閑話・ジークフリートの追求
今日も王太子殿下はシャルロッテ・キャンベル嬢と一緒なのか。
本当に彼らが愛し合っているのであれば放っておくのだが、決してそうではない。
王太子殿下が本当に好きなのは、僕の妹リオなのだから……。
シャルロッテが『魔性の魅惑』で王太子殿下を誑かしていなければ、彼はまだリオを諦めていなかっただろう。
それはそれで迷惑な話ではあるが……。
いつも彼らがランチをしている場所は知っている。
特に彼らに用があるわけではない。
普段であれば近づきもしないのだが、今日は王太子殿下の護衛騎士であるウィル卿に用があるのだ。
中庭にある静かなガゼボ。そこは彼らがいつもランチを取っている場所だ。
「今日はサンドイッチを作ってきたのよ」
「ロッティーの手作りか? 美味そうだな」
正確にはシャルロッテ嬢付きのメイドが作ったものだと僕は知っている。
偶々、厨房で見かけたのだが、シャルロッテは文句を言いながら、座っていただけだ。
まあ、そんなことはどうでもいい。
僕は離れたところで控えているウィル卿に近づき、話しかける。
「ウィル卿。リックは今日もシャルロッテ嬢とランチですか?」
ウィル卿は一礼すると、背筋を正す。
「ジークフリート様。殿下に何か御用でしょうか?」
「いや。今日は貴殿に話したいことがあります」
「私にですか? 何でしょうか?」
「ここでは話しにくい。場所を変えませんか?」
ウィル卿は困惑した表情を浮かべる。
「しかし、私は殿下の護衛です。お側を離れるわけには参りませんので、用件でしたらここでお伺いいたします」
職務に忠実だな。騎士であれば当然の反応だが……。
「そんなに手間はとらせません。それにリックは強い。少しくらい護衛を外れても大丈夫でしょう。彼の腕前は貴殿が一番ご存じのはずです」
「確かに殿下はお強いですが、不測の事態はいつでも起こり得ることです。どうしてもと仰るのであれば、後日お伺いいたします」
ウィル卿はそれでも頑として引かない。
なかなか頑固だな。彼の言うとおり、日を改めた方がいいだろうか。
「俺が代わりに王太子の護衛をしてやる。ユーリ、行ってこい」
「師匠?」
まさか師匠が現れるとは思わなかったが、渡りに船とはこのことだ。
「『風の剣聖』トージューイン殿!?」
驚いているな。それはそうか。師匠はこの国の騎士の憧れだ。
「俺の腕前では不満かな?」
「いいえ。この国で貴方に敵う騎士などおりません。しかし……」
ウィル卿はちらりと王太子殿下の様子を窺う。
彼はシャルロッテ嬢に夢中でこちらを気にしてはいない。
「あの様子では少しくらい貴殿が離れても気づかぬだろうよ。万が一、王太子が気づいたら俺が上手く言い訳しておく。早く行ってこい。昼休みは短いぞ」
僕は師匠に頭を下げる。
「師匠、ありがとうございます」
「おう。礼は団子でいいぞ」
放課後は師匠と『和み庵』に寄り道決定だ。
「『風の剣聖』殿。しばらく職務を離れますが、殿下をどうかよろしくお願いいたします」
ウィル卿も師匠に一礼する。
僕はウィル卿とともにガゼボから少し離れた木立に移動する。
少し前にこの辺りに結界を張っておいたので、話を聞かれる心配はないだろう。
「ジークフリート様。私に話とは一体どのような用件でしょうか?」
「ウィル卿。なぜリックの護衛騎士になったのですか? てっきり貴殿は以前と同じ王国騎士団に入団するものだとばかり思っていました」
「なぜ、それを!? まさか、ジークフリート様も時間を逆行されたのか!?」
上手く引っかかった。僕は口の端を吊り上げる。
言葉は便利だ。一言付け加えるだけで、全く別の意味に変わるのだから……。
ウィル卿は謹厳実直な男だ。こういうタイプの人間は案外ひっかけに陥りやすい。
賭けは五分五分だった。
もしも、賭けに負けて彼が王太子殿下に僕も時戻りしているかもしれないと告げ口をしたとしても、確証はない。
以前の王太子殿下であればともかく、今の彼はきっとこう言うだろう。
「私に復讐をしに来たのか?」と。
もしかすると、時戻り前のリオのように僕を陥れようとするかもしれないが、そうなれば表舞台から消えてもらうだけだ。
「もうすぐ魔法学院は休みに入ります。我が家では王宮舞踏会の前に内輪で茶会を開くことになりました。それで茶会に貴殿を招待したいのですが、来ていただけますね?」
「内輪の茶会になぜ私を?」
先ほどまで淡々としていたウィル卿だが、今は怯えているようだ。
無理もない。僕も時戻りをした人間かもしれないのだから。
「ゆっくり話をしたいからです。意味は分かりますね?」
これは脅しに聞こえるかな?
まあ、いい。
ウィル卿は、顔は蒼白にしながらもゆっくり頷いた。
放課後、約束どおり師匠に団子を奢るため『和み庵』に寄り道をした。
ウィル卿とのやり取りを聞いた師匠は露骨に顔を歪めた。
「ユーリ。お前怖い男になったな。俺の弟子になった頃は可愛かったのに……」
「もう可愛いと言われるような年ではありません」
「それにしても、時戻り前のウィルが王国騎士団所属なのがよく分かったな。調べたのか?」
師匠が団子の串を咥えて、口で弄んでいる。
「まさか。時戻り前のことなんて調べようがありませんよ」
「ロンとかいう竜神がいるじゃないか。あいつなら調べられるだろう」
「仮にも竜神が僕の願いなど聞いてくれると思いますか? ロン様はリオを気に入っているので、リオが願えば、聞いてくれるかもしれませんが……」
孤高の雰囲気を纏った黒い竜神は気難しそうだ。
「じゃあ、どうやって知ったんだ?」
僕はふっと笑うと、一口お茶を飲む。ヒノシマ国のお茶は美味しい。
「貴人の処刑執行人は王国騎士団所属の騎士からランダムに選ばれるんです。だから、ウィル卿がリオの処刑執行人だとしたら、時戻り前は王国騎士団所属だと思ったんですよ」
「カマをかけたのか!?」
師匠が身を乗り出してくる。
「そうなりますね」
「……はずれたらどうするつもりだったんだ?」
「彼には消えてもらいます」
にっこりと微笑みながら、「冗談です」と付け加える。
「冗談に聞こえないから怖い。お前だけは敵に回したくないな」
「僕も師匠を敵に回したくないですよ。剣術で勝てる気がしない」
三本勝負をしてもいまだに師匠からは一本しかとれない。
「剣術はともかく、頭脳戦ではお前に勝てる気がしない」
「師匠の機動力は僕では読めませんよ」
『風の剣聖』の名に相応しい、まさに風のような捉えどころがない人だからだ。
「師匠も茶会にぜひ出席してくださいね。リオが腕によりをかけてお菓子を作ると張り切っていましたからね」
「マジか? ユリエの菓子は美味いからな」
リオは幼い頃からお菓子作りだけではなく、料理も美味い。
妹を嫁に迎えるレオン様は幸せ者だ。
リオからウィル卿が処刑執行人であったことを聞いた時から、僕は確信していた。
勝算は僕たちにあると――。
本日18時にもう一話更新します。




