100.侯爵令嬢は策略を巡らせる
閑話やSSを除くとこれでちょうど100話目です。
お兄様とトリアの婚約式の後、我が家で夜会を開くのだが、采配はお母様の仕事だ。
私はお母様の采配に従って、婚約式の段取りを少し手伝っている。
招待状を書いたり、当日飾る花の相談に乗ったりとそれなりに忙しい。
女主人は大変なのだなとあらためて思った。
「お母様、夜会で使う食器類のことだけど、ローラが提供してくれるそうなの。それでカタログの中から選んでほしいと渡されたの」
今日、『サンドリヨン』にドレスの仮縫いに行った際、ローラからカタログを手渡された。
カタログをお母様に見せる。
「『サンドリヨン』の食器類はどれも素敵ね。リオはどれがいいと思う?」
カタログに目を通したお母様は机に置く。
「トリアのイメージはこれかしら? でもトリアは華やかな見た目に反して、シンプルなものを好むのよね」
悩んでいるとお母様がくすりと笑う。
「不思議なご縁ね。ジークの婚約者になる方がリオのお友達だなんて」
「私はトリアがお義姉様になってくれるのは嬉しいわ」
結婚式はトリアが魔法学院を卒業した後だから、私も同時に卒業だ。
「その頃にはリオにも好きな人ができるのでしょうね」
好きな人というかもふもふはいるが、正直レオンがお嫁さんにしてくれるかは分からない。
大人になって私の気持ちが変わらなければとレオンは言っていた。
「お母様。私ね。学院を卒業したら魔法院で働こうと思っているの」
実は魔法属性判定の時に判定官に言われたことが頭に残っていた。思えばこの頃から将来の道について考えるようになったのだ。
「まあ。リオはもう将来のことを考えているの?」
「お母様は反対?」
私の頭に手を乗せると、お母様は微笑む。
「リオは自分の好きな道を行きなさい。お父様もきっと反対しないわ。貴女には自由に生きてほしいと思っているわ」
私はお母様に抱き着く。
「ありがとう! お母様」
「あら。もう十三歳なのにまだまだ子供ね」
そう言って、お母様は子供の頃のように優しく抱きしめてくれた。
後日、『サンドリヨン』から届いた食器は、上品でシンプルなものだった。
その荷物の中に私宛の小さな箱が二つ入っていた。
執事からその箱を受け取った私は自室に戻って開けてみる。
シルフィ様からいただいた鱗を加工したタイピンだった。
ドレスの採寸に行った時に加工をお願いしたものだ。
「今度は国王陛下と王太子殿下に鱗を渡さないといけないわ。でもどうやって渡そうかしら?」
「クリスに頼めばよいではないか?」
ソファでゴロゴロしているレオンが簡単に宣う。
三年前にシルフィ様からいただいた鱗は私とテレーズさんが持っている。
光属性の魔法をフレア様から授けられたテレーズさんは、シャルロッテから略奪される可能性が一番高いからだ。
隠されているとはいえ、同じくフレア様に『神聖魔法』を授けられた私も鱗を持っていた方がいいということで鱗を渡された。
次に危険なのが王太子殿下だ。そして国王陛下も……。
シャルロッテは『魔性の魅惑』というスキル持ちで、それは異性を惑わすという危険なものだ。彼女が魔法学院に通学し始めたら、間違いなく前世同様王太子殿下はシャルロッテの虜となってしまうだろう。
私は時戻り前に国王陛下もシャルロッテに惑わされていたかどうかは知らない。だが、その可能性は極めて高い。
今回シルフィ様にいただいた鱗は、国王陛下と王太子殿下に渡すのが妥当だと神様会議で決定したらしい。
「クリスに頼むのが妥当よね」
翌日、昼食の時間にクリスに鱗を渡してもらうようお願いをする。
クリスは箱に目を落とすと、しばらく逡巡する。やがてこう言い放つ。
「お父様にはわたくしから渡すけれど、お兄様にはリオから渡した方がいいわ」
「ええ!? どうしてなの?」
まさかのクリスの言葉に私は驚愕する。
「お兄様はわたくしからの贈り物なんて身に着けないと思うの。でも、リオからの贈り物なら喜ぶと思うわ」
「でも、タイピンよ。身に着けるものを贈るなんて婚約者がすることではないの?」
「お兄様には婚約者はいないし、それに名案があるわ」
クリスは私に耳打ちをする。
「それは……名案と言うのかしら?」
クリスの名案とは要約するとこんな感じだ。
まず、王太子殿下とお兄様を昼食に誘う。
クリスと私はレオンを連れて庭で合流し、ランチをする。
王太子殿下は当然レオンをもふりたくなる。
レオンを王太子殿下に押し付けて、タイピンをレオンが壊す。
そして、こう謝罪するのだ。
「うちのもふもふが申し訳ございません。あら? 偶然にもタイピンを持っていましたわ。よろしければ、これをお使いください」と深々とお詫びをして、タイピンをしれっと渡す。
そして昼食の約束をした当日――。
「そんなに上手くいくかしら?」
さすがに「偶然にタイピンを持っていました」はあり得ないので、「お詫びにタイピンを贈らせてください」に変更した。こちらの方が自然だろう。そもそも不自然にタイピンを破壊するのだ。自然も何もあったものではない。
「大丈夫でしょう。もふもふ君、確実にタイピンを破壊してね」
「うむ。任せておけ」
あれほど王太子殿下に触られるのを嫌がっていたくせに、スイーツで買収された。レオンの裏切り者!
昼食の場所は少し目につきにくい庭で、作戦を決行するには良い場所だ。
兄妹同士で友達という関係なので、ランチをするのに問題はない。
王太子殿下とお兄様は先に庭へ来ていた。
庭に設置されたガーデンテーブルを確保してくれている。
「リオ、今日はランチに誘ってくれて嬉しいよ。ありがとう」
王太子殿下は満面の笑みだ。後ろで尻尾がぶんぶん揺れているのが見えるが、たぶん気のせいだろう。それに私が誘ったわけではないのだが……。
クリスはどうやって王太子殿下に声をかけたのか気になる。
「本日は貴重な休み時間をいただきありがとうございます。リチャード様」
スカートの裾をつまみ、略式のカーテシーをする。
「毎日誘ってくれても構わないくらいだよ。さあ、座って」
お兄様と向かい合う形で着席する。私の隣にはクリスがレオンを抱えて座った。
私はバスケットの中身を広げていく。
朝、マリーに手伝ってもらいながら、いろいろと用意したのだ。
「お口に合うか分かりませんが、よろしければ召し上がってください」
「すごいね。これは全部リオが作ったの?」
「侍女に手伝ってもらいながらですが」
ついでにレオンにも手伝ってもらった。
「王太子の小僧にこれを食わせよう」と香辛料たっぷりの激辛サンドイッチを作ろうとしたので、それは阻止した。
「身内贔屓かもしれないけれど、リオは料理が上手いんだよ。リック」
「それは楽しみだな。早速いただこう」
王太子殿下はサンドイッチを一つとると、一口食べる。
「うん! 美味しいよ。本当に料理が上手なんだね」
にこにことしながら美味しそうにサンドイッチを頬張っている。
そのサンドイッチを作ったのはレオンだけれどね。
一口サイズに切ったサンドイッチをレオンに食べさせる。
レオンがサンドイッチを食べている姿を王太子殿下がじっと見ている。
「聖獣も人間と同じものを食べるんだね」
いつもは猫姿でも器用に前足を使って食べるレオンだが、今日は私が手に持ったサンドイッチをかじっている。
「レオンはそうですね。他の聖獣はどうか分かりませんが」
「マルグリット嬢のホークは豪快に肉をちぎって食べていたよ」
ホークは元々グリフォンだから、肉食なのだろう。
肉を食べているホークを見ていたら、翼を広げて威嚇されたと王太子殿下は語る。
「本当に私は聖獣に好かれない」
しょんぼりと肩を落とす王太子殿下にクリスが追い打ちをかける。
「聖獣だけではないでしょう。王宮で飼っている鶏に背中を蹴られていたじゃない。お兄様は動物に嫌われる体質なのね」
「おまえは人のことを言えるのか? クリス。昔飼っていたインコに手を噛まれて泣いていたのはどこのどいつだ?」
クリスはぷうと頬を膨らませる。
「あれは鳥かごに手を入れたから噛まれたのよ。それに甘噛みだったわ」
その話は初耳だ。
だが、レオンやホークはクリスに懐いている。動物に嫌われてはいないと思う。
「お兄様、うちはレオンの他に動物がいたことある?」
物静かにランチを食べていたお兄様に問いかける。
「リオが二歳で僕が四歳の時にうちもインコを飼っていたよ」
そのことは覚えていない。
「でもね。インコは猫に襲われてしまったんだ。その時に僕とリオが大泣きしたものだから、それ以降うちでは動物は飼わなかったんだ」
猫と聞いてレオンをぎろりと睨む。
『我ではないぞ!』
レオンは念話で否定してくる。それは分かっていたが、インコがかわいそうだ。
「それなのに私がレオンを連れてきても文句は言わなかったのね?」
「お父様もお母様も動物は好きなんだよ。僕もね」
それは両親を見ていれば分かる。レオンが神様だと知る以前もすごく可愛がっていた。
「レオンはホークのように本来の姿はないのか?」
それまで兄妹同士で会話をしていたのだが、王太子殿下が会話に割り込んでくる。
「いいえ。森で保護した時から猫姿でした。でも本来の姿があるかもしれませんね」
少し事実と違うが……。
「そうか。本来の姿は獅子や虎のような大型のネコ科の動物かもしれないね」
当たっている。
ランチも終盤に差しかかってきた。テーブルの下でクリスが親指を立てている。作戦決行の合図だ。
『レオン、お願い!』
『心得た!』
念話で作戦決行をレオンに告げると、レオンは王太子殿下に飛びつく。
「うわっ!」
飛びついてきたレオンを王太子殿下は受け止める。
「まあ、レオン。リチャード様、申し訳ございません」
「あら? もふもふ君はお兄様に甘えたいみたいね」
すかさずクリスがフォローをしてくれる。
「え? そうなのか?」
王太子殿下が懐にいるレオンに目を落とす。
お兄様の口の端がひくひくと動いている。笑いを堪えているようだ。お兄様にはあらかじめ作戦を伝えてある。
レオンは可愛く「にゃあん」と鳴く。そしてオッドアイの瞳をうるうるとさせる。あざとい!
「そうか。レオンは私に甘えたいのか。可愛いな」
王太子殿下はレオンの毛を撫でると、端正な顔が台無しになってしまった。
目元も口元も緩んで、もふもふに骨抜きにされている。
その隙をついてレオンが魔法で王太子殿下のタイピンを破壊する。と思いきや、レオンがタイピンをカリカリとする。
「ん? これが気に入ったのか? じゃあこのタイピンはレオンにプレゼントしよう」
えっ!?
予想外の展開に驚いたのは私だけではなく、クリスもお兄様も目を丸くしている。
王太子殿下はレオンのリボンにタイピンを付けてくれた。
「リチャード様、それは!」
さすがに見るからに上質なタイピンをもらうわけにはいかない。
「いいんだ。友情の証だよ。レオンも紳士だからな。タイピンを付けないとな」
王太子殿下の懐でレオンがにやりと笑った気がした。まさかこれも作戦なの!?
あざと可愛さを利用するなんて! レオン、恐ろしい子!
ともあれ、作戦は大成功だった。
後日、鱗のタイピンをプレゼントしたところ、王太子殿下は喜んでくれた。
「ありがとう! 肌身離さずつけるよ。起きている時も寝る時もね」
寝ている時は外した方がいいです。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)




