第25話 再び
僕はノームと共にサーベレオンが出てきた洞窟前の茂みで待機している。
あたりは静まりかえり、後方から吹く風の音と葉が擦れる音のみが聞こえていた。
アルヴィン、シャーロット、ブラッドがサーベレオンを追っていき、僕たちはここに残ったのだ。
僕たちが付いていくと全員が余計なリスクを負いかねない。
そんな中、ノームが口を開いた。
「ケント? あの3人は本当に大丈夫なの? ボクは心配なの……」
ノームは僕の肩に座り不安げな表情を浮かべている。
確かに客観的に見れば、アルヴィンたちは戦いに不利だろう。
ここはサーベレオンとって非常に有利なフィールドだ。
小回りが利くため木々の間を自由に動き、素早い動きで茂みや木の陰に身を潜め、死角から瞬時に襲うだろう。
それでも僕は確信を持ってノームに言う。
「あの人たちなら大丈夫ですよ。さっきのソイルファングとの戦いで彼らの実力をノームさんも見たでしょう? サーベレオンになんて負けませんよ」
ノームは僕の眼を真っ直ぐに見ながら少し考える。
「……うん。確かにそうなの。ボクも3人を信じることにするの!」
ノームは笑顔を見せ始める。
その時
ジャリッ
何かの音がした。
僕はすぐに剣を構え臨戦態勢に入るが、ノームは状況についていけず唖然としている。
「ノームさん! 茂みに何かいます!!」
僕の声を聞き、ハッとしたノームもあたりを見回した。
ガサッ
「あっちなの!」
揺れた茂みを指差すノーム。
茂みの中に鋭く光るものが見える。
(あれは2つの眼だ)
眼光が茂みの奥へ消え、茂みの揺らぎが少しずつ移動し始める。
(襲うタイミングを図っているのか)
「ケント、気をつけてなの!」
(音と茂みの動きにさえ注意していれば大体の居場所は把握できる)
そう考えていると一瞬強い風が吹く。
「「「「「ガサガサ、ザワザワ」」」」」
全方位の茂みが大いに揺れ、葉の擦れるざわめきが僕たちを包み込んだ後には怖いくらいの静寂が訪れた。
(しまった! 今の突風に紛れて移動されたのか!)
僕は完全に敵を見失ってしまい、周りを警戒するが敵の居場所を把握することができない。
前か後ろか、それとも左か右か。
どこにいるか分からないため下手に逃げることも叶わない。
一分一秒が永遠とも感じられ額に冷や汗が浮かんでくる。
(ブラッドさんに言われたじゃないか。落ち着けと。まずは落ち着かなければ)
周りを警戒しながら深呼吸をし、心を落ち着かせる。
「……!? ケント! 上なの!」
ノームが叫ぶため上空を見上げると、木の枝から僕に向かって飛びかかる金色の姿が眼に映った。
先程アルヴィンたちが追っていった個体よりも一回り小さく、無駄な筋肉が削ぎ落とされた、細く流線を描くような身体をしている。
僕は咄嗟に剣を構え金色のモンスター、サーベレオンの牙を受け止める。
ガキン!
牙と剣がぶつかり合う。
そして
キン!キン!
2本の剣が根元から折れた、否、切られてしまった。
「なっ!?」
咄嗟に身体を捻り何とか牙を交わす。
僕は驚きで眼を見開きサーベレオンを見ると一瞬笑ったように見えた。
が、すぐに獲物を狩るハンターの顔に戻り咆哮をあげる。
「ガァァァァァ!」
大きく吠えたかと思うと僕へと飛びかかってくる。
僕は剣が切られたことの衝撃で反応が遅れてしまった。
サーベレオンの牙が僕の眼前へとせまる。
「ロックウォール!」
ノームが叫び、地面から岩の壁が現れサーベレオンと僕との間のわずかな空間を塞ぐ。
サーベレオンは物怖じせず、その牙でいとも容易く切り崩すが、一瞬の間ができたため回避に成功する。
「ロックウォール!」
再びノームが魔法を叫ぶ。
今度はサーベレオンの周りに先程よりも分厚い岩の壁がせり上がり、半円状になってサーベレオンを囲む。
(す、すごい!)
ノームの思わぬ力に僕は止まってしまう。
「何してるの、ケント! 今のうちに体勢を整えるの! 一旦逃げるの!」
今度は僕がハッとなりその場から走り出す。
「でもどこへ向かえばっ?」
「そこの横穴に入るの! この辺の洞窟は迷路のように入り組んでいていろんなところに繋がっているの!」
ノームの指示を受け、急ぎノームを抱え上げながら洞窟へと走っていく。
洞窟の中は天井が意外と高く空が見えている箇所もある。
そのため外からの光が所々差し込んでおり、真っ暗ではなく薄暗い雰囲気に包まれている。
「さっきのロックウォールもそんなに長く持たないの。それにそのうち追いかけてくるの。でもここなら横道もたくさんあるからすぐには追いつかれないと思うの」
「ノームさん、魔術を使えたのですね。戦わないようなことを言っていたからてっきり。それにロックウォールは土の壁を作る魔術では? さっきのは岩でしたよね?」
「これでも上位精霊なの。それに魔術は同じ魔術でも使う者の魔力や練度によってある程度の応用が効くの。それにボクは戦いが怖いだけで全く戦う力がないわけじゃないの。土の魔術なら一通り使えるの。でも怖いのは仕方ないの」
ノームは自信なく話しており、心なしか身体が震えている。
「ノームさんは充分勇気がありますよ。今回のクエストにも付いてきてくださいましたし、何より先程はノームさんのおかげで僕は助かりました。僕なんかブラッドさんに落ち着けと言われていたのに咄嗟に動けなかったですから。助けてくださりありがとうございます」
「そう言ってもらえるともう少し頑張れそうなの」
「ええ! 一緒に頑張りましょう!」
僕とノームは走りながら2人で考えを巡らせるのだった。