95.侯爵令嬢は領地に戻り天使に癒される
タウンハウスから領地に帰ると、真っ先に私たちを出迎えてくれたのはメイだった。
馬車がエントランスに横付けされると、天使が飛び出してくる。
「メアリーアンお嬢様! 危ないです!」
侍女が止めるのも聞かずに、メアリーアンは駆けてくる。
「おにーしゃま。おねーしゃま。おかえりなしゃい!」
「ただいま! メイ」
たたっと駆け寄り、飛びついてきたメイを抱っこする。きゃあと嬉しそうに笑うメイ。ふふ。可愛い。
三歳になったメイは、魔法学院に入学する前に領地で別れた時よりも重くなっていた。大きくなった証拠だ。
王都に旅立つ日、メイは私と離れたくないと大泣きして大変だったのだ。
私に抱かれたメイは、お兄様と私の頬へ交互にキスをしてくれる。
「もふもふ」
メイがレオンを指差して、もふもふになれと言っている。レオンはため息を吐くと猫姿になった。
抱っこしたメイを下ろすと、レオンの毛をもふもふしながら、にこにこと笑っている。あどけない笑顔だ。
天使ともふもふ。最高に癒される構図だ。我慢できなくなった私はレオンとメイを両脇に抱きしめる。
「ああ、癒される」
「ふふ。メイは相変わらずリオが好きなのね」
鮮やかなロイヤルブルーのドレスを纏ったお母様が、優雅な足取りで階段を降りてくる。お母様は相変わらずの美しさだ。とても三人の子供の母親とは思えない。
「お母様。ただいま」
「おかえりなさい。ジーク。リオ。レオンちゃん」
「ただいま、お母様。お父様は?」
姿が見えないお父様をお兄様が目で探している。
「今日は『サンドリヨン』の協賛者の皆様と会食なの。今、支度をしているわ。お母様も行くから、メイをお願いね。帰ってきて早々に悪いのだけれど」
「そうなのね。気をつけて行っていらしてね」
「ありがとう。そうそう、リオ。社交シーズンには我が家でもお茶会や夜会を開く予定でいるの。招待状を書いたり、夜会の準備を手伝ってね。貴女にもそろそろ、そういったことを覚えてもらわないといけないわ」
基本、社交に関しての采配は女主人が行うものである。貴族令嬢は将来立派な女主人になるべく、お茶会や夜会を開催する際、母親から采配の仕方を習うのだ。前世の私はというと、妃教育で一通り習ったものの、実際にお母様の手伝いをしたことがなかった。
「もちろんよ、お母様。前世ではお母様にそういったことを習えなかったから、楽しみだわ」
「あら? では張り切ってお手伝いをしてもらわないといけないわね」
レオンをもふっていたメイがいつの間にか私のワンピースの裾を掴んでいる。
「メイもおてつだいしゅる!」
「まあ、メイは本当にお姉様っ子ね。ではメイもお手伝いをよろしくお願いね」
お母様は屈んでメイの視線に合わせると、柔らかい金髪を撫でる。
「あい! まかしぇて!」
メイはお母様に抱きつくと、チークキスをする。
「賑やかというか、華やかだな。我が家の女性陣は」
少し遅れてお父様が階段を降りてきた。上品な貴族の当主だったお父様は試練の後、すっかり精悍になって残念イケメンになってしまった。だが、上品なフロックコートを纏うと、やはり貴族の風格が滲み出ている。
「おかえり。ジーク、リオ、レオン様。帰って早々だが、メイの世話を頼めるかな?」
「きょうはおねーしゃまとおふろにはいって、いっしょにねんねしゅるの」
きらきらした笑みを向けられる。断れるわけがない!
「任せて、お父様。今夜は兄妹水入らずで過ごすわ」
お兄様に目を向けると、肩を竦める。いいよということだろう。
「では、行ってくるよ」
「はい、行ってらっしゃいませ。お父様、お母様」
お父様はお母様をエスコートして、車寄せされている馬車に乗り込む。お見送りをしてから、メイを抱っこして自室に戻った。
ワンピースから部屋着に着替えた私は、メイと一緒に自室に用意してもらった晩ご飯を食べた。少し休憩した後、お風呂に入る。まずはレオンを洗うことにした。
「もっふもっふ。わしゃわしゃ」
浴室でメイは鼻歌まじりで、楽しそうにレオンを洗う。
「こらっ! 力を入れすぎだ、メイ。もう少し優しくわしゃわしゃするのだ」
「おねーしゃま。もふもふがなまいきなの」
レオンとメイのやりとりに苦笑する。
「レオン、子供相手に大人気ないわよ。メイ、レオンを洗う時はこうして毛並みに沿って、指の腹で洗うのよ」
お手本でレオンを洗って見せた。レオンは気持ち良さげに目を細めている。メイは私の反対側に行くと、私の真似をして、レオンを洗い始めた。
「こう? おねーしゃま」
「そうよ。上手ね、メイ」
メイは飲み込みが早い。器用にもふもふ洗いをこなしていく。
レオンを洗い終えた私とメイはお風呂にゆっくり浸かる。レオンの毛の手入れはマリーに任せた。
こうして姉妹でお風呂に浸かったりして、ゆっくり過ごすということは、前世ではできなかったことだ。
「メイは私が守るからね」
ぎゅっとメイを抱きしめる。メイは私の髪を撫でてくれた。
「おねーしゃまはメイがまもってあげりゅの」
ああ、妹が天使だ。
お風呂を出ると、マリーに毛並みを整えてもらったレオンが、ソファでちょこんと座っていた。
「おまえたち、遅いぞ。のぼせたらどうするのだ?」
「あら? その時はレオンが看病してくれるのでしょう?」
レオンはふさふさの尻尾を揺らしながら、「まあな」とそっぽを向く。ふふ。照れているのかしら?
お風呂あがりにレモン水をマリーが用意してくれる。
「お嬢様方。レモン水をどうぞ」
「ありがとう、マリー」
メイのレモン水には、飲みやすいようにストローが添えられている。麦の穂を使って作ったストローは優れものだ。こうすると飲み物が少しずつ飲めるし、小さな子供が誤ってグラスを落とす危険性も少ない。
レモン水を飲みながら、ソファでくつろぐ。レオンとメイはどちらが私の膝の上に乗るのかと、ケンカをしている。
「おねーしゃまのおひざはメイのものなの!」
「おまえが生まれる前から、リオの膝の上は我の定位置なのだ」
言い合いをしている二人を同時にひょいと抱えて、膝の上に乗せる。剣の稽古は毎日欠かさないので、私は意外と力持ちなのだ。
「二人で乗ればいいでしょう。ケンカしないの!」
両膝にそれぞれ天使ともふもふを乗せた私は、実に幸せな気分だ。ああ、癒される。
「カトリオナお嬢様が一番大人ですわね」
私の髪をくしで梳きながら、マリーがクスクスと笑う。
ベッドに横になると、メイはすぐに眠ってしまった。メイの顔にかかった前髪を横に梳きながら、寝顔を見つめる。
「はあ。妹が天使で可愛い」
「リオはシスコンだな」
こっそりと呟いたつもりなのだが、まだ眠っていないレオンが反応する。レオンもベッドで丸くなるとすぐに眠ってしまうのに、今日は起きていた。珍しい。
「レオン、起きていたの?」
「まあな」
レオンがのっそりと枕元から、メイと私の間に入り込んでくる。そして、くるりと回って寝床を作る。
「うむ。落ち着く」
「レオンも可愛い」
もふもふの毛を撫でながら、ふふと微笑む。
「リオは子供の頃から、ずっと可愛いぞ」
頬が熱くなる。好きな人(神?)に可愛いと言われると照れるものだ。レオンは無自覚だろうが……。
「……レオン。そのセリフ、私以外には使わないでね」
「リオにしか言わぬぞ」
このもふもふはイケメンすぎる! 人間の姿は本当にイケメンだけれど……。
「約束を破ったら、人間姿でもリボンをつけてもらうわよ」
「……それは勘弁してほしい」
嫌そうに耳がピクピク動いている。
私もベッドに横になる。領地の自室はやはり落ち着く。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)




