緑の章(弌)
酒場の二階に宿泊した後、オレガノとアイル、そして僕は、次の目的地を定めるべく朝食もかねてビスケット屋にいた。何でも赤の国ではパンのように親しまれており、ドーム状のビスケットに様々な料理を包んだ『惣菜バスコ』は、子どもからお年寄りまで広く愛されている。
中でも目を引くのがハーゼンプフェッファー入りバスコだ。ハーゼンプフェッファーとは、勤勉でまじめな大男が陰界からやってきて広めたとされる料理だ。なんでも、ウサギの血肉と岩塩とハーブを使ったシチューだそうだ。それをシュークリームの生地状にしたビスケットで包み、温めたものなのだが、これが滅法旨い。
寒期の今頃にはとてもありがたい食べ物だ。よくよく考えてみると、その大男はもしかしたらドイツ人なのかもしれないな、と脳裏の片隅で考えながら、今後の方針について考える。
「それで、どの事件から調べようか」
「地理的には黄の国が一番遠いよ。でも……」
「アイル、言わんとすることはわかる。事件の重大性から考えたら、第一小聖山大学の同時発狂事件が一番やばいのは確かだ。だが、一番きな臭いのは」
僕はオレガノと目を合わせ、うなずき合った。アイルも辛そうにため息をつく。
「「「【最後の楽園・サルマ村】で起きた『連続失踪事件』」」」
僕らの間で痺れ切ってしまいそうなほどの緊張が閃いた。ほどなくして各々の理由で頭を抱え込む。
なにせ、鼻が曲がりそうなほど嫌な予感がするのだ。ひとりでに人が消えるといったたぐいの事件に碌なものはない。
少々素っ首をふらつかせながらオレガノが顔を上げた。
「決まりだな。なぜあの事件だけ、特定の差別主義者に手加減が加えられたのか。この事件全体の例外を衝けば、何か手掛かりが得られるかもしれない」
オレガノは、あごひげをさすりながら渋面をあらわにした。無理もない。彼ほどの体躯に恵まれた者もそう多くはないだろうし、仕事を豪快にこなしていく熱冷併せ持った性格のありようの持ち主からすれば、『仕事ができる人間としてあの村に行く』ということ自体考えさせられることも多いのだろう。直接的な表現を避けるのもうなずける。
「……私、何か気が重いな」
「ああ、オレガノみたいに健康な奴がどんな目にあうやら……。考えただけで胸がむかむかするぜ」
「言ってくれるなよ。俺だっていやなんだから」
決まったものは仕方ない。というわけで、昼前にはさっさと出払って出立することにした。
馬車に揺られて約四時間。はてさて緑の国の僻地にたたずむ最後の楽園『サルマ村』には、どんな優待が待っているだろうか。それともニワカとののしられるだろうか。不安で胸がつぶれそうである。