104.侯爵令嬢は王宮舞踏会に参加する(中編)
社交界にデビューする際は両親(または片親でも可)を伴って、国王陛下と王妃殿下に挨拶するのがしきたりだ。
私は特別に両親と一緒に謁見の間に入室されることを許された。クリスの話し相手として招待されたので、特例だ。伯父であるポールフォード宰相の計らいらしい。
今年社交界へデビューする貴族子女の中でお兄様は序列一位だ。謁見の間へは一番に入室する。
正面に玉座があり、国王陛下と王妃殿下が座している。
玉座の下には伯父様が立っている。私たち家族の姿をみとめるとウィンクをした。何をしているの? 伯父様……。
私たちは御前に進み出ると、臣下の礼をとった。
「グランドール侯爵、よくぞ参った。今日は嫡男がデビューを迎えたのだな?」
国王陛下がお父様に声をかける。
「はい、陛下。長男ジークフリートがご挨拶申し上げます」
「うむ。ジークフリート、面を上げよ」
お兄様が顔を上げ、紳士の礼をする。
「国王陛下ならびに王妃殿下にご挨拶申し上げます。本日はお招きいただきありがとうございます。グランドール侯爵の長男ジークフリートと申します」
堂々とした挨拶だ。
「いつも愚息がお世話になっていますね、ジークフリート」
「王太子殿下とはご懇意にしていただいております」
よく通る張りのある声で王妃殿下はお兄様に声をかける。
「聞いていたとおり、素敵な貴公子ですね。エレオノーラ」
「お褒めに預かり光栄でございます、王妃殿下」
お母様は王妃殿下にお兄様の自慢でもしていたのだろうか?
「それで、そちらの令嬢が我が娘の話し相手として登城してくれたカトリオナ嬢かな?」
国王陛下から声をかけられ顔を上げる許しを得たので、私はカーテシーをして名乗る。
「国王陛下ならびに王妃殿下にご挨拶申し上げます。グランドール侯爵の長女カトリオナと申します。本日はクリスティーナ王女殿下の話し相手として務めさせていただきたく、参上いたしました」
国王陛下は満足気に頷くと、人の良さそうな笑みを浮かべる。
白金色の髪に青い瞳の優しそうな紳士だ。
対象的に王妃殿下は紫色の瞳に金色の髪の美女で勝気そうな顔立ちをしている。王太子殿下とクリスは母親似なのだ。
「まあ! 本当にエレオノーラに似ているのね。少女時代のエレオノーラにそっくりだわ」
好奇心に満ちているが、友好的な瞳はクリスとそっくりだ。いや。クリスが王妃殿下にそっくりなのだ。
国王陛下がコホンと咳払いをする。素の口調に戻ったことを注意しているのだ。王妃殿下は扇で口元を覆う。
「カトリオナ嬢、今後もクリスティーナと仲良くしてくださいね。今夜は娘の相手をよろしくお願いします」
「はい、王妃殿下」
了解の意をこめて、もう一度カーテシーをする。
「今宵は舞踏会を楽しんでいくがよい」
国王陛下が私たち家族全員に声をかける。
これで謁見は終わりだ。
謁見の間の外では護衛騎士に扮したレオンが待っていてくれた。
周りの目があるのでレオンは臣下の礼をとってくれる。
舞踏会が始まるまでまだ時間があるので、王宮が用意してくれた控えの間に移動することにした。
控えの間に入ると私はソファに座り込んでしまった。
「緊張した」
「でもリオは堂々としていたよ。今日が社交界へデビューの日でもおかしくないほどだよ」
「お兄様こそ立派だったわ」
互いに褒め合う私たち兄妹を両親は微笑ましく見つめていた。
「二人とも私の自慢の子供たちだよ」
お父様は涙を流し始める。親ばかだ。
ふいに控室の間の扉が開いたかと思うと、クリスが飛び込んできた。
「おまえは以前にも同じことをしていたな。王女らしくできないのか?」
レオンが呆れた目をクリスに向ける。
魔法属性判定の儀式の時を思い出す。儀式の前にもこんな風にクリスが飛び込んできた。
「逃げて! リオ」
今日初めて会ったクリスの開口一番がそれだった。
息せき切っているクリスを落ち着かせた後、水を渡すと一気にグラスの水を飲み干した。
水には毒は入っていない。先に確認済だ。
「落ち着いて、クリス。逃げてとはどういうこと?」
水を飲んでさらに落ち着いたのか、クリスは私の隣に座ると手を握る。
「今日はこのままタウンハウスに帰った方がいいわ、リオ」
「どうして?」
「宰相が何やら企んでいそうなのよ」
今日の午後、支度が整ったクリスは、宰相である伯父様にちょっかいを出そうと宰相執務室を訪れた。
ちょっかいをかけられるのはいつものことらしく、伯父様はクリスを快く迎え入れた。
しばらく出されたお茶を飲みながら、伯父様とクリスは舞踏会の話をしていた。
その時に伯父様は「今夜は祝いの席になるかもしれません」と言いかけた。ところが宰相補佐官であるジョゼフ様にハリセンで殴られたそうだ。
「マーカスライト補佐官がハリセンでぶん殴らなければ、その先が聞けたかもしれないのに」
クリスは悔しさで爪をかじる。
宰相をハリセンで殴る補佐官というのもすごい。普通ならば不敬罪に問われるところだ。しかし、クリスが何も言わないところを見ると、それが日常なのだろう。
「絶対に何か企んでいるわよ」
「社交界へデビューする子女に対するサプライズを企画しているとか?」
デビューは祝い事なのだから。
ところが、クリスはチチチと指を振る。
「宰相はね。何か企んでいる時には鼻が膨らむ癖があるのよ」
「確かにお兄様は昔から悪企みをする時に鼻が膨らみますわね」
お母様は宰相である伯父様の妹なので癖を知っている。お母様がいうのであれば、伯父様は何事か企んでいるのかもしれない。
「でも、それが私と何か関係があるの?」
「その言葉の前にリオの話をしていたのよ。わたくしの勘はよく当たるの」
確かにクリスの勘は当たる。百発百中ではないが、高い確率で当たるのだ。
「今夜だけでもいいから逃げて。欠席の理由はわたくしが上手く作るから」
馬車の中で聞いたお兄様の話と今聞いたクリスの話。不安しかない。
でも――。
「忠告ありがとう、クリス。でも私は舞踏会に参加するわ」
「リオ!」
「目的があるの」
馬車での家族会議の話をクリスに話して聞かせる。
「そんなことがあったの。でも、それならなおさらリオが危険ではないの?」
「仕方があるまい。リオは頑固だ。ここで我らが説得したところで聞かぬ」
クリスは青年姿のレオンを見て「誰?」と眉を顰めた。
「あ! もしかしてもふもふ君? そういえば少年姿の面影があるわ」
クリスは少しして思い至ったようだ。
「先ほど飛び込んできた時に会ったであろう?」
控えの間に飛び込んできたクリスにレオンは認識されていなかったようだ。レオンの眉間にしわがよっている。不機嫌そうだ。
「クリスは初めて見るのだった? レオンの青年姿」
「見たことがあるような? ないような? オッドアイともふもふのイメージが強いのよね」
それがレオンの特徴だからね。主に猫姿の……。
「ここにいる時くらいもふもふ姿でいなさいよ」
「むっ! それもそうか」とレオンは猫姿になる。
そして女性陣にもふられた。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)




