユリエ、本日はおめでとうございます」
「ありがとうございます。キクノ様」
キクノ様はまばたきをすると、今度は怖くない方の笑顔で微笑む。
「つつがなく謁見を終えられますように。後ほど舞踏会でお会いしましょう。行きますよ。彦獅朗」
「へいへい。また後でな。ユリエ」
二人はお辞儀をすると、貴賓客の控室がある棟へと去っていった。
「キクノは殺る気だな」
「今日は皆殺る気よ」
「そうだな。では婚約者殿。お手をどうぞ。控室までエスコートしよう」
レオンが腕を差し出すので、私は手を絡める。
「今日はよろしく。未来の旦那様」
まもなく謁見が始まる。
ところが謁見の時間が遅れるとの知らせが届いた。
「時間が遅れるとはどういうことだ?」
知らせに来た国王陛下の侍従にお父様が抗議をしている。
「……それが……」
侍従は歯切れ悪く語る。
「どうしても一番目に自分の婚約者になる女性を謁見させたいと、王太子殿下が仰せでして……」
「王太子殿下の婚約者だと? バカな!? そのような話は聞いていない!」
王太子殿下の婚約者になる女性とはシャルロッテのことだ。
それにしても非常識すぎる。
王族の婚約者といえども、謁見の順番が優先されるわけではない。
我が国の法律では婚姻が結ばれるまでは婚約者はあくまで婚約者であり、嫁した後、初めて嫁ぎ先の家に組み込まれることになるのだ。
それを王太子である彼が知らないはずはない。
「それで国王陛下は何と仰せになられている?」
「そのようなことは認められないと、ただいま王太子殿下を説得されています。お待たせすることになりまして、誠に申し訳ないのですが……」
「納得はできないが、仕方あるまい」
侍従はひたすら謝ると、次の控室に向かった。
あの調子で他の貴族の方々にも謝罪をしに回るのだろう。大変だ。
「馬車の件といい、次から次へと迷惑なこと。キャンベル男爵家に賠償金を請求しないといけませんね。旦那様」
「全くだ!」
両親は激怒している。
当たり前ではあるが、他の貴族も同じことを考えているかもしれない。
「キャンベル男爵家は破産するかもしれんな」
レオンがふふんと鼻を鳴らす。
「それでは早めに賠償金請求の書類をご用意いたしませんと。金額はいかほどに?」
早々に賠償手続きの準備を進めようとしているのは執事長だ。今日の護衛はなんと執事長が買って出てくれた。
「でも、今日でキャンベル男爵家は終わりです。財産が差し押えになれば請求できませんわ、執事長」
辛辣な執事長とマリー親子の会話を聞きながら、私は苦笑する。
扉がノックされたので、執事長が対応に出る。
来訪者はお兄様だった。
「お父様。謁見の時間が遅延することはお聞きになられましたか?」
「聞いた。ヴィリアーベルク公爵は何と仰せだ?」
「王太子殿下の婚約者になる女性の控室へ抗議に行くとカンカンです」
「だろうな」
ため息を吐くお父様にお兄様は苦笑する。
お兄様はトリアをエスコートしてきたので、ヴィリアーベルク公爵家の控室で謁見遅延の話を聞いたのだ。
「お兄様。トリアは?」
「やあ、リオ。とてもきれいだね。見違えたよ。トリアは落ち着いているよ。大丈夫だ」
「そう。良かった」
謁見は遅れるし、父であるヴィリアーベルク公爵は激怒している。
繊細なトリアを心配したが、落ち着いているようで安心した。
時間がかかりそうなので家族と談笑をしていると、先ほどの侍従が再び訪れる。
「大変お待たせいたしまして、申し訳ございません。まもなく謁見が始まりますので、ご準備をお願いいたします」
謁見の順番は従来どおり序列順となった。
次は18時に更新します。




