114.侯爵令嬢は学園祭にのぞむ
学園祭前日――。
和スイーツカフェで出す饅頭を大量に作るため、クリスが我が家に泊まりにやってきた。
「この面子でお菓子を作るのは久しぶりね」
蒸かしている饅頭の具合を眺めながら、クリスが懐かしそうな顔をする。
マリーとレオンに手伝ってもらいながら、クリスと私はひたすら饅頭作りに励んでいた。
「そうね。学院の厨房ではクラスの皆と一緒だものね」
団子や餡作りはクラスメイトたちも心得たものだが、饅頭はスイーツ作り上級者のクリスと私に任されたのだ。
「そろそろ饅頭が蒸しあがるのではないか?」
蒸籠の蓋をとって、饅頭を一つ取り出そうとしているレオンを止める。
「こらっ! レオン、こっそり味見をしようとしているわね」
「ち、違うぞ! 饅頭の具合を見ているだけだ」
大口を開けて饅頭を口に入れようとしているのに?
「あはは。もふもふ君は食いしん坊だものね」
「レオン様、こちらを試食してみてください」
マリーが何やら試作のお菓子を考案しているようだ。
かりっと揚げた何かのお皿をレオンに渡している。
「レオン、ちゃんと冷まして食べてね。猫舌なんだから」
「リオ、我は猫姿をとっているだけで、猫舌ではないぞ。熱いものは平気だ」
とか言いながら「はふっ! はふっ! 熱っ!」と言っては食べている。
「うむ! マリー、これは美味いぞ!」
「マリー、何を作っていたの?」
気になってマリーが揚げているものを覗く。
「ドーナツの餅バージョンですよ。揚げ餅といったところでしょうか? 王女殿下とお嬢様も召し上がりますか?」
餅というのはもち米をついて作った食べ物のことだ。ヒノシマ国では新年を迎える際に餅を食べる習慣なのだとか。
美味しいのだが、よく噛んで食べないと喉に詰まってしまう。いつもの調子で食べていたレオンは案の定、餅を喉に詰まらせた。トントンと背中を叩いてやる。
「味見してみたい!」
マリーから熱々の揚げ餅を受け取って口に含む。
最初の一口はかりっとした食感、中身はもっちりとして美味しい。
「マリー、これ美味しいわ」
「本当に美味しいわね。これもテイクアウトのメニューに加えましょうよ」
今回は私の『収納魔法』は必要ない。ソフィーの実家であるアヴィントン商会がまあまあの容量のマジックボックスを貸してくれたからだ。
マジックボックスは『収納魔法』のように容量が無限ではないが、同じように時間経過しないのだ。
アヴィントン商会はたまにダンジョンでドロップするマジックボックスを冒険者から高値で買い取っている。他国から新鮮な食べ物を輸入する際に使うらしい。
餅も大量生産することに決定した。
「リオ。貴女、魔法院に就職したいそうね」
「誰から聞いたの? ああ、王太子殿下かしら?」
お兄様とトリアの婚約式の後、王宮に帰る馬車の中で王太子殿下はかなり沈んでいたそうだ。ブツブツと独り言を呟いている王太子殿下に聞き耳を立てていると『王太子妃より魔法院がいいなんて……』という言葉が聞こえたのだとか……。
「辛気臭かったわ。でも将来の道をもう決めているなんてすごいわね」
「魔法学院に入ってから、だんだんと定まってきたの」
魔法院の環境部門がどのような仕事をしているのか自分なりに調べてみたのだ。
魔力を帯びた植物の調査、未開拓の土地に生息している動植物の調査、未知のモンスターの生態調査などという危険なものまで私は興味を持った。
「貴女ならきっと功績を上げられるでしょうね。何といっても森の神の眷属なのだから」
「クリスはどうするの?」
クリスは困ったように微笑む。
「お兄様が廃嫡された時のことを考えなさいとお母様から言われているわ。帝王学は元々修めているし、国政もこっそり宰相について学んだし、何とかなると思うの」
「では、クリスが女王として即位する可能性もあるのね?」
こくんとクリスは頷く。
「でもお兄様が更生して王位を継げば、わたくしはライオネス公爵領を賜るつもりよ。あの不毛な地を立て直したいと思うの」
「その時は我があの土地に祝福を贈ろう」
レオンの言葉にクリスは破顔する。
「ありがとう、もふもふ君」
その日は夜遅くまでわいわいとお喋りをしながら、仕込みをしたのだった。
迎えた学園祭当日――。
少し肌寒いが、晴天に恵まれて学園祭は始まりを告げた。
我がAクラスは全員ヒノシマ国の衣装に着替える。
ソフィーが用意してくれた着物は、男子生徒の着物は紺やグレーの渋い生地で、女子生徒の着物は赤やピンクの生地に模様が付いたものだった。
私はキクノ様がよく着ている臙脂色の矢絣模様の着物を選んだ。
着付けは事前にキクノ様に教えてもらったので、何とかなった。
「帯が少し苦しいけれど、コルセットよりは楽ね」とはこの国の女性であれば誰しも思うことである。
コルセットはドレスを着るうえで必要ではあるが、とにかく苦しい。締め付けすぎて倒れるご婦人もいるくらいだ。何度、男性の礼装に憧れたか数えきれないほどだった。
着物の上にマリーから借りたエプロンをつける。
着付けが終わった女子生徒たちが使用人のお仕着せの話に花を咲かせていた。
「我が家のお仕着せはシンプルなのよね。お仕着せのデザインはやっぱり可愛い方がいいわよね」
使用人が着るお仕着せは汚れが目立たない黒や紺が多い。
「リオの家は上品なデザインで可愛さも追求したお仕着せよね」
アリスに言われてちょっと得意気になる。
「うちのお仕着せは三年前にリニューアルしたのよ」
実は三年前に我が家は使用人のお仕着せをリニューアルしたのだ。
使用人が気持ちよく仕事できるようにとの計らいからだったが、実際お仕着せを変えたら作業効率がアップした。
肌触りが良く、生地は軽くて、動きやすさを重視している。デザインをしてくれたのはもちろん、『サンドリヨン』だ。
おかげで我が家が使用人を募集すると、人が殺到する。
だが、曲がりなりにも侯爵家なので、身元が確かな者か紹介状がないと雇用はしない。
「お前ら、そろそろ客が来る頃だぞ。支度はできたか?」
トージューローさんがひょっこりと顔を出す。
「はい! トージューロー先生。できています」
クラス委員長のアリスが代表して返事をする。
いつも使っている教室は今日だけちょっとおしゃれなカフェの顔だ。
学園祭は希望する場所が使えるようになっている。しかし、厨房がある食堂は残念ながら上級生優先だ。私たちのクラスは自分たちの教室を希望した。
しかし、ここは魔法が使える者が集う魔法学院。調理の方法は何とでもなる。
問題は調理器具だが、クリスが魔法院にかけあっていろいろと便利な魔道具を調達してくれた。
魔石をはめ込むだけのオーブンや小型のコンロをいくつか。あとは自動泡だて器など……。
だが、ソフィーが貸し出してくれたマジックボックスの中に仕込みはしてあるので、しばらくは調理しなくてもすみそうだ。
と思いきや――。
「甘かった」
納涼祭りの時の評判のせいか、開始直後から客足が途絶えず、しかもテイクアウト用の天ぷら饅頭や揚げ餅は在庫がそろそろ尽きそうだ。
「休憩に行ける人は順番に行ってください! 約束がある方はそちらを優先してください!」
クラスメイトの中には恋人や婚約者と学園祭を回る約束をしていた者もいる。
「リオ。クリス。全然休んでいないでしょう? 休憩に行ってきてもいいわよ」
「アリスこそ朝から駆け回っているじゃない。ここは任せて先に行ってきて」
朝から指示を出し、テキパキと動いているアリスの顔色が悪い。
「助っ人を連れてきたぞ!」
トージューローさんが連れてきた助っ人はキクノ様とアヤノさんだった。
「皆さん、大変でしたね。さあ、順番に休憩へ行ってください」
「追加の饅頭と餅を持ってきたわ。じゃんじゃん揚げちゃうわよ」
キクノ様とアヤノさんはこういった事態を見越して、饅頭と餅を用意してきてくれたとのことだった。ありがたいことだ。
「リオ、我も手伝うぞ」
レオンまで助っ人にきた。
「レオン、自分のクラスは大丈夫なの?」
「乗馬体験だからな。我がいなくとも馬に乗る指導ができる者はたくさんおる」
そうか。レオンのクラスは乗馬体験なのね。そういえばお兄様がここのところ珍しく遠乗りをしていたけれど、そういうことだったのか。
「ちょっとリオ。誰なの? あの美形!」
「レオンっていうらしいわよ。ところで猫のレオンちゃんは?」
クラスメイトから矢継ぎ早に質問が来る。
「私の親戚筋よ。猫のレオンは……そのうち顔を出すかもしれないわ」
レオンと学園祭を回りたかったな。
「これではSクラスの演劇を見に行けないわね」
「そうね。楽しみにしていたのだけれど」
Sクラスはアンジェが騎士役でトリアが王女役の演劇をやるのだ。
「俺の従兄が『投影魔法』を使えるんだ。Sクラスの演劇を記録しておくように頼んでおこうか?」
申し出をしてくれたのはライアン・マーカスライト。そう。あのジョゼフ・マーカスライト宰相補佐官の末の弟なのだ。
「お願いできるかしら? ライアン」
「了解! 学園祭の打ち上げの時に上映会をやろうぜ」
ライアンの提案には全員が賛成した。打ち上げ会場はトージューローさんの研究室だ。
「ねえ、レオン。休憩の時に行きたいところがあるのだけれど」
こっそりレオンに耳打ちをする。
「いいぞ。我も話がある」
レオンの話? 何かしら?
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