第23話 モンスターの正体
「この引きずった跡は一体どこまで続いているんだ?」
「さぁね。このモンスターの住処じゃない? わざわざ捉えた獲物を運ぶくらいなんだから」
今の会話はアルヴィンとシャーロットだ。
僕たちは先程、モンスターの痕跡を見つけたため追跡をしている。
30分ほど進むと洞窟の入り口らしきものが見えてきた。
血とモンスターを引きずった跡は洞窟の中へと続いている。
アルヴィンが小声で指示を出す。
「みんな止まれ。シャーロット。ブラッド」
「ええ」
「分かっている」
3人で即座に合図しあい、シャーロットとブラッドが魔術を唱える。
「インビジブル」
「ウインド」
2人が魔術を唱えると周りの空間が明らかに変化し、異様に静まり返る。
アルヴィンたちは眼の前にいるが、上手く認識ができない不思議な感覚に襲われる。
そして僕たちの周りには緩やかな向かい風が吹き始めた。
先程までの風向きと明らかに違う。
今までは追い風だったのだ。
「……これは一体?」
僕が思わず質問すると、まずはシャーロットが答えてくれる。
「インビジブルはその名のように姿を消すわけではないの。消すのは姿ではなく気配よ」
「気配?」
「そう。どんな生き物にも必ず気配が存在するわ。喜怒哀楽。つまり喜び、怒り、悲しみ、楽しみ。他にも殺気、恐怖心、呼吸音、心音。感情や身体の動きからどんな生物でも眼には見えない気を発するの。よく人の気配がするとかいうでしょ? 弱肉強食という大自然の中で日々生きるモンスターたちはそんな気配にとても敏感よ。私の使ったこの魔術は一定の空間にいる者のそんな気配を妨害するの」
次にブラッドが答える。
「俺のウインドは風魔術で風を起こし人為的に風上と風下を作り出した。俺たちの匂いが風に乗って洞窟内に入るのを防ぐためだ。気配がなくとも嗅覚の優れたモンスターには匂いでバレてしまう」
ブラッドは簡単に言ってのけるが普通はここまでは出来ない。
広範囲に魔力を放出、更にはそれを持続的に維持するなど膨大な魔力と精密なコントロールが必要だ。
こうして話している間も途切れることなく風を起こしている。
そしてそれはシャーロットも同じだ。
この2人は魔術師として相当努力してきたに違いない。
Aランクパーティの実力を身をもって経験し唖然としてしまう。
「ほら、ケント。いつまでも驚いていないで近くの茂みに隠れるぞ。いくら気配や匂いを消しても姿を見られたらアウトだからな」
アルヴィンに促され僕たちは茂みへと隠れる。
「なかなか出てこないわね」
「静かに待て」
「だって〜」
シャーロットがぼやき、それをブラッドが注意する。
洞窟を見張りながら僕は3人について質問をする。
「3人はどういう経緯でパーティを組んでいるんですか?」
「俺たちか? 俺たちはもともと同じ村の幼馴染なんだよ。子どもの頃に村がモンスターに襲われかけてな。その時冒険者の人に助けてもらったんだ。それで俺たちも冒険者になってモンスターと戦おうと思ったんだよ」
「私たちは村に来る冒険者から色々教えてもらったわ。アルヴィンは剣術、私とブラッドは魔術の使い方や魔力コントロールを。暇さえあれば練習していたわ」
「強くなければ何も守れないからな」
「なるほど。そんな昔から鍛錬しているから今の強さがあるんですね」
「ケントだってすでにBランクなんだし、すぐにAランクに行くさ。それにいつでも俺たちが指導してやるよ」
「はは……ありがとうございます」
(さっきの2人の魔術に追いつける自信がないよ)
愛想笑いを浮かべながら相槌を打っておく。
しばらく待っていると洞窟から何かが姿を現した。
洞窟内の薄暗さから最初は姿が分からなかったが、だんだんと陽の光に照らされて姿が明らかになる。
金色の美しい毛並みと立派なたてがみを持つライオンの様な容姿に、犬歯となる2本の牙は鋭く長く伸びている。
そんなモンスターが洞窟の入り口で立ち止まって辺りを見回している。
その姿を見てアルヴィンが名前をつぶやく。
「あれは『サーベレオン』じゃないか」
「サーベレオン、ですか?」
「本来はもっと険しい山岳地帯に生息しているんだがな。もちろんモンスターとしてはかなりの強さを誇る」
僕はサーベレオンを改めて観察する。
体長は3m程だろうか。
その金色の身体は美しさとともに畏怖を抱かせるには充分だ。
鋭い爪はもちろんだが、一番の武器はやはりその牙だろう。
長く鋭い牙は研ぎ澄まされた刃のようだ。
まるで美しい刀身の刀をそのまま牙にしたようだった。
その牙はどんなものでも易々と切り裂き、紙のように貫通するだろう。
その時僕の記憶が蘇る。
(僕が以前倒したハングリーべアには大きな歯型が残っていた。そして犬歯の部分が貫いていた。もしかしてこいつに襲われたからあんなに怒っていたのか? 長い冬眠から起き出したら自分が襲われ、エサになりかけたことに怒りを覚えて)
(ハングリーベアですらあんなに強かったのに、それが逃げ出すほどの強さ……)
サーベレオンの強さを想像し恐怖で体が震え始めてしまう。
(やばい。身体が……言うことを聞かない)
全身が震え上がり、上手く動けない感覚に襲われる。
身体の震えを抑えようとするが全く止まらない。
すると突然後ろから声がした。
「…………ケント、まずは落ち着け」
「えっ?」
ブラッドが優しい口調で話しかけてくる。
「まずは深呼吸だ」
「は、はい。スー、ハー、スー、ハー、スー、ハー」
ブラッドの言葉に従い深呼吸を行う。
「そうだ。そのままゆっくり続けろ」
深呼吸によって身体中に酸素が行き渡り、だんだんと恐怖で張り詰めていた気持ちが落ち着いていく。
「よし。いいか、ケント。俺は冒険者として最も重要なことは落ち着くことだと思っている。落ち着かなければ不測の事態になったときに的確な判断が出来ず、又、身体も動かずそれが命取りとなる。相手が強敵ならば尚更だ。無理に動こうとするな。……焦りや恐怖心というものは誰にでもある。もちろん俺やアルヴィン達もだ。しかしそれは悪いことじゃない。大切なのはそれを如何にコントロールするかだ。それができればお前はさらに成長できる。それを頭に入れておけ」
ブラッドの話を聴いているうちに身体の震えは止まっていた。
「……はい。ブラッドさん、ありがとうございます」
そんな僕の様子を見ていたブラッド、シャーロット、アルヴィンが満足気な表情を浮かべていた。
そんな中
「あ、動き出したの」
サーベレオンを見ていたノームが声を発した。
辺りを見回していたサーベレオンが移動を開始したようだ。
それを確認したアルヴィンが全体に指示を出す。
「とはいえ、今回はケントとノームはここで待て。2人は元々案内役だからな。俺たち3人でアイツの後を追い奇襲をかける。倒せないモンスターではないし、人が襲われる前に対処する」
アルヴィンは真剣だ。
相手がサーベレオンとなると僕は足手まといになり、皆んなを危険に晒すかもしれない。
「分かりました。気をつけてください」
僕は頷きながら答える。
「私たちなら大丈夫よ。あれくらいのモンスターなら何度も倒しているわ。ね、ブラッド?」
「あぁ。俺たちにまかせろ」
3人はサーベレオンの後を慎重に追っていった。