閑話・シャルロッテの始動
あれから一年半が過ぎた。
医師から告げられたテレーズの余命がついに尽きる時が来た。
それは夏が過ぎて涼しい風が吹き始めた頃――。
私がいつものようにテレーズの看病をするため修道院を訪れると、祭壇の前でテレーズが倒れていた。
「テレーズ様!」
私はテレーズに駆け寄ると、彼女の体を抱き起こす。食欲がなくなりすっかり痩せてしまった枯れ木のような体を……。
「ロッ……ティ……」
テレーズは薄目を開けた。まだ生きているようだ。ほっと息を吐く。
「しっかりしてください! 今先生を呼びます」
私がいないところで死んでもらっては困る。命の灯が消えるその時こそが『光魔法』を奪うチャンスなのだから。
まもなく駆けつけた医師によると、今夜が峠とのことだ。
「先生……もう打つ手はないのですか?」
医師は首を横に振る。
「そんな……」
「これは寿命なんだよ、ロッティー。テレーズ様は君のことをいつも褒めていたよ。毎日看病をしてくれてとても優しい子だと。実の娘のように思っているとも」
私は涙をぽろぽろと零す。いつでも涙を流せる特技があって本当に良かった。
「私だって……テレーズ様を本当のお母様のように思っています」
「最期は君が看取ってあげなさい、ロッティー。私は礼拝堂にいるから、何かあったら呼びなさい」
「はい……」
いよいよだ。『光魔法』が私のものになる時がついにやってきた。
その夜、私はテレーズのそばについていた。少しだけ居眠りをしてしまった私の頭を誰かが撫でている。
「ロッティー。いて……くれたのね。本当に優しい子」
テレーズだった。いつの間に目を覚ましたのだろう?
「テレーズ様。良かった! 目を覚ましたのですね」
「まもなく……私は……神に召されます。ロッティー……今まで本当に……ありがとう」
私はテレーズの手を握る。
「何を言うのですか? テレーズ様。今日は滋養がつく食材を手に入れたんですよ。これを召し上がればきっと元気になります」
「ロッティー……」
テレーズの頬に涙が伝う。そして、弱った体を必死に動かしてナイトウェアの下から大切にしていたペンダントを取り出す。
「これを……貴女に……私の形見です」
ペンダントを握った手を包み込むように握る。
「形見なんて……いやっ!」
「きっと……お守りに……なるわ」
すうと息を吐くと、テレーズは私の手を握り返す。
「幸せに……」
瞳から光が消え、手から力が抜ける。死んだ?
その時、テレーズの体から一筋の光が抜け出し、やがてそれは球体になっていく。
「……きれい。もしかしてこれが力の源?」
いや! 見惚れている場合ではない!
「『略奪魔法』術式展開!」
私の周りに禍々しい魔法陣が浮かび上がり、球体の光を徐々に飲み込んでいく。
すべてを取り込んだ時に魔法陣は消えた。
「やった! 成功した。これで私は『光魔法』の持ち主になれた」
テレーズの前に跪くと、開いたままの瞳を手でそっと閉じてやる。
そしてシーツの上に落ちている形見のペンダントを胸元に飾った。本当に不思議な光沢だ。貝だろうか?
「ありがとう、テレーズ様。貴女が本当のお母様だったら……」
頬に熱いものが流れた。これが小説で読んだ乙女の感傷というやつかしら?
礼拝堂にいる医師を呼びに行き、テレーズの死を知らせる。
私はテレーズの葬儀を済ませて、王都に旅立つことにした。
「ロッティー、本当に行ってしまうのかい? あんたさえよければここで暮らしてもいいんだよ」
いつかテレーズが助けた男性の妻エマの言葉に私は首を横に振る。
「いいえ。私は来年成人しますので、今働いている商会の王都にあるお店を任されることになったんです」
嘘ではない。王都にあるキャンベル男爵家に帰るのだ。この先もこんな田舎で暮らすなど考えられない。
「そうかい。立派に成長したね。テレーズ様も喜んでいるだろうね」
「そうだと嬉しいです。でも、叶うことならば、テレーズ様にご恩返しをしたかった」
「……ロッティー」
しばらくエマと別れを惜しむふりをした後、来た時と同じように商会の馬車に乗り込む。
「元気でね! 辛くなったらいつでも帰っておいで!」
「はい! エマさんもお元気で!」
エマが見えなくなるまで手を振り続けた。
晴れやかな旅立ちだ。
「お嬢様、お疲れ様でございました。次の町でキャンベル男爵家の馬車が迎えにあがります」
対面に座る執事が事務的に告げる。
「そう。ドレスや装飾品も用意してあるのでしょうね?」
「もちろんでございます」
早くこんな簡素なワンピースは脱ぎ捨てて『サンドリヨン』のドレスに着替えたい。
四年ぶりにキャンベル男爵家のエントランスに立つ。
「シャルロッテ! ああ、やっと帰ってきたのね」
お母様は私の姿を見るなり、駆け寄り抱き着く。
香水がきつい。テレーズは爽やかな石鹸の匂いしかしなかったのに……。
「お母様、ただいま戻りました。お父様は?」
「まもなく帰ってくるわ。愛娘が帰ってくると聞いて仕事を無理やりでも切り上げるって」
「そう」
「疲れたでしょう? まずは部屋で寛いでいなさい」
自室に入ると、私が家を出た時と同じようにしてあった。きれいに掃除がされた部屋は清潔感があり、私が好きなきれいな物がたくさんある。
「さて、手に入れた物を試さないと……」
私は机の上に置いてあるペーパーナイフを手に取り、先端を親指に押しつけた。丸い血の雫が浮き出たかと思うと、つうと下に流れていく。
「『光魔法』癒しの手」
反対の手をかざし詠唱すると血は止まり、親指にできた傷は治ってしまった。
「これで確証ができたわ」
お父様が帰ってきたら、魔法院へ連れていってもらおう。
魔法属性判定をしてもらうため、魔法院へと向かう。
「急にどうしたのかな? 帰ってきたと思ったら魔法属性判定を受けたいなどと」
「そうよ。四年前『無属性』と判定されたというのに」
私が魔法属性判定を受けたいと言ったら、両親は怪訝な顔をした。
「魔法学院へ入学する前に魔法属性判定をしてもらいたくて……」
馬車の窓に肘をつき、外を眺める。久しぶりの王都だ。明日は買い物でも出かけようか?
「そうか。だが、仮に何かしらの魔法属性があったとしても、編入試験に受からなければ三学年にはなれないよ」
試験を受けなくても魔法学院へ編入する方法はある。それは光または闇の魔法属性を持っていれば特待生として編入できるのだ。
そして私は『光魔法』を手に入れた。
魔法院で手続きをすると、すぐに魔法属性判定玉の部屋へ通される。
「キャンベル男爵家のシャルロッテ嬢ですね。では判定玉に魔力を通してください」
「あの……装飾品を外してからでもよろしいでしょうか?」
四年前、私は二回判定を受けた。
時々、それとは知らずに装飾品が魔道具だったということがあるそうだ。
『無属性』だったということが認められず、泣いていたら判定官がそう教えてくれた。
だが、結局『無属性』でとても悔しい思いをしたのだ。
「もちろんです。あちらに小部屋がありますから、そこで外してください。外した装飾品はお家の方に預けるのを忘れずに。貴重品は保証しかねますので」
「分かりました」
私は小部屋にメイドを呼び、外した装飾品を預ける。
そして魔法属性判定に臨んだ。
魔法属性判定玉は金色に輝き、判定官を始め両親が驚愕の表情を浮かべる。
「これは……『光魔法』の属性です。初めて見ました。判定官長室へお連れ致します。どうぞ、こちらへ」
判定官長というのは魔法判定官の長のことだ。
「確かに『光魔法』の属性だ。何百年ぶりだろう? 『光魔法』の持ち主が現れるなど……」
魔法判定官長は肉に埋もれた目をこれでもかと見開いている。『鑑定眼』で私の属性を確認したのだろう。
「娘は『光魔法』の属性持ちになったのですか? 少し前までは『無属性』だったのにですか?」
お父様がしつこく食い下がる。余程信じられないのだろう。
「『無属性』だった者が突然魔法属性に目覚めるのは珍しいことではありません。しかし『光魔法』とは素晴らしい!」
「判定官長様。光または闇属性を持つ者は魔法学院へ特待生として入れるとお聞きしました」
私の今日の目的は魔法学院への推薦状を書いてもらうことだ。早めに本題に入って目的を果たしたい。
「もちろんです。早速推薦状を書かせていただきましょう」
魔法院からの帰り道、両親は大はしゃぎだった。
「今日はお祝いだな。シャルロッテ、どこか行きたいところはあるか?」
「いいえ、お父様。久しぶりに我が家の料理を食べたいわ」
「それでは料理長に今夜はシャルロッテの好物を作るように言いつけましょう」
「ええ、お母様。お願い」
自室に戻ると私は装飾品を預けたメイドを呼ぶ。
「頼んでおいたことは? 何か分かったかしら?」
「はい。お嬢様。そのペンダントですが、『魔法阻害』の魔道具かもしれないとのことでした」
このメイドにテレーズの形見であるペンダントを預けて、魔道具を鑑定してもらう部署に行ってもらったのだ。
「かもしれないとは?」
「とても古い魔力を帯びていて、詳細は分からなかったとのことです」
「分かったわ。ありがとう。下がっていいわ」
やはりこのペンダントが『略奪魔法』を妨げていた原因だった。
おそらくペンダントを付けている本人は魔法を使えるが、反対に魔法を使われると阻害されるのだろう。
古い魔力の正体は分からないが、テレーズはいい物をくれた。
「デザインは地味で好みじゃないけれど……」
そして、魔法学院へ編入の日――。
「君が特待生のシャルロッテ嬢だね。生徒会長のリチャード・アレン・ヴィン・フィンダリアです。学院長から君のことをよろしくと頼まれているんだ」
やっと貴方に近づける。
「よろしくお願いいたします。リチャード様」
私は略式のカーテシーをして挨拶をする。
「まずは校舎を案内するよ」
七歳の時に初めて貴方に会った時から、ずっと憧れていた。
「はい」
「『光魔法』の属性に目覚めたんだってね。すごいね」
貴方の隣に立つことを――。
「はい。光の神の思し召しでしょう」
「信心深いのだね。これからよろしく頼むよ」
「こちらこそ」
よろしくお願いいたします。私の王子様。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)




