115.侯爵令嬢はもふ神様にプロポーズされる
この物語で書きたかったシーンの一つです。
客足がまばらになった頃にようやく休憩をすることができた。
私はレオンとある場所に行く。
その場所とは鐘の広場と呼ばれるところだ。この鐘の広場は校舎の最上階にあり、鐘は普段始業や終業の合図に使われている。
だが、学園祭の日だけは、そこは特別な場所となるのだ。
この鐘の名前は別名『誓いの鐘』という。
恋人同士が鐘の下で誓いを立てると将来離れることがなく、幸せに暮らせるという言い伝えがある。
私は今日この場所でレオンに誓いをするのだ。
何度も告白しては『まだ早い』だのはぐらかされてきたが、今日こそは真剣に誓いを立ててやると心に決めた。
ちょうど誰もいない。
世間話からなどというまどろっこしいことは省いて、直球を投げることにする。
レオンを鐘の下に導き、両手をつなぐ。レオンの瞳をじっと見つめて、すうと息を吐く。
「この『誓いの鐘』の下で私は誓うわ。レオン、私は貴方とともに歩いていきたい。今度こそ決して離れたくはない。私を『神の花嫁』として迎えてください」
レオンは瞳を見開いている。また『そのようなことを言うのは、まだ早い』とはぐらかされるのだろうか?
だが、レオンは私の手をしっかり握り返すと、おもむろに口を開く。
「リオ、我はお前が大人になるまで待とうと思っていた。もしもお前が大人になってもまだ気持ちが変わらぬようであれば、その時は『神の花嫁』として迎えようと……」
そこでレオンは一度言葉を切る。私はごくりと喉を鳴らした。次にくるであろう言葉を聞くのが怖い。
「だが、もう待ってはおれぬ。この間の王宮舞踏会で王太子の小僧とお前の婚約が宣言された時、我は嫉妬した」
「嫉妬?」
「そうだ。自分でも驚いておる。神である我にこのような感情が存在していることに。いっそのこと、お前を神界に連れ去ってしまおうかと思った」
神であるレオンにこんな感情があるなんて……。
レオンは跪くと私の手の甲にキスを落とし、しっかりと私の瞳を見据える。
「カトリオナ・ユリエ・グランドール。この森の神の花嫁に……我の妻となってほしい」
ああ! どれほどその言葉を待ち望んでいたか! 私の返事は決まっている。
「はい! 森の神レオン、貴方の花嫁になります」
私はレオンに抱き着く。
すると、パン! と何かが弾ける音がする。
「おめでとうなのじゃ!」
この声は……。
「フレア様!」
「お前!? いつからそこにいた?」
光の女神フレア様が鐘の上から降ってきた。クラッカーを手に持っている。弾けたのはクラッカーだった。
「わたくしは愛の女神でもあるのじゃ! 毎年この日に恋人たちが誓いを立てているらしいと聞いたので鐘の上にいたのじゃ!」
もしかして初めから聞かれていたということ?
「いつから愛を司ることになった!」
「この国には愛を司る神がいないのじゃ! ならば誰が兼務しても構わぬのじゃ!」
「じゃあ俺は失恋を司るかな?」
影からダーク様がぬっと滑り出てきた。
「ダーク様。失恋を司るってどういうことですか?」
「人間の中には恋人と別れたいのに別れてもらえないとか離婚したいのに夫が離婚に応じないとかいう願いがあるだろう。そういうやつらの願いを叶える神だ」
少しほっとする。仲の良い恋人や夫婦に嫉妬する人の願いを叶えるというものだと勘違いしていた。
「レオン様! お嬢様を神界に連れ去るなど許しませんよ! でもおめでとうございます!」
今度はマリーが私の影から出てくる。
一体、何人の人間に聞かれていたのだろう。今さらながら恥ずかしくて顔に熱がこもる。
「安心しろ、マリー。リオが神界に連れ去られたら、俺がマリーを神界に連れて行ってやる」
ダーク様。それはマリーを連れ去って隙あれば花嫁にする気ですよね?
「それで結婚式はいつなのじゃ?」
「気が早い! リオはまだ十三歳だぞ。大人になるまでは婚約だけだ」
それはそうか。魔法学院を卒業して、魔法院へ就職して落ち着いてからよね。少なくともあと五年は先の話だ。それにレオンとは恋人同士のイベントをいろいろとしてみたい。
「よし! 花嫁修業するぞ!」
「お嬢様、私もお手伝いいたします」
教室へ戻ってこっそりクリスにだけ教えると「おめでとう」と祝福してくれた。
家に帰り両親に話すとお父様が露骨に落ち込んだ。
「何ということだ。王族の次は神様と婚約だなどと……」
「でも旦那様。私は相手がレオンちゃんであれば賛成ですわ」
「良かったね、リオ。想いが叶ったじゃないか」
お母様とお兄様は喜んでくれた。
「レオンちゃんは義理の息子になるのね。お義母様と呼んでもいいのよ」
「じゃあ、僕のことはお義兄様だね」
「エリー! ジーク!」
気楽なお母様とお兄様にお父様がキレた。
「お父様は反対なの?」
どうせなら家族にも祝福されたいのに……。
「リオ。いや……反対ではない。お前が幼い頃からレオン様を想っているのは薄々感づいていた。だが、人間と神。あまりにも存在がかけ離れている」
「義父上」
「誰が義父上ですか! まだ結婚を許したわけではありません!」
「いや、冗談が過ぎたか。アレクシス、異種族同士の結婚を憂いておるのだな?」
『神の花嫁』になるということは神と同じ時を歩むこと。つまり、いつか人間の時を捨てることだ。マリオンさんの魂の記憶でこのことを知った私は最初戸惑った。
「そうです。人間の寿命は神と比べれば短い。しかし、神が人間の娘を花嫁として望むということは人間から神と同等の存在になることではないのですか?」
「そのとおりだ。だから我はリオの想いを知りながら躊躇したのだ。神のエゴだと分かってはいるが、我はリオを手放すことはできぬ」
私はお父様の前に跪き、手を握る。
「お父様、私はいつか家族や友人と別れるのは辛いです。でも、これから先ずっとレオンと歩んでいきたいのです。どうか分かってください」
「リオ……」
お父様は涙を流すと俯いてしまう。
「…………分かったよ、リオ。レオン様。娘を……リオをお願いします。私たちの大切な娘です。必ず幸せにしてください」
「心得た」
「お父様、ありがとう」
しかし、お父様は涙を拭うと、ギロリとレオンを睨む。
「但し! 結婚するまでは部屋は別室とさせていただきます!」
「何!? 猫の姿でもダメなのか?」
「ダメに決まっています! たとえ猫だろうが神だろうが貴方は男なのです! 未婚の男女を同衾させるわけにはいかない!」
ええっ! もふもふと一緒に眠れないの? それは辛いけれど仕方ない。せめて寝る前にたくさんレオンをもふることにしよう。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)




