第1話 森にて
気が付くと、そこに立っていた。
見慣れない大地と空気に気圧されて、ただ立ち尽くす。
時間の感覚すらおぼつかず、静寂の中で自分の心音だけがうるさく鼓動していた。
そして、眼前には――。
「あのさ」
「……うん」
「何してんの?」
「……、いや、俺にも何が何だか」
咄嗟にチ〇チンをまたぐらに挟み、手で覆い隠す。
前かがみになったまま、オークに返答した。
オークはため息をもう一度吐いて、目を細める。
「最近な、お前に似たやつがよく現れるらしい」
「似たやつ……というと、人間のこと?」
「いや、人間の中でも黒い髪、黒い眼のヒョロヒョロしたやつらだ。この辺じゃああいう人種は珍しい」
もしかして日本人のことではないだろうか。
状況に脳みそが取り残され過ぎたせいか、不思議なくらい心は落ち着きを取り戻し始めた。
会話を持ち掛けてきた以上、少なくとも、今すぐに取って食われる心配は無さそうだ。
「で、俺の同胞を見るなり唐突に『メラ〇ーマ』だとか『エターナルフォース……なんちゃら』とか言って襲い掛かってきたそうだ」
あ、間違いなく日本人だな、と思いつつ
「それで、その人たちは今どこに?」と聞いた。
「食ったさ。身は少ないがなかなか美味かったぞ」
その言葉を聞いた瞬間、ぞくりと背筋が冷たくなって、後ろに飛びのいた。
しかし不運にも木の根っこに躓いて転んで腰を打ち「あぅん」と情けない声が漏れた。
オークは三度目のため息を漏らして、こちらを手で制す。
「あのな、勝手に縄張りに立ち入って、急に襲い掛かって来られたらふつう殺すだろ」
と続けた。
その言葉に妙に納得してしまいそうになって、
「それは……」と言いよどんだ。
確かに理屈はその通りだが、だからといって同意はできなかった。
認めてしまえば対面の相手が異形の怪物だということを思い出してしまうからだ。
「で、今回もどうせ人間が何かしに来たんだろうとやってきたものの……、そんな情けない恰好されちゃやる気が削がれちまったよ」
蒸し暑かった森にそよ風が吹いて、股間がいっそう涼しくなった。
「ま、お前なら別に害もなさそうだし今回だけ見逃してやる。ついて来な」
オークは背を向けて自らが歩いてきたけもの道を指さす。
「……ああ、ありがとう」
どうやらこの森から抜ける道を教えてくれるらしいので、素直に従うことにする。
どのみちあんなものを敵に回したくないし、そうする他なかった。
俺はちん〇んをもう一度股に挟んで、すり足で彼についていった。