113.侯爵令嬢は兄の婚約式で奮闘する(後編)
見上げた先には憂い顔の王太子殿下がいたのだ。
「……リオ」
私は慌てて立ち上がり、カーテシーをする。
「王太子殿下とは思わず失礼な態度を! 誠に申し訳ございません!」
「いいんだ。座って、リオ」
王太子殿下は着席を促す。私はふいと顔を逸らして、ドレスを握りしめる。
どうしよう? あれほど注意していたのに……。
「あれから、君にしっかりと向き合って話をしたかったのだが、君には避けられるし、なぜかいろいろと邪魔が入ってね」
王太子殿下との接点は魔法学院だけだ。クラスメイトやお兄様が私と王太子殿下を会わせないように妨害をしていたのは耳に入っていた。
「今日はきちんと謝罪をしたい。君の気持ちを考えずに勝手に婚約を進めてしまって申し訳なかった」
「……いいえ」
ほっと王太子殿下は息を吐く。ようやく言いたいことが伝えられたという顔をしている。
「私は十歳の時に初めて君と会ってから、だんだんと君に惹かれていった。ジークの陰に隠れて恥じらっている君は可愛くて。だけど大きくなるにつれて笑顔を見せるようになってくれたね」
なんか変な方向に進んでいっている気がする。王太子殿下はさらに話を続けていった。
「君が愛おしくて、誰にもとられたくなかった。だから婚約という暴挙に出てしまった。許してくれとは言わない。だが、私は君を諦めきれない。今度は正式に婚約を申し込みたいと思っている。どうか前向きに考えてくれないだろうか?」
この方は何を言っているのだろう?
次の瞬間、私は自分の意思を声に出していた。
「お断りいたします!」
少し声を荒らげてしまったが、ここでしっかり自分の気持ちを伝えないと、前世の二の舞だ。
「リオ……」
「不敬を承知で申し上げます。王太子殿下の気持ちには応えられません。私は自分の将来をすでに決めております」
「それは……他に想う者がいるということか?」
確かに私には幼い頃から、いいえ、カトリオナとしての人生を歩む前から心に決めた人がいる。しかし、色恋沙汰云々という問題ではない。
「私は将来魔法院への就職を希望しております。自分の魔法属性を生かして国を支えていきたい。そう考えております」
「国のためというのであれば、将来の国母として国を導くという道もある」
「王宮では見えないこともございます。私は自ら現場に赴いて自分の目で確かめたい。王族は行動が制限されることは殿下が一番ご存じのはずです」
「……それは」
魔法院の環境部門は現地を調査する仕事が多いため、一年のほとんどを同じ土地で過ごすことはない。
そうなってもレオンはずっと一緒にいてくれると誓ってくれた。
魔法院へ就職を希望するのはメイのためでもある。
『禁断魔法』が絶えぬ限り、メイの旅は終わらない。私は大切な妹の長い旅を終わらせてやりたい。そして普通の女の子として幸せに暮らしてほしいのだ。
魔法に関わる情報が入りやすい魔法院は都合がいいのだ。
「これは王太子殿下。リオの相手をしていただいたようで……。感謝するが、今宵のエスコート役は我なので席をお譲りいただけるとありがたい」
レオンが戻ってきた。また、お皿に料理を山盛りにしている。僅かだが眉間にしわが寄っているのが窺えた。もしかして、怒っている?
「ああ、レオン。今夜は君がリオのエスコート役を務めているのか?」
王太子殿下は慌てて席を立ちあがる。
レオンと対峙した格好になるとレオンは背筋を伸ばし、すっと目を細めた。
王太子殿下は一歩後退する。レオンの迫力に気圧されたのだろうか? 神の威厳はさすがに人間が敵うものではない。
「王太子殿下、臣下として進言させていただく。御身はいずれこの国を背負う者だ。上に立つ者が感情に流されては国が立ち行かぬ。隣に立つに相応しい者を見つけられよ」
これは色恋に現を抜かすな。私から手を引けと言っているのだ。
「……しかし」
なおも言い募ろうとする気概は大したものだ。相手は神なのに……。
「いい加減に諦めたらいかがですか? お兄様、臣下の進言は聞くものです」
「クリス……」
後ろで腕を組んだクリスが仁王立ちをしていた。
「リオとの話は終わりましたね。まだ、挨拶回りが終わっておりませんのよ。そろそろ参りましょう」
「あ、ああ……」
クリスに引っ張られて王太子殿下は遠ざかっていく。去り際、クリスがウィンクをしてくれた。
「どうやら、王太子の小僧にしっかり自分の意見を言えたようだな」
「聞いていたの?」
「我は神だからな」
猫神様は耳が良いのだ。
「では、助けに入ってくれてもよかったのに」
私はぷうと頬を膨らませる。
「怒るな。そのように頬を膨らませるとまるで風船のようだぞ」
「失礼ね」
レオンは新たに持ってきた料理を食べ始める。
「王宮舞踏会のようにリオが動けないようであれば、助けに入るつもりだった。とっておきの秘策を使ってだ」
「秘策? 何それ?」
「使う必要がなくなった。今はな。だから秘密だ」
料理に舌鼓を打つレオン。
「ますます気になる! 教えてよ、レオン」
フォークを置くと、レオンは微笑み私の手に自分の手を重ねる。大きくて温かい手だ。
「リオ、毅然としたお前は美しかった」
反則だ! 今そんなことを言うなんて!
「本当にバカス王太子を振ったお嬢様は見事でした」
私の影からマリーがすっと現れる。影渡りを使ったのだ。
「マリー、もしかしてずっといた?」
「はい。バカス王太子がお嬢様の下へ向かうのが見えましたので」
「貴女の『闇魔法』は貴重なのよ。見つかったらどうするの?」
光属性と闇属性を持つ者は貴重な存在だ。もしもマリーが『闇魔法』を持っていることを知られたら? そのせいでマリーが望まない人生を送るのは嫌だった。
「私のことを心配してくださるのですか? お嬢様はお優しいですね」
イチゴシャーベットをテーブルに置くと、私の足元へマリーは跪く。
「マリーは私にとっては姉も同然の大切な存在なのよ。貴女には幸せになってほしいの」
私はマリーの両手をとり、そっと包み込む。
しかし、私は見てしまった。マリーの侍女服の袖からきらりと光る怪しい物体を……。
「大丈夫ですよ。私はお嬢様のおそばにいることが幸せなのですから」
「そ、そう。ありがとう」
そっと見て見ぬふりをした。見てないですよ。暗器なんて……。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)




