125.侯爵令嬢は霊犬狛太郎を見つける
本日は18時にも更新します。
品濃の狛根神社はこの地ではわりと有名らしく、場所はすぐに分かった。
「ここが狛根神社なのね」
私はごくりと喉を鳴らす。
山の麓に鎮座する狛根神社は厳かな雰囲気をたたえており、どこか近寄りがたい静謐さがあった。
「まずはお社に向かって二礼二拍手一礼するのですよ。それから参道は真ん中を歩いてはいけません。参道の真ん中は神の通り道ですからね」
キクノ様が鳥居の前で神社に参拝する心得を教えてくれる。それなのに……。
「頼もう! ここに霊犬狛太郎がいると聞いて参上した!」
レオンとロン様とシルフィ様の神様トリオは堂々と参道の真ん中を歩き、大声でお社に呼びかける。
「我が社で騒ぎ立てるのは誰ぞ!」
甲高い声が響いた後、もうもうとお社から白い煙が立ち込める。
そして扉が勢いよく開け放たれた。
現れたのは白い装束に武具をつけた少年だ。右手には錫杖を持ち、白い短髪には冠が載っている。
あどけない顔立ちだが風格があり、周りを寄せ付けない雰囲気だ。
おそらく、この少年が狛根神社の祭神倶利伽羅と思われる。
「霊犬狛太郎の主だな?」
「何だ? この珍妙な猫は? 妖怪変化の類か。ここはお前のようなあやかしが来て良い場所ではない。即刻立ち去れ!」
「ぐぬう! この国の神は揃いも揃って我を妖怪変化扱いしおって! 我は神だ! その目は節穴か?」
「誰の目が節穴だと!? おのれ! 神を愚弄するか?」
倶利伽羅神は右手に携えていた錫杖をレオンに向かって横薙ぎする。だが、レオンに届く前に真っ二つに折れた。
シルフィ様が手刀で斬ったのだ。
「あああああ! 倶利伽羅様からいただいた錫杖が! 何をしてくれるのだ!? このバカ猫!」
ん? 倶利伽羅様? 少年が倶利伽羅神ではないのだろうか?
「そこまでにしておけ、狛よ。お前の敵う相手ではない」
お社から青年が現れる。狛と呼ばれた少年と同じ装束をした端整な顔立ちの青年は面白そうにククッと含み笑いをしていた。
「倶利伽羅様ぁ。このバカ猫たちが」
「誰がバカ猫だ!」
後から現れた青年が俱利伽羅神のようだ。
「狛根神社の祭神、倶利伽羅神でいらっしゃいますか? バカ猫が失礼をいたしました」
キクノ様は倶利伽羅神に対して跪くと、非礼を詫びる。
「キクノ! お前まで我をバカ猫呼ばわりするか! むぐっ!」
これ以上レオンが失礼なことを口走らないように、私はレオンの口を塞ぐ。
「おや、其方は日之土神のところの巫女姫か?」
「左様でございます。お力添えいただきたく、参りました」
キクノ様は燕州で出没した化け物を倒すために狛太郎の力を借りたいと端的に伝える。
「ううっ! 俺の錫杖がぁ!」
倶利伽羅神の横で狛が真っ二つに折れた錫杖を抱えて泣いている。とても大切にしていたのだろう。何だか気の毒だ。
「あの……その錫杖を少しお貸しいただけますか? 元はと言えばレオンのせいですので、直させていただきます」
「人間などに直せるわけがない! うっ! ひっく!」
狛は強がりつつも錫杖を地面に置いたので、私は近寄り手をかざす。
「『神聖魔法』再生!」
魔法陣が浮かび上がり、錫杖を元の形に戻す。
「ああっ! 俺の錫杖が元に戻った!」
錫杖を手にすると、泣き顔の狛が満面の笑みになる。可愛い。
「人間の娘、ありがとう!」
狛は私に駆け寄ると、真っ白な犬の姿になり飛びついてくる。
わあ! もふもふワンコだ! 可愛い!
尻尾をぶんぶん振って頬をなめる狛が可愛くて、毛並みをもふりまくる。
ふと、あることに気がつく。
「あっ! もしかして貴方が霊犬狛太郎?」
「そうだ! 俺は倶利伽羅様の眷属だ」
やはりこのワンコが狛太郎だった。それにしてもレオンに勝るとも劣らない良いもふもふだ。
「狛の錫杖を直してくれて感謝する。それにしても、壊れたものを再生する力を持つとは珍しい。娘よ、名は何という?」
倶利伽羅神に問われた私はキクノ様のように跪き、名乗る。
「カトリオナ・ユリエ・グランドールと申します。フィンダリア王国から参りました」
「ヒノシマ国の名を持っているのか。ではユリエ、其方に免じて狛を燕州に遣わそう。狛よ、燕州に巣食う化け物を退治してくるがよい」
「はっ! 必ずや退治してまいります」
狛は再び人の姿になると倶利伽羅神に跪く。
「ありがとうございます! 倶利伽羅神」
「良い。ところで其方不思議な物を持っておるな。鍛冶神の力を感じる」
鍛冶神の守護を持つ鍛冶師ソータローさんが打った小太刀だとすぐに分かった。私は髪に挿したかんざしを外す。
「このかんざしのことですね」
「私は戦神ゆえ、その武器に力を授けよう。そちらの金の髪の娘も同じ物を持っておるな?」
「クリスティーナ・エレイン・ヴィン・フィンダリアと申します」
クリスも倶利伽羅神の御前近くまでくると跪き、懐からナイフを取り出す。
「クリスティーナか。其方には上に立つ者の才があるようだ。ユリエのかんざし同様力を授けよう。いずれ役に立つ時が来よう」
神にはクリスの行く末が見えているのだろうか?
倶利伽羅神が詠唱をすると、空中に不思議な文字が浮かび上がり、それぞれ私のかんざしとクリスのナイフに吸い込まれていった。
「アホ犬! そこを退け! リオの膝は我の定位置だ」
「いやだ。俺はリオが気に入った。バカ猫はすっこんでいろ!」
先ほどからレオンと狛太郎が「アホ犬!」「バカ猫!」と悪口の応酬をしながら、張り合っている。
燕州の化け物が出るという村の近くまでロン様とシルフィ様に送ってもらう最中だ。
狛太郎はどうも私が気に入ったようで、犬の姿で私の膝の上に座っている。
真っ白いもふもふの毛並みは柔らかくて誘惑に勝てなかった。
レオンはロン様の頭の上から狛太郎を睨んでいる。
「リオはどうしてバカ猫の眷属になったんだ?」
「レオンとは運命の出会いだったの」
「ふ~ん。あいつの眷属でリオは幸福なのか? あいつに飽きたら倶利伽羅様のところに来いよ。リオならば倶利伽羅様も気に入っているし、眷属にしてもらえる」
レオンに飽きることは永久にないと思う。
「こらっ! アホ犬! リオを誘惑するでない!」
「やかましい! バカ猫」
また始まった。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)




