130.侯爵令嬢は気合いを入れる
領主館に飛び込むように入ると、レオンは一気にメアリーアンの部屋に駆けていく。
「お嬢様? お帰りになられたのですか? 血相を変えてどうなさったのです?」
正面の階段から降りてくる執事長に呼び止められる。
「執事長! 話は後で! お父様とお母様を呼んできて!」
「承知いたしました」
私は急いでメアリーアンの部屋へ向かう。
私たち兄妹の部屋は同じ階で隣接している。メアリーアンの部屋は私の部屋の隣だ。
メアリーアンの部屋の扉は開け放たれたままで、中からレオンの怒鳴り声が聞こえる。
「メイ! いや、創世の神! どういうことだ? 『略奪魔法』は発動されたのか?」
創世の神?
「レオン! やめて! メイはまだ子供なのよ!」
私はメイに駆け寄り、妹を抱きしめる。
「おねえさま?」
一年前に見た時より少し成長したメイは髪が伸びている。柔らかい金色の髪をそっと撫でるとメイを自分の背に庇う。
「どういうつもりなの? レオン。メイを責めるなんて」
「リオ。我は……」
メイが私の腕に縋る。
「いいの。おねえさま」
あどけない笑顔のはずなのに、なぜか大人びて見える。
「みんなをあつめてください」
メイを連れて無言で応接室に入ると、両親が待っていた。クリスも後を追ってきたらしく、気まずそうにソファに座っている。
「リオ、お帰りなさい。留学お疲れ様」
「お父様、お母様、ただいま戻りました」
両親にたくさん話したいことがあった。お土産も渡したいのに上手く言葉が出てこない。挨拶をするのがやっとだった。
レオンの姿がない。近くに控えていたマリーに尋ねる。
「レオン様は先ほどキクノ様を呼びに行くと『転移門』に向かわれました」
『転移門』は術者がいなくても閉じない限りは通行可能だ。キクノ様やトージューローさんが万が一開皇丸に乗れなかった時のために閉じてはいない。
一言声をかけてくれれば私も一緒に行ったのに。いいえ。こんな動揺した気持ちのままでは無理ね。
「リュウ、いるかしら?」
空間に呼びかけると、小さなドラゴンが顔を出す。
「呼んだか? ピンポロリン」
「可能であれば、お兄様をここへ連れてきてほしいの」
私ではまだポイントが定まっていない場所へ転移することはできない。だからリュウに頼む。
「分かった。ちょっと待っていろ。ピンポロリン」
『略奪魔法』が発動されたのであれば、お兄様も交えた方がいいと判断したのだ。
「執事長、何か飲み物と軽く食べる物を用意してもらえないかな? 長丁場になりそうだ」
お父様が執事長に軽食と飲み物を用意するように言う。
「承知いたしました、旦那様。マリー行くぞ」
「はい。執事長」
執事長とマリーが応接室から出ていくと、沈黙が流れる。
フレア様やダーク様の姿も見えない。他の神様を召集しに行っているのだろうか?
レオンがキクノ様を呼びに行ったということは、神様たちも交えて話をするというのだろう。
そわそわとして落ち着かない。両手をぎゅっと組んでいると優しく添える小さな手が見えた。
メイがにこりと微笑む。
「おねえさま、おちついて。だいじょうぶだから」
「……メイ」
妹に励まされてどうする! 私は姉なのに。しっかりしないと!
気合いを入れるため、両頬をパンと手で叩く。
「よし!」
メイもマネをしてペシンと自分の両頬を叩いた。
「よし!」
ああ、可愛い!
「わたくしも!」
クリスも頬を叩くが、気合いが入りすぎてバシン! という音が応接室に響く。
「いたっ!」
「気合いを入れすぎよ、クリス。力が強くなっているのだから気をつけて」
自然と笑い声が漏れる。
突如、空間が開いたかと思うと、お兄様が空中で一回転して着地する。
「お兄様!」
一年前よりさらに背が伸びて、少年から青年へと成長している。我が兄ながら格好いい!
「やあ、リオ。留学から帰ってきたんだね。おかえり」
「お兄様、今頃は授業中ではないの?」
「ちょうど休憩中だったよ。魔法薬の準備室に授業で使うものを取りに来たら、リュウ様が顔を出したからびっくりしたよ」
その後は先生に早退すると連絡をして、リュウの『転移魔法』で家に帰ってきたということだ。
「リュウ、ありがとう」
空間から顔を出しているリュウにお礼を言う。
「リオの頼みだからな。ピンポロリン。これから他の神を連れに行ってくるから、待っていろ。ピンポロリン」
リュウが空間に消えてから、入れ替わるように何かが降ってきた。降ってきた何かは絨毯の上に落ちる。
「ぐわぁ!」
トージューローさんだ。その上に座るようにレオンを抱えたキクノ様がいた。
「ぐっ! てめえ、菊乃! いつまで乗っかっているんだ! 重いからどけ!」
「まあ、女性に向かって重いなんて失礼な!」
キクノ様はぷうと頬を膨らませると立ち上がる。
「プッ! まるでひしゃげた蛙みたいね」
「まあ、クリス。蛙に失礼ですよ」
含み笑いをしているクリスに追い打ちをかけるキクノ様。トージューローさん、お気の毒様。
「何だと!? うっ! 酔った! 気持ち悪い」
トージューローさんは転移する時に酔ったらしい。急いで応接室を出て行った。
しかし、『転移門』はここにはポイントをつなげていないはず……。一体どうやって?
「無様な着地だな」
空間から飛び降りてきたのはロン様とシルフィ様だった。
「ロン様の『転移魔法』だったのですか?」
「そこの猫が急ぐというのでな。ユリエのところに直接転移してやった。感謝しろよ、レオン」
ロン様が顎をしゃくった先にレオンがいた。
「ふん!」
「ユリエ! また会えたな。ん? こちらがユリエの妹か? 可愛いな」
シルフィ様は私の隣に座っているメイの頭を撫でた。メイも嬉しそうに撫でられている。
「メアリーアン・マリナ・グランドールともうします。ドラゴンのおひめさま」
「そうかそうか。マリナか」
メイはすっかりシルフィ様に懐いてしまった。
「レオン」
私は両手を広げてレオンを呼ぶ。キクノ様の腕から飛び降りたレオンは私の膝に乗る。
「……リオ。先ほどはすまぬ」
「私こそ。怒ってごめんなさい」
また空間が開くと今度は神様たちが出てくる。
「いけ好かないヤツがいるわね。どうして黒い蛇がいるのかしら? あら、ごめんなさい。ドラゴンだったかしら?」
「竜神だ! 張っ倒すぞ、女狐」
ロン様とローラの間に火花が散る。どうも仲が悪いようだ。
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