92.侯爵令嬢は納涼祭りの準備をする
季節外れな話です。
一年でもっとも暑い季節がフィンダリア王国に訪れた。
暑いからこそ涼しさを求めようということで、毎年納涼祭りが王都で開催される。
私たち魔法学院の生徒は慈善活動で納涼祭りに参加する。
クラスごとで担当地区を決めて、その場所で慈善活動にふさわしい催しをするのだ。
今はクラスでどのような活動をするか、相談中だ。
「あらためて思うけれど、王都って暑いわよね」
クリスが手をパタパタと振りながら、怠そうにしている。
「うちの領地は夏が短いし、北に位置しているから涼しいのよね」
昨年まで私たちはグランドール侯爵領で過ごしていたので、王都の夏に慣れていない。
制服は濃紺色のワンピースから白いワンピースに変わった。白いワンピースは夏用の制服なのだ。
長袖にするか半袖にするかは自由だ。貴族令嬢は日に焼けるのを嫌うので、大方の令嬢たちは長袖だった。私とクリスも長袖だ。
教室は魔石で温度調整されているので涼しいが、一歩外に出ると、容赦なく暑さが襲ってくる。
「あの……王女じゃなかった。クリスティーナ様、カトリオナ様、何かご意見はございませんでしょうか?」
司会をしていたアリシア様がおずおずと私たちに声をかける。彼女は納涼祭りの実行委員なのだ。ファーガソン伯爵家の令嬢であるアリシア様は、トリアと同じで人前が苦手なタイプだった。
大人しい性格のせいで、面倒な実行委員を押しつけられたのだ。
私たち一年Aクラスに振られたのは王都の水路での慈善活動だった。
どうしよう? 水路の掃除くらいしか思いつかない。
納涼祭りの慈善活動で一番のはずれくじは川から引いている水路なのだ。水はきれいだが、華やかさに欠ける。
「水路には舟を浮かべるのよね?」
クリスが何か思いついたのか、確認するようにアリシア様へ声をかける。
「は、はい。涼むには良い場所ですから」
舟と言っても大きなものではなく、人が三人くらい乗れる小さな舟だ。
「それならば、水路上に露店を開くのはどうかしら?」
「露店ですか? それはどのような?」
クリスから意見が出たことで、アリシア様がほっとする。
今まで誰も意見を出さなかったのだろうか?
クリスと話をしていて、アリシア様の話を聞いていなかった私が言えたことではないが……。
「慈善活動なのだから、お菓子とかどうかしら? 売上金は孤児院に寄付すればいいわ」
舟遊びをして涼を楽しむのは富裕層だ。それなりにお金を落としていってくれる。ではなくて! 寄付金を募ることができる。
「お菓子ですか? どなたか協力してくれるお店をご存じありませんか?」
誰も手を上げない。
「この国の菓子じゃなくてもいいなら心当たりがあるぞ」
それまで教室の隅で黙って聞いていたトージューローさんが助け舟を出してくれる。ちなみにレオンはトージューローさんの足元で寝そべっていた。あの辺りが一番涼しいからだ。
「先生、本当ですか? ぜひ紹介してください!」
アリシア様が泣きそうな顔でトージューローさんにお願いをしている。藁にも縋る思いなのだろう。
放課後、トージューローさんに誘われて、アヤノさんのお店に行くことになった。
「こういうことは実行委員がするものではないの?」
クリスがブツブツ言いながら、トージューローさんについていく。
「つべこべ文句を言わず、黙ってついてこい」
私たちはアリシア様の代わりに納涼祭りで出店するお菓子を提供してもらえないか、交渉をしにいく係に選ばれた。
「アヤノさんは承諾してくれるでしょうか?」
何せ慈善活動なので、売上金の一部は寄付に回すのである。
王室御用達と銘打っているお菓子専門店でもない限り、お菓子のお店はあまり乗り気でないことが多い。利益があまり出ないからだ。
てっきり断わられると思いきや――。
「そういうことであれば、いいわよ」
アヤノさんはあっさりと承諾してくれた。
「ただし条件があるわ」
「何でしょうか?」
私はごくりと唾を飲み込む。
「付加価値をつけて売りたいの」
「付加価値ですか?」
アヤノさんは頷くと、お店の売り物である生菓子を手のひらに乗せる。
「例えば、この生菓子を包む紙には、三十個に一個当たりという文字が入っているのよ」
「当たりが出るとどうなるのですか?」
当たりというからには何かしらあるのだろう。
「好きなお菓子を一個プレゼントするのよ」
「何だと! 我はまだ当たりが出たことはないぞ!」
この話に食いついたのはレオンだ。レオンは猫姿で私の肩に乗っている。
「もふもふ君はくじ運が悪いのね」
クリスがクククと含み笑いをしている。
レオンはこの店の生菓子をすっかり気に入って、学院の帰りに何度も立ち寄った。
しかし、文字が書かれた包み紙を目にしたことはない。
そもそも初めてこのお店に来た時、奢りなのをいいことに遠慮なく食べまくった罰ではないだろうか? 神様に罰というのもおかしいが……。
「うちのお店が提供するお菓子を女の子から男の子に贈ると想いが通じるという付加価値はどうかしら?」
アヤノさんの提案があまりにも突拍子もないので、私は理解が追いつかない。
フィンダリア王国では女性から男性に告白するという風習がない。
私はレオンに告白じみたことをしたけれど……。
「それはいい手だな。彩乃は商売繫盛の神の加護持ちだからな」
トージューローさんが同意する。商売繫盛の神とは名のとおり商売を繁盛させるための神様だとか。
ヒノシマ国には商売繫盛の神様までいるのか。八百万の神様がいるとは聞いていたけれど、本当に何でもありの国だな。
「商売繫盛というよりは恋愛成就に近くない?」
クリスが首を傾げている。
「別に恋愛が成就しなくてもいいのよ。一回デートしてみたいとか、手を繋いでみたいとか、ささやかな願いでいいのよ」
アヤノさんがひらひらと手を振る。
「お菓子を売る時に宣伝してくれればいいの。『願いの叶うお菓子』と銘打ってね」
「でも、願いが叶わなかったら、アヤノさんのお店の評判が落ちてしまいます」
「だから納涼祭り限定にするの。大丈夫! 十人に一人くらいは願いが叶うわよ」
にこりと微笑むとアヤノさんは私の頭を撫でる。
「そんなに上手くいくのかしら?」
クリスは疑わし気だ。
「いや。案外上手くいくかもしれぬぞ。神は人間の願いを叶えたりはせぬが、手助けはする。願いを叶えたい思いが強ければ、人間は我知らず自ら願いを叶えたりするものなのだ」
「レオンちゃんはまるで神様みたいね」
アヤノさんがクスクスと笑っている。実は神様ですとは言えない。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)




