第24話 サーベレオン
サーベレオンは木々を掻き分けながら山の中、エサとなる獲物を探す。
鼻をピクピク動かし匂いを探すのに集中しているようだ。
すると匂いを見つけたのか一点を見つめ始め、さらに鼻息を荒くする。
やがて確信に変わったのか匂いの元へ移動を開始した。
しばらく移動すると鹿の群れを見つけたようだ。
茂みに身を隠しながらギリギリまで近づいている。
モンスターであるサーベレオンにとって、ただの鹿など逃すはずもない、確約された獲物だった。
思わず口からはヨダレが垂れ始める。
群れのうち1匹に狙いを定め、タイミングを計る。
狙った獲物が反対を向いた瞬間勢いよく茂みから飛び出す。
何匹かの鹿は音に反応し走り出す。
が、サーベレオンが狙った個体は音ではなく周りの動きを見てから動いたため反応が一瞬遅れる。
周りが走り出した理由に気付いた時点では手遅れだ。
もっとも、サーべレオンに狙われた時点で運が尽きかけていたが。
サーベレオンに噛み付かれる、まさにその瞬間、サーベレオンの身体が左へと吹き飛ばされた。
鹿はサーべレオンに噛み付かれない状況を確認することもなく、本能にしたがいその場から全速力で逃げていった。
一方サーベレオンは一体何が起きたか分からず動かないでいる。
否、右の後脚に痛みがあり直ぐに動けずにいるのだ。
サーべレオン自身が吹き飛ばされた場所を見ると赤い髪の人間がその場に立っていた。
ケントとノームを洞窟の入り口に待たせ、アルヴィン、シャーロット、ブラッドはサーベレオンを追跡する。
もちろん気づかれないよう慎重にだ。
先程と同様、シャーロットとブラッドはインビジブルとウインドの魔法を使って気配と匂いを消している。
「なぁ、ブラッド?」
「なんだ?」
アルヴィンが小声でブラッドを呼ぶ。
「ケントには『俺たちに任せろ』とか言っていたけど実際どうするよ?」
ブラッドは自身の考えを説明する。
「この場所は地形的にサーベレオンの方が有利だ。向こうは素早い動きで木々の間をすり抜けて攻撃してくるだろう。対してこちらは木が邪魔でいつものように動けない。お前の大剣は動きが制限され持ち味を発揮出来ず、俺は広範囲攻撃魔法が使えない」
「そうよね。戦うなら拓けた場所に出てからでないと厳しいわね」
アルヴィンはなるほどと頷き自信満々に答える。
「よし! じゃあ、俺がアイツを違う場所へおびき出す!」
「大丈夫か、アルヴィン?」
「ああ。『俺に任せろ』ってね」
アルヴィンはブラッドの言い方を真似して言っている。
憎たらしい様な笑顔をブラッドに向けて……。
サーベレオンが鹿に近づくと同時にアルヴィンも近づいていた。
前もって素早さをあげる『イニシアチブ』という支援魔術をシャーロットにかけてもらっている。
サーベレオンが口を大きく開き、鹿に噛み付こうと飛びかかった時、アルヴィンはサーベレオンの真後ろに来ていた。
そして噛み付く瞬間、アルヴィンの蹴りがサーベレオンの右後脚へと叩きつけられた。
鹿は一目散に逃げていき、サーベレオンが吹き飛び地面へ横たわる。
サーベレオンはすぐには動けない様で顔だけ動かし、アルヴィンへと鋭い眼光を向けた。
サーベレオンはアルヴィンを確認すると怒りで吠える。
「ガオォォォォォォン!」
エサにありつけるところを邪魔されたのだ。
脚の痛みを抑えサーベレオンは立ち上がる。
するとそれを確認したアルヴィンは身を翻し、一直線に走り出す。
サーベレオンは逃すまいとアルヴィンを追いかけ始めた。
だがアルヴィンはシャーロットの魔法で速さが上がり、かたやサーベレオンは走る要でもある後脚を負傷している。
その差が縮まることはなかった。
すると突然アルヴィンが立ち止まる。
山の中腹にある湖畔だ。
周りには邪魔になる木々は何もない。
ジャリッ
サーベレオンの背後から足音がする。
サーベレオンはハッとして後ろを振り向く。
青い髪の人間がその場に立っていた。
予定通り、サーベレオンをおびき出すことに成功した。
「良くやった、アルヴィン」
「だから任せろって言ったじゃないか」
「そうだな」
2人は構えを取る。
アルヴィンは大剣を、ブラッドは手をかざし魔力を高める。
サーベレオンは怒りを抑え冷静に瞬時に判断する。
2対1の戦いは不利。
ならば逃げ道の確保が優先だ。
明らかに武器を持っている眼の前の赤い髪の人間は無視し、丸腰の青い髪の人間の方へと駆け出した。
「おっと、俺から簡単に逃れられると思うなよ。『アイスウォール』」
ブラッドが魔術を唱えるとアルヴィン、ブラッド、サーベレオンを囲むように分厚い氷の壁ができる。
サーベレオンは氷の壁に怯んで立ち止まってしまう。
「本来は防御用の術だが魔力と訓練次第ではこんな使い方ができる」
ブラッドはサーベレオンから逃げ道をなくす。
「ここなら山火事の心配がないな。『ファイアダーツ』」
ブラッドが魔術を唱えると複数の炎の矢が構築されサーベレオンへと向かっていく。
サーベレオンは後方へと飛び下がりそれを避ける。
「やぁぁぁ!」
後方にいたアルヴィンが大剣を振るうが、サーベレオンは首を動かし、その牙で大剣を受け止める。
ガキンッ
「っ!なんて硬いんだ!」
アルヴィンは一度さがり、構え直す。
チラリと大剣を見ると刃こぼれを起こしている。
かたやサーベレオンの牙には傷1つ付いていない。
「ガウ」
サーベレオンは勝ち誇った表情を浮かべている。
「これはまさに『刃』が立たないってやつだな」
アルヴィンは苦笑いをしながらそんなことを呟く。
「これならどうだ!『アイスボール!』」
直径50cm程の丸い氷の塊がサーベレオンに向かっていく。
するとサーベレオンは避けずにアイスボールに向かって走り出す。
そしてその二本の牙でアイスボールをスパッと切り裂いた。
「ガオォォン!」
「くっ!」
ブラッドは思考をめぐらし次の手を考える。
そして手を空に向けて掲げ
「ファイアボール!」
火の玉が空へ放たれた。
サーベレオンは一瞬呆気に取られているが、直ぐに吠え始めた。
「ガオォォォォォォン!」
「こっちだ!」
アルヴィンが駆け出し大きくジャンプして大剣を振りかぶる。
サーベレオンは再び後方へ飛び跳ねてその剣を避ける。
それを見てニヤリ。
ブラッドが魔術を唱える
『アースクエイク!』
突如辺りの地面が揺れ、サーベレオンの着地地点の地面が崩れる。
「グガッ!」
着地し体制を保とうとするが右後脚が痛みバランスを保てない。
「今だ、アルヴィン!」
「これでチェックメイトだ! はぁ!」
ズシャッ!
アルヴィンの大剣がサーベレオンの心臓を一突き。
サーベレオンは断末魔の叫びを上げる間も無く絶命した。
「シャーロット、さっきはありがとな!」
「ああ、助かった」
「お安い御用よ」
サーベレオンを討伐した後3人はそんな会話をしていた。
シャーロットは直接の戦闘には参加しなかったものの、戦いをサポートしていたのだ。
先程空に向けてブラッドが打った1発のファイアボール。
あれが合図になっていた。
合図を確認したシャーロットは氷の壁の外から魔術を唱える。
『テレパシー』
これは特定の対象の人物たちの意思を、魔力を通して言葉を交わさずに伝え合わせることができる。
だが使用者の魔力消費が大きく、かなりの集中力が必要で長時間は使えず、また限られた範囲でしか使えない。
何より対象者たちのことを良く理解していないと使えない魔術だ。
それは何故か?
対象者達の魔力の波長を把握し、自身の魔力を使って無理矢理合わせる必要があるからだ。
魔力には指紋の様に人によって微妙な違いがあり、それを魔力の波長と呼ぶ。
テレパシーを使うためにはその波長をピッタリと合わせる必要がある。
Aの魔力とBの魔力があり、そのままでは2つの魔力の波長が合わさることはない。
それらを合わせるためにBの魔力にCの魔力を混ぜ合わせ、擬似的にA’の魔力を作り出す。
Aの魔力=A’の魔力という構図を作り出してこそ、テレパシーの魔術が発動するのだ。
術の発動も実戦で使うことも一朝一夕で出来ることではない。
アルヴィン達が積み重ねてきた歴史が使用を可能にしているといっても過言ではない。
今回はサーベレオンが氷の壁に覆われていたため、自身が狙われることなく魔術の使用に集中することができた。
「ところでこのサーベレオンはさっき鹿を狩っていたらまた洞窟に持って帰ったのかな?」
アルヴィンの両腕には討伐したサーベレオンが抱え上げられている。
ケントに見せるんだと言ってアルヴィンが運んでいたためだ。
「何よ急に? 多分そうじゃないかしら? ソイルファングにもそうしていたみたいだし。それが何?」
「いや、なんでその場で食べないのかなと思って。いちいち持って帰るのは面倒だと思うけどな」
アルヴィンの話を聞き、ブラッドに良くない考えが浮かぶ。
(まさか……!?)
「2人とも急いで戻るぞ!」
そう言ってブラッドは走り出した。
「え、おい!」
「ちょっと待ってよ!」
後ろから付いてくる2人の声を遠くに聴きながらブラッドは必死に走るのだった。