127.侯爵令嬢はヒノシマ菓子の博覧会でもふ神様とデートをする
ヒノシマ菓子の博覧会当日――。
博覧会は特別入場枠と一般入場枠に分かれるのだが、私たちは特別入場枠だった。
特別入場枠は一般入場より一時間早めに会場入りできるという特典付きだ。つまりそれまでは比較的空いているので、並ぶことなくお菓子が食べられる。
フィンダリア王国でヒノシマ菓子の店を営むアヤノさんと再会した。博覧会のために一時帰国したそうだ。
「ユリエ、クリス。久しぶりね。ヒノシマ国での暮らしはどうかしら?」
「アヤノさん、久しぶりです。……毎日楽しく……暮らしていますよ」
「無理しなくてもいいわよ。ヒノシマ国は大陸と比べて文化が遅れているから、いろいろと不便でしょう?」
実はそうなのだ。まずは学習面。
魔法学院では決められたカリキュラムをこなしたり、研究をしたりして学生生活を楽しんでいた。
だが、ヒノシマ国では学校がないので寺子屋に通ったり、道場で剣を学んだりしている。ほとんど自主学習のようなものだ。
あとは生活面だが、こちらでは魔道具がない。
照明はランタンに火を灯すというシンプルなものだから、夜遅くまで勉強をすることができないのだ。
「で、でも食事は美味しいですし、お風呂は充実しています」
「港が近いから海鮮は豊富よね。朝の市場にはもう行ってみたかしら?」
「はい。ほぼ毎朝通っています」
港ではまだ夜が明けないうちから市場が始まっていて、新鮮な海鮮を使った丼や漁師のまかない飯などが食べられるのだ。
それを聞きつけたレオンに引っ張られて毎朝市場に朝ご飯を食べに行っている。
「よく毎朝起きられるわよね」
クリスは感心している。
最初の頃はクリスも一緒に行っていたのだが、彼女は元々朝が弱い。さすがに夜明け前に叩き起こされるのは辛いらしい。
最近ではレオンとマリーと私の三人で市場に行っているのだ。
「ヒノシマ国の魚介類は特に栄養素を豊富に含んでいるから、体に良いわよ。たくさん食べるといいわ」
「我はたくさん食べておるぞ」
今日はヒノシマ菓子をたくさん食べる気らしく、人間姿のレオンだ。
市場に行くと、レオンは朝から大盛りの丼飯を三杯も食べている。
新鮮な魚は美味しいのでレオンの気持ちは分かるのだが、食べ過ぎは良くない。私は腹八分で制御していた。
「ほどほどにね。今回の博覧会はヒノシマ菓子の名店がたくさん出店するみたいだから、楽しんでいってね。後でうちにも寄ってちょうだい」
「六城の小僧に食べ放題パスポートをもらったからな。たくさん食いまくるぞ。よし! リオ行くぞ!」
レオンは一番奥の店へ向かって駆け出す。端から端まで食べまくるつもりだ。
「待って! レオン! あら? どうしたの? クリス」
アヤノさんと並んだまま動かないクリスを呼ぶ。
「わたくしはマリーと回るわ。もふもふ君と二人で楽しんできなさい」
クリスはにやりと笑うと、親指を立てる。気を利かせてくれたのかしら?
「ありがとう、クリス! 後で一緒にお茶をしましょうね」
私はクリスに手を振ると、レオンを追いかける。
うふふ。レオンとデートだ。
二人きりなんて久しぶりではないかしら?
「リオ、あの店に行ってみよう」
レオンは色気より食い気だが……。
「抹茶ぷりんぱふぇ?」
店の横に設けられたオープンテラスの看板にヒノシマ国の言葉で書かれている。プリンパフェのことだろうか?
「おこしやす。お好きな席にどうぞ」
店の主人と思われる女性がヒノシマ国の言葉と大陸公用語の両方で挨拶をして微笑む。キクノ様やアヤノさんと同じ年くらいの優しそうな女性だ。
桜の花が刺繍された明るいピンク色の着物がよく似合っている。
春先とはいえ、今日は陽射しが少し強いので木の陰にある席へ着く。
「ようお越しやした。ご注文がお決まりでしたら、お伺いします」
ヒノシマ国の言葉の方はイントネーションがモモカと似ている。でも上品な喋り方だ。モモカには失礼だけれど……。
「抹茶ぷりんぱふぇを三つだ。リオは?」
「私も抹茶ぷりんぱふぇを……一つでお願いします」
私たちがヒノシマ国の言葉で話すと、女主人はヒノシマ国の言葉だけで問う。
「合わせて四つでよろしおすか? 後からお二人来られるのでしたら、広いお席を用意しますが?」
「いえ。二人です」
女主人はえっ? という顔をする。そうだよね。まさか一人で三つも食べるとは思わないよね。
「ええと。こちらの方が三つ食べられるということでよろしおすか?」
「……そうです」
遠慮がちに女主人は問うてくる。
「それやったら、一つずつお持ちしますか? 冷たいお菓子やさかい、溶けてしまいますので」
「それでお願い……」
女主人に頼みかけてレオンに遮られた。
「いや。全部一緒に持ってきてほしい」
「えっ! ほんまによろしおすか?」
「うむ!」
不安そうな顔で女主人はお店の中に入っていった。
「レオン、最初からそんなに食べて大丈夫?」
「いや。本当は五つくらい注文したかったのだが、会場全部を回らねばならぬからな。セーブしたぞ」
レオンの胃袋が底なしなのは知っているが、会場全部回る気なのか。私の胃が持つかしら?
しばらくすると、抹茶ぷりんぱふぇが四つ私たちの前に置かれる。陶器に抹茶プリンとバニラアイス、抹茶アイスが盛られ、ところどころにフルーツが飾られていた。
「わあ! 美味しそう」
「ごゆっくりおあがりやす」
まずは抹茶プリンを一口食べてみる。口の中に抹茶のいい香りと甘さが広がった。
「ん~! 美味しい! ねえ、レオン」
対面に座るレオンを見ると、すでに一皿目を平らげていた。早い!
「うむ。美味いな。やはり五つ頼めばよかったか」
レオンは少し残念そうに眉尻を下げながら、残り二つもたいらげてしまった。私がフルーツに舌鼓を打っている間に……。
「おおきに!」
笑顔で送り出してくれた女主人の口元は少しひきつっていた。
他のお客様は二つ、三つのメニューを大人数でシェアしていたが、レオンは一人で同じものを三つもたいらげていた。しかも早食いで……。
作り手としてはゆっくり味わってもらいたいものだ。気持ちはよく分かる。
「次はどの店にする?」
周りを見回していると、一軒の店に目が留まる。
『苺菓子祭り』という看板がでかでかと掲げられていた。
苺は私の大好物だ。レオンのジャケットの袖を引っ張る。
「レオン、あれ! あの店にしましょう!」
「うむ。苺菓子か。苺はリオの好物だったな。よかろう」
まだ一般入場は始まっていないので、客がまばらだ。
「いらっしゃいませ! こちらの席へどうぞ」
私と同じ年くらいの少年が案内をしてくれる。
「こちらがメニューとなります。あっ! 言葉……」
それまでヒノシマ国の言葉で話していた少年は、たどたどしい大陸公用語で挨拶をし直す。
「ヒノシマ国の言葉は話せますので、大丈夫ですよ」
私が微笑むと少年はほっとした顔になる。
「きれいな発音ですね。どちらの国からいらっしゃったんですか?」
「フィンダリア王国です」
「大陸の北にある国ですね。遠いところからようこそいらっしゃいました」
フィンダリア王国と国交を始める前からヒノシマ国では、大陸公用語を教育に取り入れるようになったという。
大陸公用語を学ぶ者は上流に生まれた者や商業に携わる者だけに限らず、学びたい者には広く門戸が開かれている。
金銭的に余裕がない者は申し出れば国が補助してくれるそうだ。
「それではご注文が決まりましたら……」
「全部だ」
レオンが少年にメニューを返す。
「へっ?」
一瞬、何を言われたか分からないという顔をした少年から間の抜けた声が出た。
「メニューに書いてある菓子を全部だ」
「えっ!? ちょっと、レオン!」
「二人でシェアをすればよい。リオは苺が好きだから全種類制覇してみたいであろう? 何、食べられるだけでよい。残りは我が全部食べてやろう」
メニューを全種類制覇したいのはレオンではないのだろうか? レオンも苺が好きだ。
「お客様、メニュー全種類のお菓子となりますと、かなりの量になりますが大丈夫ですか?」
少年はわたわたと手を振る。
「ええと……大丈夫だと思います。こう見えてレオンは大食いですので」
ふんとレオンはふんぞり返る。
「畏まりました。少々お待ちください」
躊躇いがちに少年は頷くと、厨房へと向かった。
「お頭! あの店に入りましょう。苺が美味そうです」
「ここにいる間はお頭と呼ぶのはやめなさい。ご主人様または旦那様よ」
どこかで聞いた声だ。お頭?
声がした方へ目を向けると、赤い髪をした筋肉質で背の高い男が真っ先に目に入る。
月明りとはいえ、あの特徴的な姿は忘れられない。船を襲撃してきた海賊だ。
「あっ! 『おねえとゆかいな海賊たち』だ!」
うっかり大きな声が出てしまった私は「しまった!」と慌てて口を塞ぐ。ちなみに『おねえとゆかいな海賊たち』とはクリスが名付けた。
しかし、時すでに遅し。おねえのお頭は怪しく光る緑の瞳を私に向ける。そしてつかつかと私たちの下へ歩いてきた。
「あら? 誰かと思ったら開皇丸に乗っていた一等船室の小娘じゃないの。こんなところで会うなんてね」
おねえなお頭は私の対面にどっかりと座る。レオンをちらりと見やるとにやりと笑う。
「今日は彼氏と一緒なのね。白猫ちゃんと黒猫ちゃんはいないのかしら?」
「か! 彼氏!? いや。彼氏ですけれども! そして猫たちはいません!」
そうだ。レオンに求婚されたから彼氏でいいのか? でもお付き合いしている? 毎日会っているな。
自問自答をしていると、レオンがおねえなお頭をきっと睨む。
「確か、ジュリアンとか言ったか? 海賊が何故このようなところにおる?」
「貴方と会ったことがあったかしら? 彦獅朗もいい男だけど……貴方もきれいな顔をしているわね。あたしのものにならない?」
おねえなお頭、ジュリアンがレオンに熱い視線を向ける。ぞわりと全身が総毛立つ。
「レオンは私のものです!」
私はつい身を乗り出して抗議してしまった。拍子で椅子が派手な音を立てて倒れる。
「そうだ! 我はリオのものだ! 貴様、妻と子供がいると言っていなかったか? だいたい我は衆道には興味がない」
レオンも猛抗議する。だが、最初の言葉にどきりとする。
「うふふ、冗談よ。若い恋人たちっていいわね」
恋人!? やだ! そんな恥ずかしい!
「……リオ、声に出ておるが……」
「えっ!」
私は途端に恥ずかしくなって、顔を覆ってしまう。
いやあ! レオンだけではなくて海賊にまで聞かれてしまった。穴があったら入りたい!
おねえなお頭ジュリアンは声を上げて豪快に笑う。
「面白い子たちね。安心しなさい。今回は海賊としてではなく、国主の客人として招かれたのよ」
「国主様の客人ですか?」
国主様が海賊に何の用があるのかしら?
「海賊は稼業なのよ。あたしには別の顔もあるの」
私の心を見透かしたようにジュリアンがそう言う。
「でも、人から物を盗むのは良くないです」
それに私たちの部屋に押し入った時にクリスとマリー私を捕えろと言っていた。人買いもやっているってことよね?
「ふふ。いかにも世間知らずの金持ち娘が言いそうなことよね。貴女、ひもじい思いや痛い思いをしたことがないでしょう?」
「あります」
今ではなく、時戻り前の話だが……。
冤罪で牢に放り込まれた時に痛くてひもじい目に遭ったのだ。
ジュリアンはひゅうと口笛を鳴らす。
「へえ。まだ若いのに意外と修羅場を経験したことがあるってことね。その経験は無駄なことじゃないわ。人の苦しさや痛みを我が身をもって知っているってことだから。大事にしなさい」
海賊なのにわりとまともなことを言うんだ。私は妙に感心してしまった。
人の苦しさや痛みを我が身をもって知ること。その言葉は私の心に焼きついて離れない。
ジュリアンは立ち上がると「じゃあ、またね」と手を振って、部下の人たちがいる別の席へと行ってしまった。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)




