93.侯爵令嬢は納涼祭りの露店で売り子をする
取り分は材料費だけで残りは寄付してもいいというアヤノさんの好意と契約書を受け取って、帰路につく。
「アリシア様、喜んでくれるかしら?」
恥ずかしそうに俯いて、契約書を受け取るアリシア様の姿を想像する。
「喜ぶんじゃないか? 露店の売り子もおまえらが責任持ってやれよ」
「は? 何で売り子までわたくしたちがやらなければいけないの?」
売り子も任せたというトージューローさんに猛抗議するクリスだ。
「交渉を成功させたのはおまえらだろう。それに販売戦略の概要を知っているのもおまえらだ。王女様と有力貴族の令嬢が売り子をするんだ。集客に期待ができそうじゃないか?」
にやりとトージューローさんが笑う。挑戦的な顔をしている。
「ふん! やればいいのでしょう。どこのクラスより売上をあげてみせるわ」
そして挑戦を受けるクリス。トージューローさんはクリスの負けず嫌いな性格をよく熟知している。
「まあ、せいぜい頑張るんだな。じゃあ、気をつけて帰れよ」
背を向けてひらひらと手を振る。トージューローさんは学院に戻るようだ。
クリスと私はタウンハウスの道へと足を向ける。タウンハウスには王宮から迎えの馬車がくるからだ。
「リオ、売り子の経験はある?」
「収穫祭のバザーで少しだけ……」
グランドール侯爵領で開かれる収穫祭でお母様主催のバザーの手伝いをしたことがある。その時に少しだけ売り子をしたことがあった。
「そう。では何とかなるかしら?」
「マスコットとしてレオンを置いておきましょうか?」
もふもふがいれば、女性に受けること間違いなしだ。
迎えた納涼祭り当日――。
アヤノさんが提供してくれたヒノシマ菓子は飛ぶように売れた。
きっかけはお試しでお菓子を購入してくれた魔法学院の女子生徒の想いが叶ったことだった。彼女は前から気になっていた男子生徒にダメもとで納涼祭りを一緒に回ってほしいと例のお菓子を差し出して誘ってみたそうだ。男子生徒は快くその誘いを受けてくれた。
その女子生徒から話を聞いたクラスメイトは早速お菓子を購入して、婚約者に贈った。婚約者と上手く接することができなかった彼女は少しでもきっかけがあればと縋る思いだったという。ところが婚約者はアヤノさんのお店のお菓子が好きで、彼女の贈り物をすごく喜んだらしい。
そんな感じで噂が広がり、お客様が増えたというわけだ。
当初、舟遊びをしている人をターゲットにしていたのだが、今は徒歩で買いに来てくれる人もいる。
「お待たせいたしました。こちらのお菓子を二つですね? 銀貨六枚です。ありがとうございました!」
私は売り子を頑張りながら、クリスの様子をちらっと見ると意外と楽しそうだった。
忙しくなり始めた頃は「売り子って大変なのね」とげっそりとしていたのだが。
店頭に座っているレオンは女性に大人気でもふられている。
「ユリエ、追加のお菓子を持ってきたわよ」
アヤノさんが露店の後ろにお菓子を入れた器を置いてくれる。
「ありがとうございます、アヤノさん」
追加のお菓子をショーケースに並べていく。
「忙しそうね。お昼ご飯は食べた?」
「いいえ。まだです。お客様が途切れなくて……」
露店に並ぶ列を眺めると、アヤノさんが「ふむ」といたずらっぽく微笑む。
「クリスと交代でご飯を食べてきなさい。その間は私が売り子を代わるわ」
「え! いいのですか?」
正直助かる。このままだとクリスも私もお菓子が売り切れるまで、休めそうにない。
「では、お願いできますか? クリス! 休憩に行ってきて」
「リオが先に行ってもいいのよ。わたくしは大丈夫だから」
だが、クリスは売り子をするのは初めてだ。表面上は隠しているが、疲れているのが分かる。
「いいの。クリスが先に行って」
ぐいぐいとクリスを露店の後ろに押す。
「分かったわ。ではお先に休憩を取らせてもらうわね」
近くでクリスの護衛が待機しているはずだ。休憩場所は護衛に任せる。
「いらっしゃいませ」
営業スマイルでアヤノさんが笑顔でお客様を迎える。さすがは本職。慣れたものだ。
「『和み庵』の店主さんだ」
お客様の一人がアヤノさんに気づいたようだ。ちなみにアヤノさんのお店の名は『茶屋処 和み庵』というのだ。
一時間ほどするとクリスが休憩から戻ってきたので、交代して休憩に入る。レオンにもご飯を食べさせないといけないので、レオンも連れていく。
少し低いところにある水路から街道へ上がると、マリーが手を振っている。
「お嬢様、お疲れ様です。昼食を作ってまいりました」
バスケットを二つ持っている。三分の二ほどはレオンの分だな。
「ありがとう、マリー。良かったわ。何を食べようか迷っていたの」
「あちらに公園がございます。そこで召し上がられますか?」
マリーがいう公園とは、噴水があるちょっとした庭園のような佇まいのところだ。
公園の木陰にマリーが敷いてくれた敷物の上に座る。
「ただいま、ご用意いたしますね」
マリーがバスケットの中からいろいろと取り出し、セッティングをしてくれる。
「お嬢様、昼食のご用意ができました。どうぞ召し上がってください。レオン様もどうぞ」
森のローズガーデンのことを思い出した。あの頃が無性に懐かしくなる。
「どうかされましたか? お嬢様」
「ううん。森のローズガーデンでこうやってご飯を食べたことを思い出したの」
「そういえばそうでしたね。領地に帰りましたら、また森へ参りましょうね」
「そうね」
森のローズガーデンは今、ドライアドの乙女たちが面倒を見てくれている。
ふと、レオンを見るとお腹が空いていたのか、ペロリと昼食をたいらげてしまった後だった。
「レオン、もう少しゆっくり食べたら?」
声をかけると、レオンは私をじっと見つめる。
『リオ、この先どうなろうとも我だけはリオのそばを離れぬ』
念話でレオンが話しかけてくる。私が懐かしさに囚われているのに気がついたのだ。
『レオンがどこに行こうとも私が追いかけるから』
『そうか』
レオンは念話でそう返事をすると、くるりと丸くなって眠ってしまった。
気のせいか、背中の小さな羽がちょこちょこと揺れているのが見える。
初めて見る仕草だ。何か意味があるのだろうか? ものすごく嬉しいとか?
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)




