141.侯爵令嬢は輪廻の帯を渡る(前編)
長いので前後編に分けました。
二話一気に更新します。
名残惜しそうな伯父様とフォレースター伯爵に別れを告げて、トリアたちとも挨拶を交わすと、私は真っ直ぐにタウンハウスへと帰った。
「お帰りなさいませ、お嬢様。お買い物は楽しかったですか?」
「ええ。とても楽しかったわ」
出迎えてくれたマリーに着替えを手伝ってもらいながら、私は今日の出来事を話す。
「そういえば、フォレースター伯爵にお会いしたの。執事長にそっくりだったわ」
「そうですか」
マリーの返事が素っ気ない。もう少し何か反応があると思ったのだが……。
「ねえ、マリー。フォレースター伯爵家の……」
養女の話を出そうと思って、言葉を飲み込んだ。
「ううん。何でもないわ」
「私は……お嬢様に生涯お仕えするつもりでおります。決意は変わりません。たとえ叔父がフォレースター伯爵家に来いと言っても行く気はありません。ですから、お嬢様のおそばにずっと置いてください」
すでにフォレースター伯爵から話があったのか定かではないが、マリーは私の疑問に答えてくれた。そして、欲しい答えが返ってきたのだ。
「うん! ずっと私のそばにいてね、マリー」
「はい!」
「美しい主従愛だな」
片手にケーキ1ホールを持ったレオンが私の隣に座る。
レオンが持っているケーキは『ロゼット・ガーデン』のアフタヌーンティーセットで提供されたフルーツケーキだ。
たくさんのお菓子の中でレオンはこのケーキが一番気に入ったらしいので、トリアに頼んでテイクアウトしてもらった。
「マリー、茶を淹れてくれぬか? 三人で食べようではないか」
「承知いたしました」
マリーがお茶の用意をしてくれている間、レオンはじっとケーキに見入っていた。
三人で食べようということは、マリーを待っているのだろう。
いつもであれば、一人で1ホールペロリと平らげてしまうのに、どういう風の吹き回しだろう。
「リオ。今頃キャンベル男爵が『ロゼット・ガーデン』で何をしているのか気になってはおらぬか?」
視線をケーキに向けたまま、レオンが尋ねてくる。
「う~ん。気になるといえば、気になるけれど……」
「先ほどお嬢様が仰っていたアホロッテ父のことですね。気になるのであれば、私が探ってまいりましょうか?」
テーブルにお茶のセットを置きながら、マリーがそう申し出てくれる。
「いいわ。キャンベル男爵のことは伯父様にお任せしましょう。それよりマリーも座って。ケーキを食べましょう。このフルーツケーキとても美味しいのよ」
三人でお菓子を食べるのは久しぶりだ。
今日の友人たちの買い物も楽しかったが、こうしてレオンとマリーと過ごすのも楽しい。
明後日からまた学院に行かなければならないと思うと憂鬱だが、今はこの時間を楽しみたいと思う。
「それでは、ケーキを切り分けいたしますね」
マリーがナイフでケーキを切り分けようとした時、空中にぽっかりと穴が開いて、二つの影が私の部屋に飛び込んできた。
「美味そうな物を食っているな」
「ユリエ! 遊びに来たぞ!」
流麗な姿をした白銀の美女と全身黒に覆われた青年。
「シルフィ様とロン様!」
毎度のことながら、シルフィ様は私に抱き着いてきた。
「何だ? 貴様らはこんな時間にやってきおって」
不機嫌そうな声でレオンはロン様を睨んでいる。
ケーキを食べようとしているのを邪魔されたからだろう。
「それほど遅い時間でもあるまい」
ロン様はレオンとは対照的で機嫌が良さそうだ。
ちらりと横目でケーキを見たので、おそらくそのせいだろう。
怖そうな見た目からは想像もつかないが、ロン様は甘い物が大好きだ。
「まさか、ケーキの匂いを嗅ぎつけてきたのではあるまいな?」
「誤解をするな。シルフィがユリエに会いたいというから、来ただけだ。まあ、ここに出る前に甘い匂いはしたがな」
どこから空間をつなげたのか分からないが、ドラゴンの嗅覚は鋭い。
「断っておくが、貴様らの分のケーキはないぞ」
「レオン! そんなケチくさいことを言わないの! せっかく会いに来てくださったのよ。マリー、お二人にもお茶をお淹れして。それからケーキは……難しいけれど、五等分に切り分けてくれる?」
マリーはにっこりと微笑むと「畏まりました」と頷いて、追加のお茶の用意をしに行った。
丸いケーキを等分にするのは難しいが、マリーであれば上手くやってのけるはずだ。
「さすが俺の弟子は話が分かる。どこかの了見の狭い猫とは大違いだ」
ロン様は満足そうに頷いている。
「意地汚い雑草ドラゴンが何をぬかすか。リオ! こやつらをもてなす必要なんぞないぞ!」
にゃあにゃあと騒いでいるレオンは放っておいて、私はあらためて二人に挨拶をする。
「お二人ともようこそお越しくださいました。さあ、空いている席におかけください」
「私はユリエの隣がいい!」
シルフィ様は、はしゃぎながらレオンとは反対側の私の隣に来ると、ちょこんと腰を下ろす。
こういうシルフィ様の仕草が可愛らしい。
「仕方のないやつだ」
ロン様は苦笑すると、シルフィ様の対面に腰を下ろす。
番であるシルフィ様には甘いロン様だ。
しばらくすると、マリーが切り分けたケーキをテーブルに置いてくれた。
うん! きれいな五等分……ではない。
ケーキは四等分だ。
「マリー。これでは貴女の分がないわ」
慌てて指摘すると、マリーは優しく微笑む。
「お嬢様の大切なお客様にお出しするお菓子を私がいただくわけにはまいりません」
「では私のケーキを半分んこにして、一緒に食べましょう。私はこんなに食べられないから」
マリーは首を横に振ると、ウィンクをする。
「それでは、今度『ロゼット・ガーデン』にいらっしゃる時には、ぜひ私をお供に連れていってください。本日はお嬢様のお気持ちだけで十分でございます」
「マリー……」
ロン様とシルフィ様が揃って、ほおと感心した声を漏らす。
「良い侍女だな。実に謙虚だ。どこかの食いしん坊とは大違いだな」
ロン様が意地悪そうな目をレオンに向けると、レオンは「ぐっ!」と言葉に詰まってしまう。
「ユリエ。『ロゼット・ガーデン』に行く時には、私も連れて行ってくれ。マリーの分も私が奢る!」
「シルフィ様。ありがとうございます。では、今度三人でお茶会をしましょう」
「うむ! 約束だ」
満面の笑みでシルフィ様が頷く。
「シルフィ様。お嬢様。ありがとうございます。そのようにお気遣いいただけるだけで、マリーは幸せ者でございます」
マリーは確かに私にはもったいないくらいの良い侍女だ。
昼間、フォレースター伯爵からマリーの手紙に「聡明で優しいお嬢様」だと綴ってあったと聞いたが、もしマリーがそう思ってくれているのであれば、それはマリーのおかげだ。
聡明で優しい姉のようなマリーがずっとそばにいてくれたからこそだと、私は考える。
後編に続きます。




