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白きエルフに花束を【初版】  作者: 宝島 登&玉城つむぎ
青の章
14/15

青の章(参)

 「オレガノっ、今この辺に居るか!?そうか。なら、今すぐ来てくれっ。アイルが六族連合にさらわれた。大至急今すぐだ!いいな?!」

 まさか護符が、オレガノとの通信手段になるとは思わなかった。

 維持神の御主様から渡されたときは疑心暗鬼だったが、どうやら空間魔法を応用した術式が編まれているらしく、精度が非常に高い。何かあった時には重宝するだろう。


 僕は地の底まで届きそうな深い坑道を潜っていた。

 辺りはひやりとした空気に覆われ、苔むした岩肌に触れる度に寒気がする。少なくとも生き物の類は存在しないようだ。

 しばらく進んで行くとドーム状のだだっ広い岩場に着いた。どうやら行き止まりのようだ。

 その中心に見覚えのある白い人影と、六つの黒い影が佇んでいた。壁際に沿って半円状に彼女を取り囲んでいる。その一団に素早く駆け寄り―――――――。飛びずさった。

 何故なら僕が今しがた立っていた場所に、巨人の首をも落とせうるギロチンが虚空から降ってきたからだ。その質量の暴力はドームの岩盤を一瞬で叩き割った。

 「挨拶も無しに近寄るんじゃねえ―ッヨ!!素っ首叩き落とすぞ、この土人がァ!」

 どうやらこの礼儀知らずがギロチンを召喚したらしい。黒いローブの下に八つ裂きになったモンゴルの民族衣装みたいなのを身にまとい、太ももには無数の拷問用のペンチや小型チェーンソーが括り付けられている。

 「カッテナ、止めなさい。観客様に失礼ですよ?特等席でご覧になるんだから、ちゃんとしてなきゃ」

 青みがかかった白いシンプルなドレスの上にを黒いローブを被った女性が、処刑狂いを嗜める。年のころは18歳か、瞳は透き通るような氷色だ。だがよく観察すると、振る舞いと年齢に言語に化しがたいちぐはぐさが存在する。その様が一層不気味だった。一体何十年生きてきたのだろう。

 「だけどヨー!ネルサ姐。不躾な奴は僕様も含めて【断☆罪】したいんダゾー!それでもダメ?」

 その口が唐突に閉じたのは、眩暈による錯覚でではなかった。その口に果物が放り込まれたからだ。

 「全く。うぬのように血の気の多いものは好けるが……、またガタガタ言わされたいのであるか?」

 着流しの剣客がカッテナに説教を食らわせた。食い物で黙らせるのもいつものことなのだろう。他の三人がげたげた笑い飛ばし、冷やかしまくる。ドームに喧騒が瞬く間に溢れ出し―――――。

 「―――――静まれッ!!」

 その鶴の一声で空気が一転した。彼らから表情が一瞬にして消えた。視線が僕に集中する。陳列された色のない六対の目が、僕の顔に穴を空けかねないほどじっと見つめる。

 「レイヤ、お前がここに居るという事は何という幸運だろうね?」

 「何が言いたい?アイルを連れ去って何をするつもりだ?」

 おぞましき静寂の中、僕の問いに氷室はただくつくつと忍び嗤うのみ。

 「聞きたい事があるなら彼女に聞けばいい。そうだろう?アイル・インよ」

 聞きたいことなら山ほどあるが、もはや核心を衝くほかない。状況がそうさせるのだ。僕はためらうことなくアイルに問いかけた。

 「アイル、心配したんだぞ。それに、君に聞きたいことがあるんだ。どうか答えてほしい」

 彼女は白い髪をたなびかせ、僕に背を向けたまま何も答えない。

 「まず一つ目に、君の言動や行動、君の周りで起こる出来事の全てが【不自然】だった。サルマ村の事件だってそうだ。加害者側の破壊神があんなことをしてあいて手心を加えるとすれば、そもそもの性根が優しくないとそんなことはしない。しかも、サルマ村で村長さんが消えたときに、世界が悲鳴をあげたみたいな感覚に襲われた事があった。あのとき、『君はまるで破壊神のようにその場の出来事を否定していた』」

 後ろから足音が近づいてくる。ブーツが大地を叩く音。鎧のような金属音が地面を打つ音。そして軍靴が木霊する。セレナさんが呼んだ援軍が近づきつつある。アイルは無言を貫き、尚も問いに答えようとしない。

 「それだけじゃない。被害者にはある共通点があった。『君にとって不都合な人だけ』が一連の事件で消されている。あの会議での資料を読み返したことがあったけど、あまりにも恣意的に犯人が選ばれすぎている。これが事前の話通り、理性をなくした君のお兄さんの仕業なら不自然としか言いようがない」

 今にも緊張の糸が切れてしまいそうなほどに、空気がピンと張り詰めている。

 「教えてくれ、アイル。僕らの旅の目的は、君のお兄さんを探すことだった。でも、【本当は、君のお兄さんなんて最初から実在しないんじゃないのか?】」

 「…………。ふふっ、ふふふっ、はははっ!レイヤ君ったら、何を言ってるの?お兄ちゃんなら」

 アイルが、後の天井を指し示す。

 「こーぉんなに沢山居るじゃなぁいッ!」

 岩肌が姿を変え、シロアリの如く無数の『(ウロ)』に変化(へんげ)した。

 「う、ひ、ああ、わあああ!!やっぱり、やっぱり僕は騙されていたのかっ!」

 「レイヤ、大丈夫かッ!?クソ、間に合わなかったか!!」

 オレガノがようやく援軍を引き連れて参上したようだ。隣にはサエリとコウが付いている。

 「破壊神よ。こいつらはあんたの兄さんを消すつもりみたいだぞ?」

 「やぁっぱりねぇ。ひどいなあ。みんな寄ってたかってお兄ちゃんのこと差別するんだ?」

 アイルの目が、氷室にそそのかされるたびに人ならざる輝きを宿していく。暗く深くどこまでも続く白い闇に染まっていく。異常だ!そばであらぬ嘘を囁かれているだけだというのに、みるみるうちにアイルが魔人化していく。

 「違うだろう!差別するも何も【ソレラ】は人間じゃないっ!目を覚ませ、アイル!」

 「オレガノさん、あれはもう完全に目がイッてしまっている。呼びかけても多分無駄だろう。ボクはああいう犯罪者を多く相手してきたけど、もうああなってしまったらぶちのめすまで大人しくはならない。」

 「嘘だッ!!あの子は話せばちゃんと素直に聞いてくれる子なんだよ!だから、ちゃんと声は心に届くはずだっ」

 尚もオレガノは食い下がる。

 「無理なものは無理だって言っているだろう!?キミこそ目を覚まさないかっ!!」

 オレガノはサエリに喝破されると、気圧されて押し黙ってしまった。アイルがその様子を、濁った眼で見つめていた。

 「なんで、みんな私のこと信じてくれないの……?私は何も嘘なんかついてないのに!酷い、酷いよッ!【タスケテェ、オニイチャァァァァァン‼】」

 岩肌に擬態していた白影が、アイルを空中に竜巻じみた突風を撒き散らしてアイルの胸のペンダントに集束し、強烈な一閃を放った。その凄まじい白光(びゃっこう)を誰も直視できなかった。

 土煙と凄風が晴れた後に、そこに立っていた者は――――――――――――。

 「【私は、破壊神ゼ・ノ=アイル・イン。この世全てを否定する者】」

 少女は天際の星々と一切の月白をその身に宿し、プロミネンスを身に纏った神の化身と化していた。オレガノやサエリが、眼球が消し飛ばされそうなほどの後光を前に恐れ慄く。

 「うあ、ぁ、眩しい!目が潰れそうだ!」

 「あ、あれはアイルなのか……?夢を見てるとしか思えん」

 そうか。これが彼女の正体であり、質問の答えなのか。これでようやく裏付けが取れた。

 【彼女は『否定の権能』によって己の記憶を改竄していた】のだ。

 とにかくここは冷静に対処しなければならない。相手は神の名に取り憑かれた愛する人だ。

 返答を間違えれば、確実に消される。何より一番大好きな人に殺されるなんて嫌だ。もしかしたら存在自体否定されて形も残らないかもしれない。それだけは、それだけは嫌だ。その逡巡を彼女は静かに、だが、理不尽に破った。後光を僅かに抑えた破壊神は、僕に御手を差し出した。

 「あなたへ祝福を与えましょう。私の祝福を受け入れれば、この破滅の光をまとった私とでさえ、触れ合い、愛し合うことができるのです。さあ、さあっ!」

 破壊神アイルは、僕にあくまでも優美に、そして傲慢にも眷属になるつもりはあるか、と究極の選択を迫った。ああ、ダメだ。このままでは、アイルが完全に別の何かになってしまう。

 激情が僕の全身の血管を、出口が無いウォータースライダーのように駆け巡る。過呼吸発作と診られてもおかしくないほど呼吸が荒い。半身が引きちぎられるかと思うほど、心が苦しい。

 「ご、めん。まず、君のことは、何があっても好きだ。けれど、君の様な、大ホラ吹きは、僕はどうしても許せないよ。何より、君は、二度と人を傷つけない、という僕との約束を破った。だからその祝福は、受け取れない。【信じていたのに何で裏切ったんだよ。この嘘つき】」

 唇をかみしめて搾り出すような声色で告げる。

 精一杯、僕は愛しいものを見るような目で優しく睨みつけた。

 それは、神となった彼女の愛を拒むことに等しかった。

 「そう……。レイヤ君まで、私のことをそんな風に思っていたんだ。……なら、私は、私から幸せを奪ったこの世全てを否定するまで!」

 その瞬間こそが分水嶺といえた。前線で破壊神の発言を聴いていた指揮官が全弁護隊を瞬時に配置した。

 「全機盾隊、用意!全隊、突撃ィ!!」

 「ウオオオオオオォォォ!!」

 車軸を流したかのような蛮声と共に、アイルを包囲すべく鶴翼陣を維持したまま二千人にも及ぶ精鋭たちが雪崩れ込む。それを受けて、六徳衆に氷室がサインを示した。

 「―――――やれ」

 氷室の指示を受けた六徳衆が、弁護官の軍勢に躍りかかる。十人もの弁護官が、ネルサによって氷のレイピアで氷漬けの串刺しにされ、二十人の弁護官が虚空から降ってきた剣によって地面に磔にされて、何の前触れもなく消し炭にされる。大量の髪が焼けたかのような激臭が充満する。このようにして被害は加速度的に増していった。

 その時だった。不意に握り絞めていた護符から不協和音が鳴り響く。

 「『ウォ・ラハ・レバンティノ・へーレ』」

 維持の護符を触媒とし、空間転移魔法を用いセレナが次元を超えて僕らの元へやってきたのだ。

 「【わたくしは維持神ラ・ガルデ=セ・レナ!この世全てを保護する者】!」

 維持神セレナはあらゆる事象からの干渉を防ぐ銅色に輝く鎧を身に纏い、右手に世界書を携え、幾百の神代の栞を盾として従えていた。

 「【ゼ・ノ=アイル・イン以外の人間は一切存在しない】」

 破壊神の御言葉が、この世全ての人の子の存在を象った巨大な人形(ひとがた)と、矛を模った渦巻く紅炎として具現化した。

 「【森羅万象は存在し続ける】」

 維持神の森羅万象を守護する御言葉によって、無数の神代の栞が寄り集まって、巨大な人形を守るために大盾という形で具現化した。僕は二つの意味での矛盾を目撃してしまった。

 第一に、栞の大盾と紅の矛が空中にてぶつかり合ったために、文字通り矛盾した。

 第二に、矛盾はそれだけにとどまらず、権能同士が干渉し合ったためにさらに矛盾した。

 人域をはるかに超えたすさまじい事象のパラドクスが、二柱の姿を万華鏡のように変えていく。

 それぞれの身が、矛盾に耐え切れず存在の輪郭線を失っていた。

 「「アアアアアァァアアアッァァ!!」」

 その二柱の天を引き裂かんばかりの絶叫は、正しく世界の断末魔に等しかった。

 「オレガノォォ!!あれはきっと【事象のパラドクスのせいで存在が消えかけている】んだっッ!!

 このまま、こんな無茶苦茶な戦いを続けさせたらっ、世界そのものが、この矛盾の歪みに耐え切れずに吹き飛んで滅びるぞッ!!」

 僕はあらんばかりの声を振り絞り、遥か背後に立っているオレガノに向かって叫んだ。

 「訳分かんねぇよッ!!じゃあ俺にどうしろってんだ!!」

 「僕に考えがある!!あの矛と盾へ僕を投げ飛ばしてくれ!!」

 オレガノは瞬時に何かを察したのか、大きく頷いた。

 「解った!絶対に死ぬなよ!!」

 オレガノが、両腕に機盾を嵌めて上方に構え、もう片方はジェット噴射するために後方に構えた。

 「この盾まで走れェェェッ‼」

 オレガノの叫びに応え、僕は紫電の如くオレガノの元まで駆け抜ける。

 「『ウォ・ラハ・ボルカノン・バスタ』ァッ‼」

 オレガノの最高位炎魔法『ボルカノン』により、盾に飛び乗った瞬間、後方に構えた機盾砲が活火山のように噴火。

 オレガノと僕は、作用反作用の法則に支配され、爆風の威力に上空に吹き飛ばされた。

 「行っ、けェェェェェェッッ‼」

 空中に浮きあがったまま、さらに盾を踏み台にして大跳躍した。

 僕は爆風の勢いに乗って、矛と盾の衝突点に力の限り護符を叩きつけた。

 その瞬間、光の矛が鼓膜が吹き飛びそうな大音を立てて、粉々に砕け散った。

 「クソッ!お前ら、引くぞ!」

 事態の急変を悟ったのか、氷室が六徳衆を引き連れて弁護隊に突っ込んでいく。破竹の勢いを増しながら弁護隊の包囲網を突破し、地上への通路へ駆け抜けた。

 『ウォ・ラハ・ドルデ・フォル・デン』

 オレガノと僕はS磁場を纏い、着地点に強力なN磁場を形成した。

 結局、S極とN極が反発し合って、滑り落ちるような恰好で難なく着地した。

 そして振り返ると、元の姿へ戻り始めたアイルがその場に力なく(くずお)れた。

 「はあっ、はあっ。アイル(がな)しぃッ‼」

 やはりそうだったのだ。

 この護符は、破壊神の真名を封印するためのものだったのだ。

 しかも能力者ごと封印するように作られた、残酷無慈悲な魔道具だった。

 僕は、青い封印の光に包まれた彼女の元へ迅雷の如く駆け寄る。

 「……レイヤ君、ごめんね」

 その罪人のような瞳には、もう許されることは無いだろうという、諦めと絶望が澱のように渦巻いていた。

 「そんな、そんなの、謝るのは僕の方だッ!君は悪くない!」

 叶わないと知りつつも、また何時もみたいにアイルの言葉を打ち砕コウとする。

 「世界や色んな人を、無かったことにしちゃおうとしたのに、レイヤ君は優しいなぁ……」

 嘘にまみれた僕の否定を拒むように、アイルは穏やかに(わら)った。

 嗚呼、やはり君はこのまま、全てを抱え込んで逝ってしまうのか。

 腹の内側に淀んだ昏い感情が逆巻く。耐えられない、耐え難い、耐え切れない。

 「……私はね、レイヤ君が嘘吐きを許せないように、私はどうしても私から全てを奪った……、差別主義者の住むこの世界が許せなかったの。

 だから私は、私と、私を取り巻く世界の全てを都合よく変え続けた。でもね、……ふと気づいたら、私の心はぐちゃぐちゃに壊れていたんだ」

 アイルは紗のかかった虚ろな目で虚空を見つめる。

 「そうか……ッ、何もしてあげられなくてごめん……っ」

 アイルは僕の瞳を満ち足りた表情で真っ直ぐに見据え、そっとかぶりを振った。

 「そんなことないよ。私の元にレイヤ君が現れてくれた。それだけで、私は十分幸せだよ。

 あと少しだけ、贅沢を言うとすれば……。レイヤ君に赦してほしいの」

 その意味が彼女のすべてのことだとすぐに気づいた。言われるまでもない。僕はアイルのすべてを赦したい。その気持ちが表情に見て取れたのだろう。

 すっかり安心したアイルは彫像になりかけた指で、ふわりと僕の頬をなぞり、止めどなく溢れる(なみだ)を掬い取る。彼女の全てを、ただ喪いたくない一心で、かすかに残る体温に縋りつくように、包み込むようにアイルの手を取った。

 「僕は、もっと君と一緒に居たかった……!君に何度裏切られて信じられなくなったとしても、僕は君を愛している!本当なんだよ、信じてくれ、アイリ!」

 「……ありがとう。私も永遠に愛してるわ」

 アイルの指先が、四肢が、身体が、急激に熱を失っていく。石に、変わってしまう。

 「待て、待ってくれよ、逝かないで!」

 「信じているよ、レイヤ君」

 彼女は別れを告げると、物言わぬ岩の塊へと姿を変えた。

 「……ぁぁアイリィィィィィィィィィィッ!!」

 胸の内側から、心臓を突き破るような絶望に、僕は慟哭した。

 「アイリの嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つきィ‼嗚呼ぁぁぁ!!

 ずっと一緒にいるって言ったのに何でまた約束破るんだよぉ……!!

 助け手なんかに全部僕の事を丸投げしてッ!!今まで君を守ってきたのは何だったんだッ?!

 じゃあ僕は一体なんのために生まれてきたァッ!?

 この拳で、この脚で、明日から何を守ればいいッッ!?

 嗚呼、アアッ、ワアアアアアアッッ!!」

 周囲は一切見えていない。ただ目の前に見えるのは、僕のことを本当の意味で愛してくれた人の、変わり果てた姿だけだった。

 「アァッアッアッアッアァッ……‼アァッアッアッアッアァッ……‼糞ッ、糞ッ、貧糞ォッ‼」

 ただ、ただ、泣き叫んで、喚き散らして、のたうち回った。

 「ううぁ、ぁ、あっ、っ……、ッ……‼」

 泣いて、哭いて、涙を流し切った。もう、立ち上がれない。これは、幸せを願った天罰だ。僕の様なものが――――。

 「――――――全く、馬鹿だねえ」

 誰だ?僕をあざけるやつは?周囲を見回すと、弁護隊が六徳衆と氷室を追うべく、地上へ去っている最中だった。こいつだ。僕を馬鹿呼ばわりした奴を見つけた。殺意が籠った視線をサエリへ突き刺す。彼女は喜劇のツッコミ役もかくやといった様子で、呆れ果てていた。

 「君の信じた未来は幻だった。彼女も君といつまでも幸せに暮らすなんて望んじゃいなかった。じゃあ、何故、情死なんて選択肢を選んだと思う?」

 知るかよ、絶望に溺れて地獄に堕ちたかったかっただけだろうが。そうしないと気が狂いかねないから。無視を決め込んだ僕の振る舞いにサエリはますます呆れたようだ。やれやれと首を振り、僕の前に黒いスラックスを穿いた脚をM字に開いてしゃがみ込む。

 「少し考えればわかる事だ。彼女はある頃から君とお互いに共依存に陥っている事に気が付いた。そして先ほどの『信じている』という台詞。それを合わせて考えれば……?」

 「――――――まさか」

 つまり彼女は、自分というぬいぐるみを手放して、僕に大人になってくれることを願っていたというのか?なら、そんな想いにも気づかず、優しいヒーローぶっていた僕は―――――。

 「馬鹿だねえ、実に馬鹿だねえ。この期に及んでやっと気が付いたのかい?アイルというイドラに目が眩んだ(ユクサ)ー(うそつき)君?」

 そういい終わると、彼女はおかしくてたまらないのか、地べたに転げまわって腹を抱えて笑い転げた。足を振り回してもがき苦しみ、うきょきょきょきょきょーっと奇々怪々に笑っている。

 茫然自失、ここに極まれり。まさに狐に包まれたかのようだ。僕は何て間抜けなんだろう。

 僕は衝動に身を任せて、もう動かないアイルの側に寄り付いた。

 「……『フォエイテ(白き)ヤラフーン(エルフに)フローブン(花束を)』」

 起句を省略した呪文を唱え、地面に転がっていた破片から石の花束を作った。

「君がこの世界にいなくても、僕は前を向いて生きる。

 だから僕は、生まれ変わった君に会いに行くと、この拳にかけて誓うよ」

 大切な人を失うと、真っ先に忘れる思い出はその人の声だと言う。

 僕は、彼女との思い出も、交わした言葉も、その笑顔と声でさえ、きっと忘れないだろう。

 「――――さよなら、アイリ」                    

 僕はそっと告げ、アイルの墓標にその花束を捧げた。

                            前編『白きエルフに花束を』完


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