148.侯爵令嬢は学院をさぼって親友とデートする
その夜、久しぶりに私の部屋でクリスと女子会をした。
時戻り前で起こった時間軸の出来事を事細かにクリスに語る。
「あの時のクリスは格好良かったわ。まるで物語に出てくる女王のように威厳に満ち溢れていて素敵だったの。その時はクリスに会いたくて堪らなかったわ」
「そうなの。わたくしも見て見たかったわ。もっともわたくしがその場にいたら、処刑前にリオを助けて、お兄様とあの女に制裁を加えてやったでしょうね」
クリスが物騒なことを言い出す。考え方がロン様と似ている。
「お前たち。寝る前に甘い物を食べすぎると太るぞ」
レオンも女子会に参加中だ。猫姿であれば今夜はそのまま一緒にいてもいいと、お父様が渋々許してくれた。ただし、マリーとダーク様が影で監視している。
「レディに太るという言葉は禁止よ。もふもふ君は、そういうところは昔からデリカシーがないのよね」
マカロンを口に頬張りながら、クリスがぶつぶつと呟く。
「我は忠告してやっているだけだ」
「レオンだってケーキを1ホール食べているじゃない」
「我は男だからいいのだ」
別のお菓子に手をつけようとしているレオンはふんと鼻を鳴らす。
「あら。男だって甘い物を食べれば太るわよ。お腹がたぷたぷしてリオに嫌われても知らないわよ。せっかく時を超えて結ばれようとしているのに」
レオンは無言で二足立ちになると、お腹の辺りをさすっている。
一応、気にしているらしい。
その仕草は何とも可愛らしく、癒される。
「ねえ、リオ。明日デートしましょう。『サンドリヨン』でドレスを見たり、カフェでお茶をしたり、屋台で買い食いしたり。もちろんお忍びでね」
「いいわね。でも学院を休んでいるのに大丈夫かしら?」
「昼間は授業があるから、鉢合わせる危険性は低いわよ」
クリスがにやりと笑うので、私も笑う。
「さぼりだな」
「何よ。もふもふ君も行くのでしょう?」
「当然だ!」
「じゃあ、もふもふ君もさぼりね」
「むっ! そうだな」
夜も更けてきたので、明日に備えて私たちは休むことにした。
明日が楽しみだ。
翌日、午前中から出かけた私たちは市場を見たり、屋台で買い食いをしたりした。
「どうでもいいけれど、そんなに食べて大丈夫? これからランチなのよ」
クリスが呆れた様子でレオンを見ている。
レオンの両手には五本ずつ串焼きの肉が握られていた。さらに口の中いっぱいに肉を頬張って、今まさにレオンの胃袋へ消えようとしている。
「気にしないで、クリス。レオンは大食いだからあれくらいは大丈夫よ」
そして、ランチもきれいに完食するに決まっている。
「もふもふ君が食いしん坊なのは知っているけれど、つい口出ししてしまうのよね」
「分かるわ」
レオンが食べてばかりだと、つい心配してしまう。
ランチを食べ終えた後、私たちは『サンドリヨン』へ向かう。
ローラには先触れを出してある。
ところが『サンドリヨン』の前には王家の紋章が刻印された馬車が止まっていて、店の中から王太子殿下とシャルロッテが出てくるところだった。
私たちは咄嗟に物陰に隠れて様子を窺う。
「リック。こんなにたくさんプレゼントしてくれてありがとう」
「いいんだ。どれもロッティーに似合っていて選ぶことができなかったからな」
彼らの後ろには、たくさんの荷物を抱えた王太子殿下の護衛騎士が付き従っている。
そういえば、いろいろありすぎて忘れていたが、彼を見て思い出した。
「お兄様。まだ授業があるはずなのに、またあの女とさぼっているのね」
ぎりっとクリスが爪を噛む。
「……クリス」
クリスにしてみれば、身近でおかしくなってしまった兄を見ているのは歯がゆいことだろう。
二人が馬車に乗り込み、道の向こうに馬車が去っていくのを確認してから、私たちは足早に『サンドリヨン』の店内に入る。
「リオ。クリス。よく来てくれたわね」
ローラが出迎えてくれるが、クリスの表情が曇っているのを見て、挨拶もそこそこにローラの部屋へと案内してくれた。
「ローラ。今出て行ったのはお兄様とシャルロッテでしょう? どれだけ商品を購入していったの?」
ソファに座るなり、クリスが本題を切り出す。
ローラはため息を吐くと、一枚の紙をクリスに差し出した。
クリスは渡された紙に目を走らせると、わなわなと震え出す。
「またこんなに!? どれだけあの女に貢ぐつもりなの!」
バンと乱暴な音を立てて、紙をテーブルの上に叩きつける。
紙の内容を見れば、それは王宮に宛てた請求書だった。
王太子殿下がシャルロッテへ贈った商品の請求書だ。
金額は決して安くはない。
「クリス。落ち着いて」
そっとクリスの肩に手を添える。
「わたくしたち王族に充てられる予算は国民の血税なのよ。前はあんなに倹約家だったのに。お兄様に充てられた予算はそろそろオーバーしてしまうわ」
絞り出すようなクリスの声が苦しそうだ。
私はクリスを抱き寄せる。
「私たちは売る側だから、買い手を断ることはできないのよ。ごめんなさい」
ローラも辛そうだった。
「いいのよ。ローラのせいではないもの」
クリスは責任感が強い。無駄遣いをする王太子殿下を見て、取り乱してしまったのだろう。
これ以上、シャルロッテを野放しにしておくのは危険だ。
何より私の大切な人たちが苦しむのは、耐えられない。
私は決心する。
「シャルロッテの魔力を無効化する時期を早めましょう」
「でも、リオ。あの女を断罪する証拠がないのよ。強硬手段に出るのは危険だわ」
確かに王太子殿下を誑かして国家予算を逼迫しているだけでは、シャルロッテを追い詰めることはできない。
王太子殿下が独断で自分に贈り物をしてくれたと言い張られたら、どうしようもない。
「いいえ。突破口を見つけたの」
先ほど王太子殿下の護衛騎士を見て思い出したことがある。
「時戻り前の時間軸で私の処刑執行人を務めたのは、王太子殿下の護衛騎士よ」
「えっ! ウィルが?」
「彼は処刑が終わった後、頭巾を取って私に被せてくれた。その時に顔が見えたの」
しかし、疑問がある。
「でも、彼がもしリオとともに輪廻の帯の綻びに落ちたとして時戻りをしたとしましょう。なぜリオが『光魔法』の所持者だとお兄様に言わなかったのかしら?」
「分からないことはそれなのよ。私が『光魔法』を持っていることを知っているはずなのに初めて会った時に私のことを知らないようだった」
クリスと二人で唸っていると、ローラが意外なことを言い出す。
「これは推測だけれど、雷に打たれたショックで記憶の一部を失ってしまったとは考えられないかしら?」
クリスと顔を見合わせる。
「「そうかも!」」
近日中に関係者に集まってもらい、作戦会議を行うことになった。
「ウィル。味方になってくれるかしら?」
『サンドリヨン』からの帰り道、クリスがぼそりと呟く。
「確証はないけれど、私に頭巾を被せた時の彼は心から悼んでいるような顔をしていたの。悪い人ではないことは確かよ」
人々が私に罵声を浴びせる中、彼だけが私の死を悼んでいた。
「リオ。わたくしのことを思ってくれるのは嬉しいけれど、あまり無理はしないでね」
「クリス。これは私のためでもあるの。早く平穏な日々を取り戻したいから」
「……そう」
クリスを見送った後、レオンとタウンハウスまで歩いていると後ろから声を掛けられた。
「リオ。レオン様。今帰りかな?」
お兄様だった。お兄様は今日クリスと出かけること知っている。
「お兄様。おかえりなさい」
タウンハウスまで三人で並んで帰る途中、お兄様に『サンドリヨン』での出来事を話す。もちろん周りに聞かれないように結界を張り巡らせておいた。
「王太子殿下が早退したのは、そういうことだったのか。さすがにそれは良くないね」
お兄様が黒い笑みを浮かべている。
「それでね。王太子殿下の護衛騎士ウィル卿が処刑執行人だったことを思い出したの」
彼への接触をどうするか迷っていることをお兄様に告げる。
「それは僕に任せてくれ」
ウィル卿を落とす突破口が開いた。
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