106.侯爵令嬢は婚約に異を唱える
更新再開です。
無意識にレオンに助けを求めていた。
念話で『リオ!』とレオンが私の名前を叫ぶように呼んでいるのが聞こえた。
倒れそうになっていた私をレオンが抱き止めてくれる。温かい。
だが、私の目は虚ろでお父様が国王陛下に抗議をしているのを、耳だけが聞いていた。
「国王陛下、無礼を承知で申し上げます! この婚約には異議を唱えさせていただきます。このような婚約は認められません!」
「アレクシス! 陛下の許可を待たずに発言をするとは何事か!」
「義兄上!……いいえ、宰相閣下! 貴方はこの婚約のことをご存じだったのか? 貴族の婚姻には貴方の許可が必要だ。何よりなぜ当主の私が王太子殿下と娘の婚約を知らないのです!」
「それは……後から説明をする。今は控えよ!」
お父様と伯父様が言い争いをしている。何事かと舞踏会場が騒めく。
「リオ! リオ、大丈夫か? 我の目を見るのだ、リオ!」
「レオン……」
ああ、レオンの声が遠い。こんなにも近くにいるというのに……。
「どうしたというのだ、リオは……」
王太子殿下が屈んで私の顔を覗き込む。レオンはそれを遮って、王太子殿下をきっと睨みつける。
「リオはこのような状況だ。少し休ませてやりたい」
「レオン、それはならぬ。これからリオは私と婚約の宣言をするのだ」
「小僧! いや……王太子殿下。今はそれどころではない! 本人どころかリオの父であるグランドール侯爵家当主が婚約の話を聞いていない。どういうことだ?」
レオンは今にも王太子殿下に掴みかかりそうだ。
ダメよ、レオン。貴方がそんなことをする必要はない。
私はいつもレオンに守られてばかりだ。レオンだけではない。他の神様方……家族……そして、クリスにトージューローさん……。やり直しの人生で王太子殿下との婚約を回避するために、レオンの眷属になって魔法属性を変えた。
神の試練を受けてまで強くなったのに、貴女は何をしているの? リオ!
いつも誰かに守られてばかり……。自分では何もしていないじゃない。
マリオンさんは己の命をかけてまで領民を守ったとても強い女性。
私は彼女の生まれ変わりなのに……。
そうよ。今度こそレオンとともに歩んでいきたい!
しっかりしなさい! カトリオナ・ユリエ・グランドール!
虚ろだった私の瞳に光が戻る。レオンの顔をしっかりと見つめて微笑んだ。
「大丈夫よ、レオン」
「リオ?」
心配そうに引き止めようとするレオンの腕の中から離れると、私は玉座の前まで歩み、国王陛下の御前に跪く。
「発言の許可をいただけますか? 国王陛下」
自分でも驚くほど落ち着いた声が出た。
一拍の後、国王陛下が口を開く。
「カトリオナ嬢、面をあげるがよい。発言を許そう」
「ありがとうございます」
ゆっくりと顔を上げ、国王陛下に向き合う。国王陛下の厳格な顔に少しだけ困惑が隠されているのが窺える。
「恐れながら申し上げます。当主である父を筆頭に我がグランドール侯爵家は今初めて王太子殿下と私の婚約の話を聞きました。非常に困惑しております。此度の婚約の件、当事者といたしましては国法の貴族の婚約についての条項に基づき、異議を申し立てたく、伏してお願い申し上げます」
「娘の言うとおりでございます。此度の婚約は初耳です。このような場合、本来は王家より打診があるのが初めの手順だと記憶しております」
お父様は隣に跪き、私の言を継いでくれる。
王族が貴族と婚約を結びたい場合、最初に王家から相手側に打診をして、それから話が進んでいくものだ。
しかし、今回は我が家に打診はなく、王宮舞踏会でのいきなりの婚約発表となった。あまりにも一方的すぎる。
これは明らかにフィンダリア王国の国法に反している。
国法に反した場合は、王族相手でも貴族は異議を唱えていいと法典にはうたってある。
前世の妃教育で学んだことが、ここで役に立つとは思わなかったが……。
私は貴族らしく毅然と言葉を紡ぐ。
「国王陛下におかれましては、此度の婚約の件をご存じだったのでしょうか?」
国王陛下は沈黙すると、目を瞑る。何やら思案しているようだ。
これは推測だが、国王陛下と王妃殿下は婚約の話を宰相である伯父様か王太子殿下から、直前に聞かされたのだろう。
もしも、国王陛下が婚約宣言を撤回しないのであれば、裁判を起こす覚悟だ。
やがて国王陛下は目を開くと、右手に持った王笏をつく。その音は舞踏会場中に響き渡る。
「どうやら此度の婚約には手違いがあったようだ。先ほどの婚約宣言は一度白紙に戻す! 皆、騒がせてすまなかった。今宵の舞踏会を引き続き楽しむがよい」
私は国王陛下の賢明な判断にほっと息をつく。
会場の人々は国王陛下の謝罪に困惑しているようだ。
それはそうだろう。婚約宣言からの白紙撤回だ。
遅れて王太子殿下が玉座にやってくると、国王陛下に異論を唱える。
「そんな……父上。いえ、国王陛下。婚約の話につきましては……」
「リチャード、控えなさい! 国王陛下の決定なのですよ」
それまで国王陛下の隣で静観していた王妃殿下が王太子殿下を叱責する。
肩をびくりと震わせた王太子殿下は俯き、黙り込む。王妃殿下は怒るとそれは怖い方なのだ。
国王陛下は玉座から降りると、お父様と伯父様に声をかける。
「グランドール侯爵。宰相。後で余の執務室に来てほしい」
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)




