第19話 お花見
現在の時刻は夕刻。
僕とカレンは待ち合わせ場所へと向かう。
今日は町を北に出たところにある川沿いのセツナ並木にて、町主催のお花が執り行われる。
年に1週間しか咲かないセツナの花は鮮やかなピンク色をしており、満開の姿は見るものを圧倒する。
町主催ということで町おこしも兼ねており、近くでは出店も開かれていて、とても賑わっている。
町の外のためモンスターが出る可能性もあり、そのため希望したギルドの冒険者たちが交代で見張りをしている。
歩合が普段より良く、また冒険者たち専用の場所取りもしてあり、見張りの時間以外になれば花見もできるため人気なのだ。
そんな中、見張りの交代などの時間をギルド職員が伝えてまわっている。
冒険者の中にはほっておくと時間を忘れて騒いでしまう者がいるのでギルド職員も数名参加して管理しているのだ。
そんな中にいつも受付にいるフレイさんがいた。
普段と違い、白い私服に身を包んでいる。
首からはギルド職員と分かるようプレートが下がっていた。
「フレイさん、こんにちわ」
僕が挨拶し、隣のカレンが軽く会釈する。
「ケント様、こんにちわ。本日はそちらの可愛らしいお嬢様とデートでしょうか?」
フレイさんは僕とカレンを見て尋ねてくる。
カレンは少し顔を赤くするが隣にいる僕からは見えない。
「いえ、デートではなく今日は友人たちと待ち合わせをしているんです」
カレンが少しがっくりしているが隣にいる僕からは見えない。
「……左様でございますか。それは失礼いたしました」
フレイさんがお辞儀をした。
ホントいつも礼儀正しい
「フレイさんがギルド以外にいるのは初めて見ますね。受付はいいのですか?」
「ええ。今日の受付は主に新人の者が担当しております。こちらは新人には大変ですから」
そう言ってフレイさんは視線を動かす。
周りを見ると冒険者の中にはすでに酔い潰れた者やどんちゃん騒ぎをしている者たちが見られる。
きっと彼等の対応もギルド職員が行うのだろう。
酔っ払いの相手をするのは新人では荷が重そうだ。
「大変そうですね……」
「ええ、とても……」
フレイさんは目に見えて肩を落とす。
ギルド職員も大変なようだ。
僕は労いの言葉を掛けつつ、フレイさんのところから移動しようとすると
「あっ、ケント様!」
珍しくフレイさんが声をあげる。
不思議に思い僕が近づくと、フレイさんはカレンに聞こえないように話しかけてくる。
「……いいですか、ケント様。これはギルド職員としてではなく私個人からのアドバイスです」
いつものように丁寧に、そして毅然としていた態度で話していたフレイさんが急に顔を緩める。
「女の子にはちょっとした気遣いや言葉遣いが大切よ。相手のことを良く見てあげて、ちゃんとケントがリードするの! 頑張って!」
砕けた口調になりとても可愛らしい笑顔を向けてくる。
普段見せないその笑顔は満開のセツナよりも輝いて見えたのは僕だけの秘密だ。
待ち合わせ場所に着く間にいくつかの知り合いグループに出会う。
ブルーム亭の面々はキャロル、バリー、アーロンさん、オードリーさん。
そこにはちゃっかりとアルヴィン、シャーロット、ブラッド、そして何故かエリアルまで参加していた。
理由を聞いてみると
「いつもブラッドがお世話になっているから是非にって誘われたのよ」
「誘ったのは俺じゃない、こいつだ」
ブラッドが否定しつつ、アルヴィンのことを指し示す。
「だってお前、調べ物があったりするとすぐ図書館。欲しい魔導書あるとすぐ図書館。お礼の1つや2つしたってバチはあたらないだろ? なぁ?」
アルヴィンはシャーロットへ同意を求めるため、シャーロットが答える。
「まぁ、お世話になっているのなら確かにお礼は大事よね。ただ、私たちも誘われた側なのにアーロンさんに確認していなかったのはどうかと思うわよ?」
シャーロットはジト目でアルヴィンを見る。
「うぅ、そのことに関しては謝るよ。アーロンさん、すいませんでした」
申し訳ないと思ったのか素直に謝るアルヴィン。
「なぁに、いいってことよ。飯は大勢で食った方が美味いからな。なぁ、ケント! お前たちも食っていくか!?」
僕が答えるより早くアルヴィンが口を開く。
「そうだ、食べていった方がいい! めっちゃ美味いぞ!」
にこやかに笑いかけてくるが
「あんたは調子に乗らない!」
怒られたためションボリしているアルヴィンはさておき、料理を見るとさすがは町指折りの料理人たち。
どれもこれも美味しそうだ。
だが
「嬉しい申し出なんですけど、チェスターたちを待たせているので。すみません」
「そうか、じゃあ俺からの差し入れだ。いくらかもってけ!」
アーロンさんはお皿にいくつかの料理を乗せ僕に持たせてくれる。
僕とカレンはありがたく受け取ることにした。
「 「ありがとうございます!」」
次に会ったのはアーサー、ルナ、ムーン、アレックス、ダリウスだ。
「こんにちわ、皆さん。今日はアーサーさんもいらしているんですね」
「あぁ、本来なら病院に残るはずだったんだけどね。無理矢理連れてこられたんだよ」
と言って肩を落とすアーサー。
「何言ってんだよ、アーサー。ここだってモンスターが出て怪我人が出るかもしれないだろ。いざという時のために医者がいた方がいい」
「そうだよ、アーサー兄ちゃん。アレックス兄ちゃんのいうとおり。それに病院で何かあればうちの母ちゃんが知らせてくれるよ」
さすがは兄弟。
見事な連携でアーサーを論破する。
「先生は真面目すぎだよ。もう来ちゃったんだから楽しまなきゃ! ねぇ、ルナ?」
「え?あっ…そう…ですよ…。たまに…は…いいと…思います…」
こちらの姉妹も追い打ちを掛ける。
ルナは前髪で目元が隠れているため感情が分かりづらいが、今日はいつもより早口になっている。
アーサーがいることが嬉しいようだ。
よく見ると口角がすこし上がっている。
「わかったよ。みんながそこまでいうなら楽しませてもらうよ」
アーサーが根負けし気持ちを切り替えたようだ。
会話をほどほどにし、チェスターたちの元へ向かう。
「2人とも遅かったじゃないか」
「そうよ、待ちくたびれたわ!」
僕たちはチェスター、エイミーと合流した。
2人は大きな桜の下で場所取りをしており、料理を食べずに待っていてくれたようだ。
「ごめんね、2人とも。途中でいろいろとお話をしていたから」
「でもほら、おかげでアーロンさんから差し入れをもらってきたよ」
カレンと僕はアーロンさんからもらった料理を2人に見せる。
ブルーム亭の面々が作ったものだ。
味は保証されている。
「おっ。美味そう!」
「じゃあ早く始めましょう!」
2人は機嫌を直してくれたようだ。
「「「「カンパーイ」」」」
僕たちはお花見を開始した。
皆ジュースを飲み、料理食べて舌鼓を打つ。
全員お酒を飲めるが、モンスターが来ないとも限らないためジュースにしている。
「いやぁ、満開のセツナは風情があるなぁ」
「えっ?チェスターって花より団子だと思っていたけど違ったのね」
「どういう意味だよ、エイミー」
「もちろん、そのままの意味よ」
「僕もそう思ってたよ」
「私も」
エイミーの言葉に僕とカレンが同意する。
「みんなひどいな!」
その場に笑いが生まれる。
桜と食事を楽しんだ僕たちは荷物を片付けている。
片付けながらエイミーがつぶやく
「なんか食事の減りが早くなかった?」
「そうか? 気のせいだろ?」
「もっと用意していたつもりだったんだけどなぁ」
「きっとエイミーの一口が大きか『バシッ』いてっ!」
チェスターが頭を叩かれた。
それを見ている小さな視線の主が笑っていたが誰も気づかない。
片付けを終え、町へ向かって歩いている。
するとチェスターが
「俺とエイミーがアーロンさんのところに皿を返しに行ってくるよ。料理の礼も伝えたいから。な、エイミー」
「そうね、だから2人は先に行ってね」
と言って、2人はその場を離れていった。
あの2人は何だかんだで息ぴったりなようだ。
その場に取り残される僕とカレン。
先程のフレイさんの言葉を思い出す。
(相手のことを良く見てあげて、ちゃんとケントがリードするの!頑張って)
「カレンさん。今から僕とデートしませんか?」
「えっ?」
カレンの表情は驚きに満ちていた。
僕とカレンは再び花見をしていた川沿いに戻ってきた。
人混みからすこし離れた場所にあるベンチに座り桜を見ている。
春とはいえ夜は少し肌寒さを感じる
「急にデートってどうしたんですか?」
「カレンさんとゆっくりと話をしたいと思いまして」
カレンを見ると不思議そうに僕を見ている。
首元にはプレゼントしたネックレスをつけている。
いつでも付けてくれていることが無性に嬉しい。
「この町は本当に良い町ですね」
「えぇ、みんないい人ばかりですから」
「僕は今までいくつかの町を旅してきましたが、ここまですんなりと僕を受け入れてくれた町はなかったですよ。住人たちみんなとても暖かくて本当に居心地が良いです。それこそずっと昔から住んでいたように感じます」
「それはケントさんがいい人だからですよ。町のために頑張ってくれている。どんなことも一生懸命取り組んでいる。だからみんながケントさんを受け入れてくれるんですよ。それはフロスト牧場も私も同じです」
カレンが笑っている。
「フロスト牧場は来たばかりの僕を家に置いてくれました。それがなかったら僕はここまでこの町に溶け込んでいなかったと思います。それにこの町での生活はとても新鮮で楽しいですよ」
「ウチとしてもケントさんが手伝ってくれて助かっているんですよ。お父さんも喜んでいますし」
そう話すカレンはフッと悲しそうな表情をする。
「……私としては、ワンダーが帰って来てからも牧場にいてもらいたいんですけどね」
「……もともとワンダーが帰ってくるまでの護衛と言うお話でしたし、いつまでもご厚意に甘えるわけにはいかないですよ」
「そう……ですよね。無理を言ってすみません…………」
カレンは辛そうに俯いてしまう。
僕はそんなカレンの手に自分の手を添える。
「えっ?」
「僕はフロスト牧場を出るけど、この町を出るつもりはありません。僕はこの町が気に入っているんです。チェスターがいてエイミーさんがいて、そしてカレンさんがいる。他にもこの町で出会った人みんなが大切なんです。だから安心してください」
カレンを安心させるため、ゆっくりと、そしてはっきりと僕の気持ちを伝える。
「……分かりました。ケントさんを信じます」
「ありがとうございます」
しばらくの間、無言で見つめ合う。
唐突にカレンが口を開いた。
「……あの……。一つわがままを言って良いですか?」
「?。 何でしょうか?」
カレンは少し上目遣いになりながら
「ケントさんはみんなに対して分け隔てなく関わっていて、基本的に敬語で話されているじゃないですか? 相手を敬っているからだと思いますし、ケントさんの良いところだと思います。ただ、できれば私にもチェスターと話している時みたいに敬語を使わないでほしいです」
カレンからの予想外のお願いだった。
「えっと、カレンさんが嫌じゃなければ……」
「大丈夫です! その、ちょっと特別な感じがするのでそうしてほしいです」
カレンの顔はセツナの花のようにほんのりピンクかかっている。
「……わかったよ。これからもよろしくね」
「ええ!」
カレンは嬉しそうにしている。
「じゃあ、そろそろ寒くなってきたし、風邪をひかないうちに帰ろうか?」
「はい!…………あの、この手は?」
カレンはピンクがかっていた顔を赤くし、僕の手がずっと添えられている自分の手を見る。
「えーと、カレンさんさえ良ければ、このまま帰らない? デートらしくさ」
カレンは一瞬、えっ? とした顔をするがすぐに理解し
『はい! 喜んで!』
僕たちはフロスト牧場に着くまで手を繋いで帰った。
満開のセツナの並木道を会話に華を咲かせ、その手にしっかりと互いの温もりを感じて。