152.侯爵令嬢は社交デビューを迎える
昨日更新ができなかったので、今日は7時、12時、18時に更新します。
社交デビューの日、王宮舞踏会当日は朝から念入りにマリーに磨かれた。
「お嬢様。無事に成人される日を迎えられましたことをお喜び申し上げます。本日は誰よりも美しく輝かれるように徹底的に磨かせていただきます!」
早朝から成人の祝いの言葉とともにやけに気合いの入った宣言をされて、支度は始まったのだ。
「あ、ありがとう、マリー。よ、よろしくね」
「本日はご領地より運びました温泉のお湯を浴槽に張りました。まずは朝のお風呂でお寛ぎくださいませ」
「領地の温泉? いつの間に届けられたの?」
「シルフィ様が今朝運んでくださったのです」
「ええっ!? それはお礼を申し上げないと! シルフィ様はお部屋にいらっしゃるの?」
シルフィ様とロン様は昨夜からタウンハウスに泊まっているので、部屋にいるはずだ。
私は慌てて着替えをしようとベッドから下りる。
すると、部屋の扉が乱暴に開けられたかと思うと、シルフィ様が飛び込んできた。
「ユリエ、おはよう! 一緒に朝風呂に入ろう!」
「シルフィ様、おはようございます。ええっ! 一緒にお風呂に入るのですか?」
「ダメかな?」
しゅんとしたシルフィ様の耳が垂れている。
「いいえ! ダメではありません。それとお湯を運んでいただきありがとうございます」
フィンダリア王国では温泉地でも家族以外とお風呂に入るという習慣がない。
領地の温泉地ではクリスと一緒に入ったことはあるが、子供の頃の話だ。
「良いのだ。ユリエと一緒に風呂に入りたかったからな。マリーも一緒に入らないか?」
「いいえ。私は侍女ですので、お二人のお世話をさせていただきます。それに浴槽がそれほど広くはございませんので」
そんなわけでシルフィ様と一緒にお風呂に入ることになった。
「この国の浴槽はそれほど広くはないのだな」
「一人で入るように設計されておりますから。シルフィ様の国のお風呂は広いのですか?」
ドラゴン姿で入るのかは分からないが、なんとなく広いイメージがある。
「大勢で入れるようになっているからな。広いぞ」
竜神族の国では大衆浴場があり、そこでは誰でも自由に入れるお風呂があるそうだ。
もちろん男女別に分かれている。
「一度ユリエも来るといい」
「竜神族の国ですか? 人間の私が行っても大丈夫なのですか?」
「構わない。私の友人だからな」
人間の分際で生意気なとか言われないだろうか?
シルフィ様の背中を流しながら、私は苦笑する。
親しい間柄で背中の流し合いをするのが、シルフィ様の国流のお風呂の入り方なのだそうだ。
我が家にも大きな浴場を作れないだろうか?
そうすればシルフィ様やクリス、友人たちと広いお風呂で交流することができるかもしれない。
今度、お父様に提案してみることにしよう。
「失礼いたします。摘みたてのバラをお持ちいたしましたので、お湯に浮かべますね」
マリーが温室から摘んできたバラの花を浴槽に浮かべると、シルフィ様がはしゃいだ。
「バラ風呂だ! うん。良い香りだ」
バラの花のいい香りが鼻をくすぐる。
「ふふ。後でバラの香油もお使いになってみますか?」
「うん。今日はバラの石鹸にバラ風呂と香油。バラづくしだな。実に優雅だ」
シルフィ様が嬉しそうだ。お誘いにのって一緒にお風呂に入ってよかった。
お風呂で寛いだ後は髪の手入れを行い、そのままアップに結う。
ドレスはローラと『サンドリヨン』の三人の従業員の女性が着付けをしてくれた。
「今日は着付けの予約が詰まっているでしょう? ローラ、忙しい中来てくれてありがとう」
「クリスとリオの着付け以外はお断りしたのよ。着付けをやっているのは、うちの店だけではないし」
ドレスの最終調整をしながら、ローラが妖艶な笑みを浮かべる。
『サンドリヨン』は人気店だ。今年もデビュタント用のドレスやトレーンの注文が殺到したと聞いている。当然、着付けの予約も受け付けているかと思っていた。
「他の貴族令嬢たちに恨まれてしまいそうだわ」
「大丈夫よ。着付けは受け付けませんとお断りしてあるから。さあ、後はトレーンをつけて終わりよ」
一番の難関であるトレーンをつけて出来上がりだ。
仕上がったところで扉がノックされる。
「リオ。仕上がったか?」
礼服を着たレオンが入ってきたかと思うと、私の姿を見て呆然としている。
「どうしたの? レオン。どこか変かしら?」
私は首を傾げる。
マリーとローラが丹念に磨いてくれたから、おかしなところはないはずだが、不安になった。
「い、いや。以前にも増して美しいと思ってな」
珍しくレオンが顔を赤くして横を向いている。
「あらあら。レオンが柄にもなく照れているのかしら?」
ローラがにやにやと笑ってレオンをからかっている。
「やかましいぞ! ローラ、着付けが終わったのであればさっさと出ていけ! この後クリスの着付けをするのであろう」
「はいはい。邪魔者は消えるわよ。リオ、あらためて成人おめでとう。これからもうちのお店をご贔屓に」
ローラはウィンクをすると、三人の従業員を伴って退室していこうとするので、去り際に声をかけた。
「ローラ。今日はありがとう。クリスをきれいに仕上げてね」
「ふふ。任せて。じゃあね。レオン」
「ふん!」
マリーも衣装部屋へ入って片付けを始めたので、賑やかだった自室が静寂に包まれる。
しばらくすると、レオンは私に向き直り、ポケットから何かを取り出して私の前に跪く。
「カトリオナ・ユリエ・グランドール。あらためて結婚を申し込みたい」
ポケットから取り出した白い箱から現れたものは指輪だった。
月桂樹の葉がリング状に編み込まれた銀の指輪。
「……レオン」
「いつか贈り物をすると言っていただろう。これがそうだ。我の妻になる者に与えようと思っていた品だ」
私が欲しいと思っていたものだ。言葉にならないほどに嬉しい。
「どうした? 受け取ってくれないのか?」
レオンの眉尻が下がっている。
私がなかなか言葉を発しないので、否定されると思っているのだろうか。
「もちろん、受け取るに決まっているわ。でも、指輪はレオンには嵌めてほしいの」
私は手袋を外すと、左手をレオンの前に差し出す。
「……よかろう」
レオンは微笑んで私の手を取ると、指輪を左手の薬指に嵌めてくれる。
「サイズがぴったりだわ。レオンは私の指のサイズを知っていたの?」
「いや。その指輪は持ち主のサイズに合わせてくれるのだ」
「もしかしてフレア様のブレスレットと同じような神具なの?」
「そのようなものだ」
私を優しく見つめるレオンの顔が迫ってきて、互いの唇が重なろうとしている。
「レオン! 決戦の前にプロポーズをするなど死亡フラグなのじゃ!」
だが、突然の乱入者に邪魔をされた。
「フ~レ~ア~」
地の底から響くような低い声はレオンのものだ。
「お前はいつもいつも邪魔をしおって! そもそもリオへのプロポーズはすでに済ませておる! お前も知っておるだろう。今日はリオに贈り物をしたのだ」
「ほお。やっと贈り物を渡せたのじゃ」
やっとということは、この指輪は前から用意してあったものなのだろうか。
私は指輪を日にかざしてじっと眺める。
月桂樹の形をした指輪は、森の神でもあり、大地の神でもあるレオンらしい。
常緑樹である月桂樹は枯れることがない。
確か月桂樹の花言葉は「勝利」「名誉」「栄光」「輝ける未来」だが、葉の花言葉は「私は死ぬまで変わりません」だ。
そして、永遠の愛の証と言われている。
「きゃあ! もうレオンたら!」
「何をしておるのだ? リオ」
フレア様とバトルしていたレオンがその手を止める。
「あ! いいえ。何でもないの! そろそろエントランスに行かないと。お父様たちが待ちかねているわ」
私は地に足がつかないのほどの嬉しさをごまかして、自室の扉に向かった。
次は12時に更新します。




