108.侯爵令嬢は伯父に事情聴取をする
エントランスでは執事が出迎えてくれたのだが、挨拶を済ませると、執事はお父様に何やら耳打ちをしている。何かあったのだろうか?
「何!? 義兄上から先触れが?」
執事から用件を聞いたお父様は険しい顔になった。そして、私たちにこう告げる。
「ジーク。リオ。疲れているだろうが、着替えが終わったら応接室に来なさい。話がある」
何やら不穏な気配がする。
お兄様と私は頷くと、ひとまず自室に戻ることにした。
自室に戻ると、マリーが出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、お嬢様。レオン様。お疲れでございましょう。お風呂の前にハーブティーをご用意いたします」
「ただいま、マリー。それがね。お父様に呼ばれているの。部屋着の用意をしてくれるかしら?」
「まあ、このような夜遅くにどのような用件でしょう? 承知いたしました。すぐにご用意いたします」
マリーは少し急ぎ足でクローゼットに入っていった。
「ねえ、レオン。伯父様から先触れがとお父様が仰っていたわよね? 何だと思う?」
レオンは私の自室に入るなり、猫姿へと変わる。
いろいろあって疲れたので、まずは癒しのもふもふだ。
レオンを抱き上げ、ソファに座るとふわふわの毛並みを堪能する。ああ、癒される。
「大方、勝手に婚約話を進めた謝罪と言ったところだろう」
「やっぱりそう思う?」
私に内緒で王太子殿下と結託して勝手に婚約を決めたのだ。謝罪に来るのは当然だと思うが、うちの家族は烈火のごとく怒っている。簡単に謝罪を受け入れるだろうか?
最悪、お母様に兄妹の縁を切られてしまうかもしれない。
「……婚約とは何のことですか?」
後ろから冷気を感じる。恐る恐る振り返ると、マリーが部屋着を持って立っていた。それも凍りつくような笑みを浮かべて……。
この笑顔は物凄く怒っている時の顔だ。
「そ、それはね、マリー。あ、後で話すから……」
「まさか……バカス王太子が何かしでかしましたか?」
ひぃ! 鋭い!
「後ほど詳しくお聞かせ願えますか?」
「も、もちろんよ。マリーに隠し事なんてしないわ!」
詳しくのところを強調している。これは包み隠さず話した方が良さそうだ。その後のマリーの反応が怖いけれど……。
レオンはマリーの冷気で凍りついてしまった。毛が逆立ったまま、ぴくりとも動かない。
ぐったりとしたレオンを抱えて、応接室の扉をノックする。
「入りなさい」
お父様の入室を促す声が聞こえたので、扉を開けるとすでにメイを除く家族全員が集まっていた。
メイはしばらく前まで起きていたそうだが、疲れて眠ってしまったとのことだ。
私はお兄様の隣に座る。
「全員揃ったな。では家族会議を始めよう」
テーブルの上に封筒が置かれている。封は破られているが、梟の紋章が押されていた。あの紋章はポールフォード公爵家のものだ。
「察しがついているだろうが、ポールフォード宰相から先触れがあった。明日、我が家を訪ねてくるそうだ」
「まあ、宰相様が何の御用で我が家に? お茶は出涸らしでいいかしら?」
お父様はともかく、伯父様の実の妹であるお母様までわざわざ「宰相」と言うあたり、棘が含まれている。
「国王陛下のご沙汰が下っていないのに、外出していいのかな? 僕なら自主的に謹慎しているけれど……」
お兄様まで伯父様に対して辛辣だ。
「それで宰相に対してどうやって料理……コホン! どう対処するかを話し合おうと思う」
お父様、今「どうやって料理してやろうか」と言いかけましたよね?
「当事者であるリオはどうしたいのだ?」
あっ! レオンが復活した。いつの間にかじっと私の顔を見つめている。
伯父様に対しては私も怒りを覚えていたが、家族の方が私より怒っているのを見て、却って冷静になってしまったのだ。
私はふうと息を吐くと、話を切り出す。
「まずは伯父様に事情を聞きましょう。どういった経緯で婚約まで至ったのか? 王太子殿下に脅されていた可能性だってあるでしょう?」
私が問うと、両親は首を横に振る。あり得ないと言っているようだ。
「それはないわね。あの兄は脅すことがあっても脅されていたなんてことはないわ。たとえ相手が王族であってもね」
お母様が断言すると、お父様はうんうんと頷く。ひどい言われようだ。
「リオ、もっと怒ってもいいんだよ。本人の承諾もなしに婚約を勝手に決められたんだ」
私の頭を撫でながら、お兄様が諭す。
「それは……いきなり婚約宣言を聞いた時には頭の中が真っ白になったわ。王太子殿下との婚約を回避するために努力してきたことが無駄になったのかと絶望もした。でも起こってしまったことは仕方がないわ」
「国王陛下が箝口令を出すと約束してくれたとはいえ、此度の出来事は今後リオに悪い噂として付いて回るかもしれない」
今夜の王宮舞踏会での出来事、つまり婚約宣言からの白紙撤回については、国王陛下が箝口令を出してくれると約束してくれたのだが、人の口に戸は立てられない。
特に貴族はスキャンダルが大好きだ。
今後、魔法学院や社交の場で話題に上ることが予想される。
「とりあえず、伯父様が謝罪したいというのであれば受け入れましょう。それ以外の用向きであれば……」
例えば王太子殿下との婚約を考えてみないかとか言われたとしたら、その時は――。
「速やかにお帰り願いましょう」
◇◇◇
翌日、告げられた時間どおりに伯父様が我が家を訪問してきた。
応接室に通された伯父様の表情は暗い。
昨日お母様が予告したとおり、出涸らしのお茶が伯父様の前に差し出される。
普通、お客様には最高級の茶葉で淹れたお茶を用意するものだが、伯父様に出されたお茶は私たち家族に用意されたお茶の出涸らしだ。
昨夜は家族会議で遅くなってしまったので、朝一でマリーに王宮舞踏会での出来事を話すと、静かに怒っていた。
だが、「ちょっとバカス王太子をさっくり殺ってきますね」と王太子殿下を暗殺しに行こうとしていたので、レオンと一緒に必死で止めたのだ。
伯父様に対しても「今日は塩対応でいきますね」とお母様の指示どおり、嬉々として出涸らしのお茶を用意していた。
重い空気が応接室に満ちている。
誰も口を開こうとしない。
お父様はため息を吐くと、とうとう口を開いた。
「それで、ポールフォード宰相。本日は我が家にどういったご用でいらっしゃったのですか?」
「アレク! そのような他人行儀な呼び方はやめてくれ!」
それまで居心地が悪そうに俯いていた伯父様が顔を上げる。しかし、はっとしたように顔を横に向けた。悲しそうな表情だ。
「だが、そうだな。リオを始め、お前たちには申し訳ないことをした。謝罪をしなければならない」
伯父様は立ち上がり、膝を突くと紳士の礼をとって頭を下げる。
「本当に申し訳ないことをした。すまなかった」
しばらく沈黙が流れる。
「義兄上、顔をあげてください。まずは、なぜこのようなことをしたのかお聞きしたい」
伯父様は顔を上げると、ソファに座り直した。
「それは……リオの幸せを考えて……」
「リオの幸せですか?」
お父様はそう言うと肩を震わせて、テーブルに拳を打ち付けた。テーブルの上のカップが揺れお茶が零れる。
「本当にリオの幸せを願うならば、なぜ最初に当主である私に相談してくれなかったのです!」
「しかし、傍目にはリオは王太子殿下と仲が良さそうだった。お前たちも王太子殿下がリオを気にしてくれていると嬉しそうに語っていたではないか?」
「それはリオがまだ幼い頃のことです。今は状況が違う!」
また、お父様がテーブルに向かって拳を上げたので、咄嗟にお母様が止める。
「旦那様、落ち着いてください。手を痛めてしまいます」
お母様がお父様の手を包み込む。
「エリー……すまない」
お母様は頷くと、伯父様に視線を移す。
「お兄様、旦那様の言うとおりです。私たちはリオの親です。娘の将来を他人に勝手に決められてしまうのは、親にとっては辛いことです。お兄様も人の子の親なのですから、お分かりでしょう?」
「エリー、しかし、状況が違うとは? リオは王太子殿下が好きではないのか?」
事情を知らない伯父様からそう見えてもおかしくはない。傍目から見れば、私たち兄妹と王太子殿下は仲が良く見えたことだろう。そういう風に振る舞っていたのだから。
私は大きく息を吸うと、おもむろに言葉を紡ぐ。
「伯父様。はっきり申し上げますと私は王太子殿下が苦手です。幼い頃からずっと……。それはこれからも変わりません」
「リオ、どうしてだ? 王太子殿下の好意には気づいていたのではないか?」
「……気づいていました。ですが、王太子殿下の気持ちには応えられません」
「なぜ頑なに王太子殿下を拒むのだ? 何か理由があるのか?」
「それは……」
どうしよう? 伯父様は私が時戻りをしたことを知らない。どうやって説明をすればいいのだろうか?
「話してしまえばよいではないか。今のままでは此奴は納得せず、懲りもせず王太子の小僧との婚約を勧めてくるかもしれぬ」
レオンが伯父様の前で喋った!
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