閑話・シャルロッテの策略
本日もシャルロッテ視点です。
今日も修道院へ差し入れを持ってここの主を訪ねる。
「テレーズ様、おはようございます。リンゴをいただいたのですが、食べきれないのでお裾分けにまいりました」
この修道院の主テレーズの朝は早い。
何でも神に対して、毎朝祈りを捧げているらしい。
神は本当に存在するのだろうか?
私は魔法属性判定の儀式で『無属性』と判定された時から神というものを信じなくなった。
先祖の記憶で知ったことだが、『略奪魔法』は遥か昔、神によって根絶させられる危機にあったそうなのだ。私の先祖は『略奪魔法』を子孫に遺伝させることで危機を回避したらしい。
確かに神は存在するのかもしれない。だが、私は直接神を見たことがないのだ。
「おはよう、ロッティー。いつもありがとう。ここでの暮らしはもう慣れたかしら?」
「ええ。毎日充実しています。亡くなった母が働いていた商会の伝手を頼って正解でした。皆さん良くしてしてくださいます」
それは建前だ。お父様に頼んでこの領地の商会を買収してもらった。使用人は全てうちから連れてきた者たちばかりだ。
家業を継ぐための勉強をしたいと言ったら、お父様は喜んでキャンベル男爵家でもベテランの執事を派遣してくれた。
この執事ももちろん私の言いなりだ。商会の運営は全て彼に任せている。
私は時々こうしてテレーズの下を訪れ、差し入れをするだけ。
「それは良かったわ。まだ成人前の貴女がこれからどうやって暮らしていくのか心配だったのよ」
三年前、母が亡くなったと嘘をついてこの修道院に来た時、テレーズはこの修道院で暮らさないかと誘ってくれた。
彼女から『光魔法』を奪う機会を窺うのにはうってつけだったので、この申し入れを受けた。
ところが修道女の生活は思ったより大変だった。
朝が早く、夜も寝るのが早い。娯楽は一切なく、一日やることと言えば村への奉仕活動、それも農作業だ。
男爵令嬢として育った私には耐えられなかった。
そこで商会で雇ってもらえることになったと嘘を吐き、定期的に修道院に通うことでテレーズに取り入る作戦に変更した。
商会の使用人には話を合わせてもらっている。使用人は全て男性なので私の言うことは何でも聞いてくれるのだ。
「テレーズ様、私も一緒に祈りをしてよろしいでしょうか?」
「ええ。もちろんよ」
祈りを捧げるふりをして考え事をし始める。
何度かテレーズから『光魔法』を略奪しようと試みたが、成功することはなかった。
本当に『略奪魔法』が発動するか確かめたいところなのだが、この魔法は一度きりしか使えないのだ。
他にも『光魔法』か『闇魔法』の属性を持つ者がいないか、それとなく探ってみたのだがいない。
ここ三年の魔法属性判定でも『光魔法』と『闇魔法』の属性を持つ者は現れていないという。
王太子殿下がなかなか婚約しないのがいい証拠だ。
やはりテレーズから『光魔法』を略奪するしか手がない。だが、『略奪魔法』は弾かれてしまう。
どうしたらいいのだろうか?
祈りを捧げた後、テレーズは必ず私にお茶を淹れてくれる。
湯を注ぐと、糸にくるまれた茉莉花が開く不思議なお茶だ。
「リンゴをたくさんありがとう。アップルパイを焼くから食べてくれるかしら?」
「もちろんです」
テレーズが作るお菓子は美味しい。
バザーで売ってみてはどうかと提案したことがあるが、首を横に振られた。売るよりは孤児院の子供たちに提供したいとのことだ。全く欲がない。
ふと、テレーズがつけているペンダントが目に入る。朝の陽に照らされて輝くそれは不思議な光を放っていた。
「テレーズ様、そのペンダントとてもきれいですね」
「ええ。とても大切なものなの。いつも懐に入れているのだけれど、今日は入れ忘れていたわ。年かしら?」
テレーズはふふと笑うと、ペンダントを懐に入れる。
「形見ですか? それとも頂き物ですか?」
興味を引かれた私はテレーズに問いかけてみる。
「大切な方からの贈り物なの」
修道女とはいえテレーズは女性だ。過去に恋人がいたのかもしれない。
テレーズのアップルパイをごちそうになった後、私は商会の隣に建てられたキャンベル男爵家の別邸に帰る。
「シャルロッテお嬢様。旦那様と奥様より手紙が届いております」
エントランスで執事に呼び止められ、手紙を受け取る。
自室に帰り手紙に目を通すと、お父様からは元気に過ごしているか、何か不足しているものはないかという内容だった。
お母様からの手紙はお小言だった。
今年魔法学院へ入学するはずだったのだが、急に入学を遅らせたのでお母様はおかんむりだ。
今回も早く帰って魔法学院へ入学するようにと手紙に書かれていた。
『光魔法』を略奪できればいつでも帰る。だが、目的を果たさないうちは魔法学院に入学するわけにはいかない。
しかし、私に転機が訪れる。
ある日、テレーズが倒れたのだ。
村へ訪問している最中の出来事だった。
知らせを受けた私は修道院へ駆けつける。ベッドにはテレーズが横たわっていた。今は眠っているようだ。
診察を終えた医師に容態を訪ねる。
「先生、テレーズ様の容態はどうなのでしょうか?」
医師は難しい顔をすると、こう言った。
「体が弱っています。寿命が近いのかもしれません」
テレーズにはエルフの血が流れている。長命なエルフの血のおかげで普通の人間より長生きらしい。と村の人間が話しているのを聞いた。
「どのくらい生きられるのですか?」
「持って一、二年というところでしょう。なるべく養生なさるようにお伝えください」
「そんな……」
私はショックを受けたフリをする。
医師は慰めるように私の肩を叩く。
テレーズが目を覚ますまで、ベッド脇の椅子に座って待っていた。
「ロッティー、今までいてくれたの?」
目を覚ましたテレーズに問いかけられる。
「テレーズ様が倒れたと聞いて、心配で駆けつけました。私、毎日看病に来ます」
「ありがとう。でもいいのよ。前から兆候はあったの。私はそろそろ寿命を迎えるわ」
自分の寿命を分かっていたようだ。私は涙を零す。もちろん演技だ。いつでも涙が流せるのは私の特技だった。
「テレーズ様、そんな悲しいことを言わないでください。母を亡くして一人になった私を助けてくださったテレーズ様を本当の母のように思っていますのに……」
「ロッティーは優しい子ね。娘がいたら貴女のような感じだったのかしら」
テレーズは私の手を握り、涙を流す。
「テレーズ様が良くなるまで、私は毎日まいります。早く元気になってください」
そう。貴女がだんだん弱っていき、天国に旅立つまでね。
人間が死ぬ間際、持っていた魔法は神の下へ戻るらしいのだが、そこが狙い目だ。
これも先祖の記憶で得た知識なのだが、魔法が神の下へ戻る際に『略奪魔法』を行使すれば、確実に奪うことができるのだ。
私はただ待っていればいい。テレーズの命の灯が消えるその瞬間を……。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)




