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冤罪で処刑された侯爵令嬢は今世ではもふ神様と穏やかに過ごしたい【WEB版】  作者: 雪野みゆ
第三部 魔法学院編

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126.侯爵令嬢は化け物退治にのぞむ

 燕州の山奥に岩間村というところがある。


 そこには化け物が住み着いて、生贄を求めるという。


「岩間村ならこの山道をまっすぐ行ったところにあります。でも、近頃は化け物が出るという噂なので、行くのはやめた方がいいですよ」


 岩間村に向かう道の途中で茶屋により、休憩をする。


 お茶と団子を食べながら、茶屋を営む女主人にそれとなく岩間村のことを尋ねた。


「間違いなさそうだな。今夜はこの近くで宿をとって、明日村に向かおう」


 今夜は岩間村に向かう途中の山中で見つけた宿に泊まることになった。温泉付きの宿だ。


「ヒノシマ国は温泉が多いですね」


「我が国は火山が多いので温泉が豊富なのですよ」


 女性同士温泉に浸かりながら、他愛もない会話に花を咲かせる。


 キクノ様とシルフィ様はお酒を飲みながら、温泉を楽しんでいた。


「それにしても、狛太郎は可愛いわね。もふもふ君の毛並と匹敵するわ」


「ワンコも可愛いわね。今回はマリーが同行していないから手入れができないけれど、もふもふ対決してみたいわよね」


 私とクリスはもふもふ談議をしながら、温泉を堪能する。


「でもあんまり狛太郎を構いすぎると、もふもふ君がやきもちを妬くんじゃない?」


「や、やきもちだなんて!? レオンは大人よ」


「たぶん、ああいうタイプは独占欲が強いわよ。気をつけるのね」


 クリスがによによしてからかうので、私はそっぽを向く。


 少し話題を変えることにする。


「岩間村の化け物ってどんなあやかしなのかしらね?」


「『狛太郎には言うな』って言葉を残しているんでしょう? 犬が苦手なあやかしではないかしら?」


「犬が苦手な動物は何かしら?」


「猫とか? 以前、もふもふ君が猫又とかいう猫のあやかしがいると言っていたじゃない」


 以前、アヤノさんがレオンを猫又というあやかしだとからかったことがある。猫又とは年老いた猫が妖怪変化したもので尻尾が二本ある化け物だ。


 いずれにしろ、若い娘を生贄に寄越せなどというあやかしはきっとろくなものではない。



 岩間村は悲壮感に包まれていた。


 生贄を捧げる日が三日後なのだ。しかも娘を二人要求されたらしい。


「欲張りなあやかしだな」


 村長さんから話を聞いた時、トージューローさんがひとりごちた。


「うちの娘と五兵衛のところの娘に白羽の矢が立ったのです」


 村長さんの娘さんは母親に縋りついて泣いている。


「娘さんはおいくつですか?」


「今年十五歳です。隣村の名主の息子との縁談が纏まりかけていたというのに……」


 顔を覆ってしまった村長さんにキクノ様はハンカチを差し出す。


 生贄を捧げる場所はこの村に祭ってある天神様の境内で、娘には白い装束を着せるという。


「私が身代わりになります。化け物は生贄の顔を知らないですよね?」


「生贄は二人でしょう? もう一人の身代わりはわたくしが引き受けるわ」


 村長さんは床に額をこすりつけんばかりに頭を下げる。


「ありがとうございます。都へ直訴はしたものの対応してくれたのが感情のなさそうな方だったので、半分諦めていたんです」


 もしかして直訴を受けたのは六城様? そういえば私たちに最初にこの話をしてくれたのは六城様だった。


 三日後、身代わりの生贄としてクリスと私は天神様の境内に設けられた台の上で化け物を待つ。


 白装束に綿帽子といういで立ちだ。綿帽子は髪を隠すために被っている。黒髪が多いヒノシマ国で金髪と銀髪は目立つので怪しまれるという理由でだ。


 囮であることを化け物に悟られるわけにはいかない。人の言葉を話すということは知能が高いあやかしの可能性が高いのだ。


 トージューローさんとキクノ様、ロン様とシルフィ様、それにレオンと狛太郎は近くで身を潜めている。


 化け物が姿を現したら、一斉に攻撃を始める手筈だ。


 ふいに地響きがして、境内横の森が震えた。地響きは次第に近くなってくる。


「来る!」


 境内全体が大きな影に覆われた。頭上を見上げるとついにあやかしの姿が明らかになる。鋭く大きな牙を持つ狒々のような姿。全身を白い体毛に覆われ、体長は三リルド(メートル)ほどある。


「生贄の娘二人……」


 低くくぐもった声で確認をするように私たちの姿を覗き込む。


 クリスと私は白装束を脱ぎ捨て、臨戦態勢をとる。戦いやすいように道着を下に着ていたのだ。


 同時に身を隠していたトージューローさんたちがあやかしの前に立ちはだかる。


「ぐっ! 騙したな!」


 あやかしは来た方向に駆け出すが、行く手をロン様とシルフィ様が塞ぐ。


「逃がさぬ!」


 狛太郎があやかしの頭上から錫杖を叩きこもうとするが、すんでのところで躱される。


「倶利伽羅神の錫杖!? 霊犬狛太郎か!」


「いかにも! 人々を脅かす者を退治するために馳せ参じた!」


 あやかしはクククと肩を震わせて笑う。


「知らせるなと言うたのに、狛太郎を連れてきたか。信ずる心を忘れた愚かな人間が……」


 俯いて笑っていたあやかしが顔を上げる。その眼は怪しく光っていたが、頬に一筋光るものが流れた。まさか涙?


 ぽつりとあやかしが呟くのが聞こえた。


「その信心をどうして姫神様に向けてくれなかったのか?」と……。


 低くくぐもった声ではなく、純粋な少年の声だ。その声は悲しさに満ちていた。


「退治してみるがいい! 狛太郎!」


 あやかしは狛太郎目掛けて向かっていく。しかし、私たちの前に一筋の光が走り、それは神々しい女性の姿に変わった。


『おやめなさい! 藍之助あいのすけ。人を傷つけてはなりません!』


「姫神様……どうして……消えた……はずなのに……」


『この方たちの神気のおかげで妾は一時的に姿を保てました。お前を迎えにきたのですよ。さあ、妾とともに行きましょう』


 姫神様は藍之助の大きな顔を抱きしめる。そして私たちに向かってこう言った。


『藍之助の体を倶利伽羅神の破邪の力で貫いてください』


 姫神様の言葉の意味が分かったクリスと私は小太刀を、狛太郎は錫杖を藍之助の体に突き付けた。


 瞬間、大きな狒々の姿は光に包まれると、白い小猿の姿に変わる。


 小猿の藍之助を抱えた姫神様は私たちに向かって一礼する。


『お礼を申し上げます。他国の神々よ』


 姫神様は頭を下げたまま、藍之助とともに光の中へ消えていった。


 私は小太刀をかんざしに戻すと髪に挿す。頬に熱いものが流れて止まらなくなった。


「泣くな、リオ。あやつは主人に迎えに来てもらえて幸せだったろう」


 いつの間にか青年姿になったレオンが私を抱きしめてくれた。



 岩間村に戻った私たちは村長さんに事の顛末を話した。


「そうですか。そんなことが……。あの天神様が祀られる前は龍奈比米たつなひめと呼ばれる女神様が祀られていたのです」


 二ヶ月前、燕州を預かる代官の命で古い社は取り壊され、代わりに天神様が祀られたとのことだ。


「神は信仰心が失われると消えるのです。おそらく眷属であった藍之助という猿は仕えていた主人を失ってしまったことで人間を憎み邪念に取り込まれたのでしょう」


「なるほど。狛太郎に知らせるなと言うのは最後の良心だったということか? 倶利伽羅神の神具は破邪の力を持つからな」


 キクノ様とトージューローさんが納得したように頷く。


「天神様と同じ土地に龍奈比米神様の社を建てていただけるよう、代官様にお願いすることにします」


「いや。寺社方には俺から伝えておく。社を壊す代官なんかろくなやつじゃないだろうからな。だいたい今回の騒動だって聞く耳を持ってもらえなかったから、寺社方に直訴したんだろう?」


「それは……」


 トージューローさんの言うことは図星だったのだろう。村長さんは俯いてしまう。


 その日のうちに私たちは岩間村を後にして国主の館へと帰る。


「寺社方を取り仕切っているのは六城だからな。燕州の代官についてはあいつに任せよう」


「六城様は寺社方というところのトップなのですか?」


 帰りもトージューローさんとレオンとともにロン様に騎乗させてもらった。


「そうだ。今思えば、六城はこうなることを見越していやがったんだ」


「どういうことですか?」


「つまり、燕州の代官を失脚させるのに俺たちを利用したってことだ! あの野郎!」


 恐ろしい。本当にお兄様と同じ年なのだろうか?


 その裏で姫神様と藍之助の悲しい物語があったというのに。


「帰ったら、一発殴っていいですか?」

 


 狛太郎を倶利伽羅神の下へ送り届けた後、国主の館に帰った私は六城様が離れに顔を出した時に本当に一発殴ってしまった。


「怒っているの?」


 六城様は殴られた頬を手で押さえながらも、無表情で首を傾げている。


「当たり前です! 私たちを利用するなんて! そんなことのために姫神様と藍之助は……」


 その先は言葉にならなかった。


「リオ……」


 クリスが私の肩を優しく抱いてくれる。


「わたくしは貴方のやり方は好きではないわ!」


「確かに燕州の代官を吊るし上げようとは思ったが、龍奈比米の社を壊せとは命令していない」

 

 くるりと踵を返すと六城様は襖の外に向かう。去り際、背中越しにこう呟いた。


「龍奈比米の社を建て直すように命令書を出したよ。信仰が戻れば龍奈比米と藍之助は社に戻れるはずだ」


 信仰が戻れば姫神様と藍之助は戻ってこれるの?


「…………六城様。すみません! 言いすぎました」


 私は自分を恥じる。


「いいよ。しっかり話さなかった僕が悪いんだ」


 襖がパタンと閉じられた。


「六城様は不器用な方なのです。あまり感情を表に出さないですし、よく誤解されるのですよ」


「キクノ様。私、明日また六城様にしっかりお詫びします」


 キクノ様はにっこりと優しく微笑んだ。


 疲れを癒すために離れの裏にある露天風呂に行くと、先客がいた。レオンだ。


「うむ。この一杯が堪らぬ!」


 盆にお酒を載せて湯に浮かべ、盃を傾けながらお風呂に浸かっている。猫姿で。


「……レオン。おっさん臭い」


「おっさんとは何だ? 猫はおっさんでも可愛いであろう?」


 それは一理ある。人間より年の取り方が早い猫はいつまで経っても可愛いままだ。


「レオン……神様は人間の信仰がなくなると消えてしまうの?」


「悲しいことにな。だが、フィンダリア王国は我ら神が守護し、人間は魔法を持っている。神への信仰があるゆえだな」


 いつかフィンダリア王国も神様を信じなくなってしまったら、レオンやその他の神様は消えてしまうのだろうか?


 それはとても悲しいことだ。

ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)

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