110.侯爵令嬢は王太子に絡まれる
魔法学院に入学して初めての学園祭を迎える季節がやってきた。
「それでは我がAクラスの催し物は和スイーツカフェということでよろしいでしょうか?」
可否を求めるアリスに対してクラス全員が挙手をした。満場一致だ。
納涼祭りの実行委員をやったことで自信をつけたアリスは後期のクラス委員長を務めることになった。
ヒノシマ国のお菓子はいつの頃からか『和スイーツ』と呼ばれ始めた。アヤノさんが経営する『和み庵』という名前から名付けられたものだという。
学園祭では各クラスで催し物を企画するのだが、納涼祭りで好評だったことから『和スイーツ』を提供するカフェをしようということになったのだ。
「当日はクラス全員でヒノシマ国の衣装を着るというのはどうかしら?」
挙手をしたソフィーがそんな提案をする。
「でも、クラス全員分となると大変ではないかしら?」
心配そうなアリスをよそにソフィーは人差し指を振る。
「うふふ。心配はご無用よ。我がアヴィントン商会でヒノシマ国の衣装を取り扱うことになったので、既に生産を始めているの。学園祭で私たちが着ればいい宣伝になるわ」
さすがは大手商会の令嬢。商魂たくましい。
「では、衣装の手配はソフィーに任せましょう。お菓子の手配は……クリスとリオにお願いできるかしら?」
「いいわよ」
クリスが快く返事をする。私も続けて頷く。
王宮舞踏会での婚約騒動の後、学院に登校した私を待ち受けていたのは心配そうなクラスメイトたちの姿だった。
誰もが「大変だったわね」と声をかけてくれたのだ。てっきり腫れ物を扱うようによそよそしくされるか、非難されると思っていたので、クラスメイトたちの気遣いは嬉しかった。
もちろん、嫌味を言ってくる者もいた。アデリーヌ様だ。
「わたくしだったら、王太子殿下との婚約を拒むことはしませんでしたわ」
通路ですれ違いざま、聞こえるように嫌味を言ってきたのだ。もちろん無視した。
「箝口令が出されているのに、堂々と破るバカがいるのね」
クリスは反撃していた。さすがだ。アデリーヌ様は悔しそうにハンカチをかじっていた。
箝口令が出されているからと言って、素直に守らないのが貴族というものだ。
それを想定していたので、クリスが盾役を買って出てくれたのだ。盾というより矛が正しいのかもしれない。
入学当初と比べると、クラスメイトたちは変わってきた。普通に友人として接してくれるのでありがたい限りだ。
変わったことといえば、もう一つある。
なんと! レオンが魔法学院に編入してきたのだ。もちろん、人間として。
強力な土属性持ちということで、お兄様と同じクラスにいる。
クラスの女子生徒たちは猫のレオンが姿を見せなくなったので寂しがっていた。
「レオンちゃん、最近姿を見せないわね。もふもふが恋しいわ」
その気持ちは分かる。授業の合間にレオンは私も含めて女子生徒たちの癒しとなっていたのだ。
お気に入りの場所があってそこで寝ていると言い訳してあるが、場所は知らないということにしている。その場所を教えてくれと言われるのが目に見えているからだ。
放課後、早速『和み庵』に赴くためにクリスと教室を出ると、王太子殿下が待ち構えていた。
ランチの時間や放課後を狙ってこうして待ち構えているのは勘弁してほしい。目下のところの悩みの種だ。
「リオ、待っていたんだ。今日こそは時間を作ってくれないだろうか?」
「……リチャード様、お話しすることは何もございません」
「しかし、しっかり謝罪をしたうえで、もう一度私の気持ちを伝えたいのだ」
おそらく、あらためて婚約を申し込むつもりだろうが、受ける気はない。
「申し訳ございませんが、この後予定がございますので失礼いたします」
略式のカーテシーをして通り過ぎようとしたのだが、ふいに手を掴まれる。その手の主は王太子殿下だ。
「待ってくれ!」
「離してください!」
「お兄様、いい加減になさいませ! リオが嫌がっているではありませんか」
クリスが王太子殿下と私の間に割って入る。
「邪魔をするな! クリス、お前には関係ない」
「関係はあります! お父様が仰ったことをもうお忘れですか?」
はっとした王太子殿下は掴んでいた手を離す。
国王陛下から王太子殿下に下った沙汰は伯父様より厳しいものだった。
調査の結果、伯父様は王太子殿下に私の両親に確認をしなくてもいいのかと問うたのだが、王太子殿下は事後承諾でいいと言ったそうだ。
結果的に王太子殿下が伯父様を唆したとされ、反省のために一週間、貴族専用の監獄に収監された。監獄から出た後は普通の生活に戻ったが、しばらく王太子殿下の行動は国王陛下に報告が行くことになっている。
しかも今後国法を破るようなことがあれば、廃嫡のうえ臣籍降下させられるそうだ。王位はクリスが継ぐことになる。
「しばらく問題は起こされないことです。行きましょう、リオ」
クリスは私の手をとると、歩き出す。横目で王太子殿下が項垂れているのが目に入った。
「全くお兄様はしつこいわね! あれだけ騒ぎを起こしておいて全く反省していないのだから」
「クリス、ありがとう」
「リオ、もふもふ君と婚約してしまいなさいよ」
「ええっ! いきなり何を言い出すの!?」
突拍子もないことをクリスに言われた私は慌てふためく。
「だってもふもふ君はポールフォード公爵家の養子になったでしょう。しかもランチェスター伯爵位を譲渡されるらしいじゃない。良縁だと思うわ」
そうなのだ。伯父様とレオンの間にどういった密約があったのかは分からないが、レオンはポールフォード公爵家の養子になった。但し、それは名目上で今も我が家に住んでいる。
伯父様にはまだ幼いが息子が二人いる。養子をとる必要はないはずなのだ。だが、グランドール侯爵領の隣にあるランチェスター伯爵領をレオンに譲渡したいらしい。
ランチェスター伯爵位とは伯父様が持っている爵位の一つだ。
「リオ、授業は終わったのか?」
噂をすればなんとやら。レオンが後ろから声をかけてくる。
「レオン。ええ。学園祭の催しで和スイーツカフェをやることになったの。それでアヤノさんに相談しようと思って、今からお店に行くのよ」
「何!? 和スイーツだと? リオ、当然我に優待券をくれるのだろうな?」
優待券というのは、別のクラスや学年にいる親しい先輩、友人に配る特別チケットのようなものだ。一応、お兄様とレオンには渡そうと思っていたけれど、早速食らいついてきた。食いしん坊だものね、レオンは。
「それはもちろんだけれど……。レオンのクラスは何をやるの?」
「まだ決まっておらぬ。肝心のクラス委員長がアレなのでな」
ああ、クラス委員長は王太子殿下だものね。
「アヤノの店に行くのであれば、我も行くぞ。今日こそは当たりくじを引くのだ!」
アヤノさんのお店のお菓子はくじ付きで当たりを引くと、無料で一つ好きなお菓子がもらえるのだ。
「もふもふ君は未だに当たったことがないのよね? 神様なのにくじ運が悪いわね」
クリスがクスクスと笑い出す。
「やかましいぞ、クリス。我は神だからな。他の客に運を与えておるのだ」
それは負け惜しみだ。でも、確かにお店にレオンがいる時は当たりが出やすい気がする。
案外、知らないうちにレオンが運を与えているのかもしれない。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)




