138.侯爵令嬢は素敵なお誘いを友人から受ける
本日二回目の更新です。
朝、王太子殿下とシャルロッテに絡まれたせいで頭痛がひどくなり、早退しようと思っていたのだが、次第に体調が良くなったので一日頑張って授業を受けることができた。
もう一つ頑張れた理由がある。
今日のランチはトリアとアンジェに誘われて中庭のガーデンテラスで食べたのだが、その時に素敵なお誘いを受けたのだ。
「突然ですけれど、明日はお休みですし、四人でお買い物に行きませんか?」
食後のお茶を飲みながら雑談を楽しんでいると、トリアがそう切り出した。
「あら、いいわね。ちょうど剣を新調しようと思っていたのよ」
「いやですわ、アンジェ。まるでドレスを新調するかのような口ぶりですけれど、武具がメインではありませんのよ」
「私にとってはドレスを選ぶよりワクワクするのよ」
買い物の楽しみは人それぞれだ。
アンジェに同意するようにクリスがパンと両手を合わせる。
「いいわね。わたくしも仕込み武器でも見ようかしら?」
……仕込み武器。まるでマリーのようだ。
「クリスは小型の武器が好みなの?」
「扱いやすくはあるわね」
クリスとアンジェが武器談議に突入してしまいそうだ。
「もう! 二人とも! そのような男性のようなお買い物ではなく、ドレスを見たりカフェでお茶をしたりするお買い物ですのよ!」
トリアが二人の間に割って入る。
以前は話に割って入ることもなかったのだが、お兄様と婚約してから積極的になったようだ。これならば立派なグランドール侯爵夫人になれるだろう。
私がうんうんと頷いていると、三人の視線が一斉に私に集まる。
「……リオ。声に出ていますわ」
トリアが恥ずかしそうに俯く。
「……また、声に出ていた?」
恐る恐る聞くと、クリスとアンジェがうんうんと頷く。
「小姑根性丸出しだったわよ」
クリスが呆れた顔でため息を吐く。
「ごめんなさい、トリア」
慌ててトリアに謝罪する。
トリアは首を横に振ると、顔を赤くしながら呟く。
「……わたくし、立派なグランドール侯爵夫人になります」
両の拳を握りしめて決意しているトリア。実に頼もしい限りだ。
◇◇◇
トリアの素敵なお誘いはもちろん受けた。
これは推測だが、皆で私を励まそうと計画してくれたのだろう。
三人の友人の気遣いはありがたく、無下にすることはできない。
そんなわけで、明日の服装を決めるためにマリーと衣装部屋にこもっている。
「お嬢様。本日の学院生活はいかがでしたか?」
マリーの質問にギクリとする。
王太子殿下とシャルロッテに絡まれた日でしたと素直に話すべきか?
「いつもの学院生活だっ……」
「お・じょ・う・さ・ま・!」
いつもどおりだったと答えるつもりで遮られた。
実にいい笑顔のうえに切れのいい発音だ。
「やはりマリーをごまかすことはできないわね」
「当然です! お嬢様との付き合いは長いのですから」
「生まれた時からだから、もうすぐ十五年になるのね」
私は観念して、包み隠さず今日の出来事をマリーに話した。
黙って口に笑みを浮かべ、うんうんと聞いていてくれたマリーの表情が曇っていく。他の人には気づかない微妙な変化だが、付き合いの長い私には分かる。
「お嬢様。今からお掃除をしてまいりますね」
話を聞き終えたマリーが影渡りをしようとしているのを、必死で止める。
「行かないで、マリー!」
「なぜ引き止めるのですか? 大丈夫です。ただのお掃除ですから」
「いやいやいやいや! ただのお掃除じゃないでしょう!?」
どこの世界にホウキではなく、暗器を携えてお掃除をする侍女がいるの!?
いや。いるけれど! ここにいるけれど!
命を張る覚悟でマリーを引き止めていると、ふさふさの尻尾を揺らしたレオンが衣装部屋に入ってきた。
「何をしているのだ? お前たち」
「レオン! いいところに来たわ! マリーを止めて!」
「なぜだ?」
「何でもいいから止めて! お願い!」
マリーが王太子殿下とシャルロッテを殺ってしまうから!
手強いマリーをレオンと二人がかりで説得すると、嫌々ながらマリーは思いとどまってくれた。
「そもそもレオン様がお嬢様をお一人にするからいけないのです! レオン様はお嬢様の婚約者ではありませんか! 命がけで守るのが筋です!」
「怒りの矛先が我に向くのは、おかしくないか?」
思いとどまってくれたのはいいのだが、今度はレオンが説教されるハメになった。
レオンは正座させられて、マリーに延々と説教をされている。
「これからお嬢様をお一人になさらないでください! バカス王太子とアホロッテが何をしてくるか分かりませんから」
アホロッテというのは、『アホのシャルロッテ』の略だそうだ。マリーが命名した。
面白がったうちの家族が、シャルロッテのことをアホロッテと呼んでいる。
「うむ。あい分かった。すまなかったな、リオ。我が油断しておった。これからは決して一人にはさせぬ」
レオンの白皙の美貌にくらりと目眩がする。
幼い頃から見慣れているはずなのに、プロポーズを受けた辺りから妙にレオンを意識するようになってしまった。
白銀に彩られた眉尻が下がり、困った表情をしたレオンにドキドキしてしまう。
「……はあ。素敵すぎる……」
思わず本音を呟いてしまう。
「何か言ったか?」
「いいえ! 何でもないの、レオン。ええと……神様会議はどうだった?」
レオンの気を逸らすために話題を変える。
一瞬、眉を顰めたレオンだが、私の質問に答えるように言葉を探しているようだ。
「……今日の会議は難航した」
「そんなに難しい議題だったの?」
「うむ。ローラのやつがな。ロンの鱗を加工するのに我らをこき使いおった」
露骨に嫌そうな顔をして、レオンは話し出した。
現在、魔法学院の生徒たちは、シャルロッテのスキル『魔性の魅惑』に対して無防備だった。同性には効かないスキルだが、異性には効果てきめんだ。
一番シャルロッテの虜になっているのは王太子殿下なのだが、他の男性たちにも少なからず影響が出ている。特にシャルロッテが在籍しているSクラスの被害が多い。
同じSクラスのトリアとアンジェに聞いた話なのだが、どうやら婚約破棄が相次いで発生しているらしい。
貴族は幼い頃から婚約者が決まっている場合が多い。
もちろん、Sクラスにも婚約者がいる生徒がいる。だが、男子生徒は突然婚約者に婚約破棄を告げたり、女子生徒は婚約者に婚約破棄をされたりしているそうだ。
それらは全てシャルロッテのスキルのせいだ。
そこで、魔法学院の生徒たちに、シャルロッテのスキルを弾く魔道具を身に付けさせようという作戦を考えた。
シルフィ様の提案で校章を生徒に付けてもらうことに決まったのだが、問題はスキルを弾く物だ。しかし、それにはロン様の鱗がいいだろうということで問題は解決した。
シルフィ様は竜神族の中では比較的若く逆鱗でなければならないが、ロン様は竜神族の中でも古参らしく逆鱗でなくとも魔法を弾くことができるとのことだ。
「だいたい、魔法学院のシンボルであるフェニックスの細工が細かいのだ。目の中にロンの鱗をはめ込むのは苦労したぞ」
「人間の職人さんに頼まなかったのね」
ローラは火の女神だが、人間の世界でもそこそこの地位を築いている。
宝飾品の加工にも伝手があるはずだ。
「それなのだが、あまりにも納期が短すぎて間に合わないのだそうだ。そこで我らの出番だとか抜かして、ひたすら目に鱗をはめ込む作業を一日やらされた」
フィンダリア王国の神様たちは、案外手先が器用だ。ローラはそこに目をつけたのだろう。
「それは……お疲れ様」
労いの言葉しか出てこない。
「だが、おかげで来週早々には生徒たちに校章を配ることができそうだ」
「校章の承認は下りたの?」
「もちろんだ。我の義父殿は仕事が早い」
レオンの義父とは、私の伯父であるポールフォード宰相のことだ。
ポールフォード公爵家へ養子入りしたレオンは、伯父様の義理の息子になった。
魔法院の上層部に顔が効く人を知っていると言っていたが、それは伯父様のことだったようだ。
「これでシャルロッテのスキルを封じることができるわね」
「アホ……いや。シャルロッテ以外はな」
レオンもアホロッテと言いそうになった。かなりうちの家族に毒されてきている。
「校章を付ければ、王太子殿下も正気に戻るかもしれないのよね? そうなればタイピンを取り返すことも可能かもしれないわ」
「正気に戻るかもしれぬが、あまり期待はせぬことだ。魔法学院内でシャルロッテは王太子の小僧から離れることがあまりないだろう? からくりに気づけば、隙を見て外させるに違いない。そうなれば、王太子の小僧のことは諦めるしかあるまい」
シャルロッテが手に入れたいのは王太子殿下だけだ。正確には王太子妃、将来の王妃の座かもしれない。
「もしも、そうなったら二人には退場してもらうしかなさそうね」
「断頭台送りで首をチョンでしょうか?」
私がポツリと呟いた言葉をマリーは聞き逃さなかったらしい。
嬉々としているマリーを見て苦笑する。
「……断頭台はさすがにないのではないかしら」
「では、国外追放でしょうか? それとも、身分を剥奪されて鉱山送りでしょうか?」
どうも話が物騒な流れになってきた。
マリーは王太子殿下とシャルロッテを隙あれば暗殺しようと狙っているから。
「……ところで衣装部屋で何をしていたのだ?」
レオンが話の流れを変えてくれたので、私もそれに乗る。
「明日、クリス、トリア、アンジェと私の四人で買い物に行くのよ。だから着ていく服を選んでいたの」
「ということは、当然カフェにも行くな。よし! 我も行くぞ!」
「……いいけれど、猫姿でお願いね」
「猫姿では、食い物をたくさん食えないではないか!」
トリアには『レオンちゃんも連れていらっしゃいよ』と言われているが、猫姿でだ。
「お土産をたくさん買えばいいでしょう?」
「我は味が薄くて小さな『猫ちゃん用ケーキ』ではなく、人間用のでかいケーキを食いたいのだ!」
「はいはい。マリー、服を選びましょう」
文句を言っているレオンは放っておいて、明日の外出用の服をマリーと選び始めた。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)




