閑話・王太子の思惑
今回は短めの閑話です。
三人称です。
グランドール侯爵領の街道を一台の馬車が、王都に向かって走っていた。馬車には王家の証である鷹の紋章が刻印されている。
リチャード王太子は頬杖をついて、窓から外を眺めていた。何か考え事をしているようにも見える。
「殿下。カトリオナ嬢はいかがでしたか?」
護衛騎士のウィルが話しかけると、リチャードは気怠そうにウィルの方を向く。
「彼女は違うな。鑑定では土魔法の派生魔法『植物魔法』と出ていた」
リチャードは火魔法と風魔法の他に、鑑定を使うことができる。鑑定眼と呼ばれる特殊な眼を持っているものは、魔法属性判定の儀式の判定官になることができるのだ。
「そうですか……しかし、ご子息のジークフリート様のお部屋はともかく、子供とはいえカトリオナ嬢のお部屋まで覗くというのはやりすぎだったのでは?」
リチャードはふんと鼻をならす。高貴な身分の者が女性の部屋を訪れるなど、マナー違反だ。夫婦や兄弟姉妹、婚約者であれば別だが……。
「王族とはいえど、エチケットに反するな。だが、何故か心惹かれたのだ。断られたら諦めるつもりだった」
姿勢を正し、腕を組むとウィルの目を見る。射貫くような視線にウィルはびくっと肩を震わせる。その威厳は9歳の少年らしからぬ王者のものだ。
「ところで、お前の話は本当なんだろうな? 光魔法を使う令嬢が2人いるというのは。最初にキャンベル男爵家を訪れてシャルロッテ嬢を鑑定したが『無属性』だったぞ」
「間違いございません。私は時を逆行してきたのです」
10年後にカトリオナを処刑する時に立ち会った死刑執行人はウィルだった。死刑執行人は死刑囚の遺族の禍根とならないために、白い頭巾を被ることが義務づけられている。カトリオナが彼を見ても何の反応も示さなかったのは、顔が隠れていたからだ。
「お前の話を聞いた時は、にわかには信じられなかったが……」
カトリオナが断頭台の露と消えた後に、雷が断頭台に落ちたのだ。断頭台上にいたウィルは雷に感電して、カトリオナ同様命を落としたのだ。
それを見た民衆はそれまでカトリオナに罵詈雑言を浴びせていたのだが、誰ともなく「光の神が罰を与えられたのだ」「カトリオナ嬢は冤罪だったのでは?」と騒ぎ始めたのだが、それはまた別の歴史の話だ。
「しかし、なぜ処刑された令嬢の顔や名前を覚えていないのだ? おかげで王国中の貴族令嬢を鑑定する羽目になったではないか」
ウィルは感電した衝撃で処刑された令嬢の顔も名前も覚えていなかったのだ。シャルロッテのことは覚えていたのだが。
「雷で命を落とした私は光の帯に包まれました。あれを輪廻転生の輪というのならそうなのでしょう。ですが、途中で歪があり、そこに落ちてしまったのです」
気づけば10年前の世界だったというのだ。現在17歳の彼は王太子の護衛騎士となり、リチャードに時を逆行してきたことを告げ、信用されるために先に起こる出来事を事細かに説明した。
最初は疑心暗鬼だったリチャードもウィルの言うとおりの出来事が起こるために、信用することにしたのだ。
「結果、光魔法の属性を持つ令嬢はいなかったが、シャルロッテ嬢は無属性だ。この先光属性に変わることも考えられる」
「では、婚約者候補はシャルロッテ嬢ですか?」
リチャードは首を横に振る。
「今後、属性が変わる者がいるかもしれないし、光属性の魔法を使える令嬢が生まれるかもしれぬ。確証が得られるまでは婚約者は決めないことにする」
ウィルは処刑された令嬢の顔も名前も覚えていなかったが、冤罪かもしれないという噂のことは覚えていた。今世ではリチャードに同じ間違いを犯してほしくなかったために、意を決して時を逆行してきたことを告げたのだ。
「ところで殿下はグランドール侯爵家のご兄妹を気に入られていたようですね?」
「そうだな。ジークフリートは優秀なようだから将来有望だ。それにグランドール侯爵家は広大な領地を有している。資源も豊富にとれるし、穀物の収穫量も国内一だ。後ろ盾になってくれればと思う。カトリオナ嬢は……」
一旦、言葉を止めたリチャードをウィルは訝し気に見る。
「カトリオナ嬢は可愛いな。社交界の華と謳われる侯爵夫人によく似ている。大人になったら美しく成長するだろうな」
頬を少し染め、9歳の少年らしい顔に戻る。
グランドール侯爵家を訪問した時のことを思い出す。カトリオナはカタカタと震えながらも淑女らしく挨拶をしてくれた。恥ずかしそうに俯いて微笑む彼女を初々しく、可愛いと思ったのだ。
「バラが好きだと言っていたな。今度会った時にはバラを贈ろうか?」
馬車はまもなく王都の領内に入ろうとしていた。
リオが鬼畜王子にロックオンされていますよ。
次回は本編に戻ります。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)