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冤罪で処刑された侯爵令嬢は今世ではもふ神様と穏やかに過ごしたい【WEB版】  作者: 雪野みゆ
第三部 魔法学院編

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139.侯爵令嬢はガーデンアフタヌーンティーを楽しむ

本日三回目の更新です。

 ひとしきり買い物を楽しんだ後、ヴィリアーベルク公爵家が経営する外国人向けのホテルでアフタヌーンティーを楽しもうということになった。


「今日はガーデンを貸し切りにしていただきましたの。わたくしたち以外には誰もおりませんわ」


 このホテルには『ロゼット・ガーデン』と呼ばれる特別な庭園があるのだが、普段は予約待ちになるほど人気のあるガーデン席なのだ。


 アフタヌーンティーを発案したのは、先々代のヴィリアーベルク公爵の夫人であるロゼット・リンデ・ヴィリアーベルク。つまりトリアの曾祖母にあたる方だ。


 ロゼット夫人は庭園でアフタヌーンティーを楽しむのが好きだったことから、このホテルの庭園に彼女の名前が付けられたらしい。


「よく貸し切りにできたわね。ヴィリアーベルク公爵は娘の頼み事に弱いのかしら?」


 アンジェがトリアをからかうと、トリアはアンジェの頬をつねる。


 どうやら、トリアが父親であるヴィリアーベルク公爵に頼み込んだようだ。


「わたくし、初めてだわ。リオもでしょう?」


 瀟洒しょうしゃな造りのエントランスを眺めながら、クリスに問われる。


「ええ。一度訪れてみたいとは思っていたけれど……」


 お母様と別のラウンジに行ったことはあるが、ガーデンは見たことがない。


『豪華なところだ。さぞかしケーキも美味いのだろうな。それなのに我は猫姿か』


 猫姿のレオンが念話でブツブツと文句を言っている。


『文句を言わないの! このホテルはお菓子のテイクアウトをやっているから、お土産を頼んであげるわ』


『何!? それは本当か? 一番美味いケーキを1ホール土産に持って帰るぞ!』


『……分かったわ』


 食いしん坊レオンのことだから、そう言うと思った。


「ヴィクトリアお嬢様。お待ちしておりました。ご案内いたしますので、どうぞ」


「ええ。お願いね」


 エントランスにホテルの支配人らしき壮年の男性が出てきて、ホテルの中へ導いてくれた。


 瀟洒な調度品に彩られた館内は貴族の館を彷彿ほうふつとさせる。


「キャビネットの陶磁器はイーシェン皇国のものかしら? 素敵ね」


 白磁に緑と赤で絵付けされた陶磁器には装飾として金で箔押しがされている。


「よくご存じでいらっしゃいますね。こちらはイーシェン皇国の双蓮そうれんという工房で焼かれた陶磁器です」


 支配人は感心した様子で微笑む。


 さすがはクリスというべきか。王女としていろいろな国の工芸品を見ているので、目が肥えている。


「当ホテルでは、お客様の目を楽しませるという目的で、わたしが自ら買い付けに赴いております」


『おもてなしというやつか? 双蓮工房の陶磁器は偽物も多いからな』


 レオンがほおと陶磁器に見入っている。ちなみに猫姿のレオンを中に連れて行くの許可は事前にとってあるそうだ。


『そうなの? この陶磁器は本物かしら?』


『本物だ。あの者はなかなか目が肥えておる』


 トリアがふふふと含み笑いをする。


「セバスは食器が大好きですものね。我が家にいる頃も食器磨きが趣味でしたものね」


 支配人はセバスさんというらしい。トリアの話によると、元々ヴィリアーベルク公爵家の家令をしていたが、代替わりする際にこのホテルの支配人を任されたとか。


「食器を磨くと生き生きと輝くのですよ。それを見るのが楽しみでして……オホン! そのようなことはどうでもよろしいのです。さて、『ロゼット・ガーデン』に着きましたよ


 きっとセバスさんは食器のことを語り出すと熱くなるタイプだ。


「お嬢様のご指定どおり、テラス席をご用意いたしました。『ロゼット・ガーデン』は隔離された庭園でございますから、秘密のお茶会に向いておりますよ」


 茶目っ気たっぷりの笑顔でウィンクをしてくれるセバスさんは、とても可愛らしいおじさまだ。


「それでは、アフタヌーンティーセットをお持ちいたしますので、まずはお寛ぎください」


 セバスさんは一礼すると、優雅な足取りでテラス席から離れた。


 洗練された所作は、貴族の館に仕えた家令ならではだろう。


「ロマンスグレーかと思いきや、茶目っ気のあるおじさまよね。ああいう家令が欲しかったわ。うちの家令は口うるさくて敵わないわ」


 アンジェの家、アッシュベリー侯爵家の家令は口うるさいらしい。


 我が家には家令がいない。使用人の管理はマリーのお父様であるルーファス執事長が取り仕切っている。元は貴族なので、実質上は家令みたいなものだ。


「我が家に仕えてくれている頃もセバスは人気がありましたのよ。面倒見が良いですし、優しいですし。食器が絡むとあれ(・・)な時もありますが……」


 セバスさんがアフタヌーンティーセットを運んできてくれるまで、私たちは主にセバスさんの話で盛り上がっていた。


 アフタヌーンティーセットは、シルバーの三段スタンドにセットされたお皿にサンドイッチ、ケーキ、マカロン、スコーンなどのお菓子が盛ってある。


 紅茶は二十五種類の中から好きなフレーバーを選ぶことができて、さらにおかわり自由なのだ。


「こちらの猫ちゃんは聖獣だと伺っておりますので、特に動物用のフードはご用意いたしませんでした。聖獣は人間と同じ物を食べると聞いておりますので、好きな物を与えていただいて構いません」


 お菓子は食べきれないほど盛ってあるので、問題ないだろう。


『セバスはなかなか気が利くやつのようだな』


 レオンはお菓子を目の前にして、すでに涎を垂らしている。


「猫ちゃんには気に入っていただけたようですな。それでは、ごゆっくりお過ごしください」


 セバスさんは微笑ましい目でレオンを見ると、一礼してテラス席を去っていく。


 取り皿にお菓子を盛ってやると、レオンは待っていましたとばかりに食べ始めた。


「レオンちゃんはお菓子が好物なの? うちのホークはお肉が好物なのよね」


 アッシュベリー侯爵家の聖獣ホークは一学年のオリエンテーションで共闘したことがある。


 普段は白い鷹の姿をしているが、実はグリフォンらしい。

 

 基本マルグリット様にしか懐かないが、頼めば言うことを聞いてくれる頼もしい聖獣だと私は思っている。


「レオンは食いしん坊だから、何でも食べるわ」


『リオ、おかわりをくれ。サーモンサンドイッチとバナナケーキとレーズンスコーンがいい。だが、全種類盛ってくれるとありがたい』


『皆の分がなくなるでしょう。全種類はダメよ。一回二個までにしなさい。それとゆっくり食べること!』


 レオンの場合、食事は『質より量』かもしれない。


『うっ! 分かった。だからおかわりをくれ』


 うるうるとしたオッドアイが見つめてくる。くっ! あざと可愛い!


「レオンちゃん。足りなかったらわたくしの分も食べていいのよ」


 トリアが自分のお皿をレオンの前に置く。


「トリアのお菓子がなくなってしまうわ。レオンには私の分を分けるからいいわよ」


「お菓子はなくなったらまた注文すればいいのだから、遠慮しなくていいのよ。リオ」


『お前の未来の義姉は寛大だな』


 ふんとレオンは鼻を鳴らすと、トリアが差し出したお皿のお菓子にかぶりつく。


 トリアにごめんねと手を合わせると、「いいのよ」と艶やかな笑みを返してくれた。


「そういえば、また婚約破棄が発生したのよ。誰が婚約破棄されたと思う?」


 アンジェがにやにやしながら、話を切り出す。


「わたくしが知っている人かしら?」


 クリスが首を傾げるので、私もつられて首を傾げる。


「よく知っている人物よ。ねえ、トリア」


「え……ええ。そうですわね」


 トリアの歯切れが悪い。

 

 クリスと私が親しいSクラスの生徒は多くはないのだが、一体誰だろう?


「ふふっ! アデリーヌ様よ」


「「ええっ!」」


 クリスと素っ頓狂な声が重なってしまった。


「アデリーヌ様に婚約者がいたの!?」


「驚くところはそこ?」


 アンジェがけらけらと笑っている。


 時戻り前ではアデリーヌ様に婚約者はいなかったはずだ。


「アデリーヌ様は次女だけれど、お姉様が隣国に嫁いでしまわれたから、トレヴァーズ侯爵家は彼女が婿取りして継ぐことになっていたのよ。そこで伯爵家の三男と婚約したのだけれどね。その婚約者がシャルロッテ様に一目惚れしたらしいのよ。『真実の愛を見つけたんだ!』と言われて婚約破棄されたらしいわ」


 おかげでアデリーヌ様のシャルロッテへ対する当たりがキツくなった。だが、シャルロッテは王太子殿下にアデリーヌ様に虐められていると泣きついたのだ。それを聞いた王太子殿下はアデリーヌ様に警告をした。


 王太子殿下に圧力をかけられたアデリーヌ様はシャルロッテに手出しできなくなったのだ。当たり所がなくなってしまった彼女は、かなり荒れたらしい。


「婚約破棄をされたのは気の毒ね」


 アデリーヌ様は憎まれ口ばかり叩くけれど、貴族令嬢らしい彼女はどこか憎めないところがある。


「それで彼女は今どうしているの?」


「『シャルロッテ様の顔は見たくない!』と登校拒否をしているわ」


 少しアデリーヌ様の気持ちが分かる。


 シャルロッテが絡んでくるせいで、私は謎の頭痛に悩まされているからだ。


「それにしても、最近、異常なくらい婚約破棄が発生しているわよね。流行っているのかしら?」


「バカなことを言わないでくださいな、アンジェ」


 アンジェを窘めながらもトリアが不安そうな表情になった。


「お兄様は大丈夫よ、トリア」

 

 トリアを元気づけるように慰める。


「ええ。わたくしはジーク様を信じていますもの」


 お兄様にはシャルロッテのスキルは通じない。


 おそらく私たち兄妹に流れる桐十院家の血のおかげだ。


 桐十院家はヒノシマ国の神の血をひく一族で、その特殊な血統のおかげで邪悪な力を弾くらしい。


 私はクリスと顔を見合わせる。婚約破棄が異常なくらい発生している原因がシャルロッテだと知っているからだ。


『校章が魔法学院の全生徒に配られれば、このバカげた騒ぎは止むだろう』


 ラズベリーケーキをモグモグと食べながら、レオンが念話を送ってくる。


『そう願うわ』


 シャルロッテのスキルによる犠牲者を、これ以上増やしたくはない。

ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)

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