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白きエルフに花束を【初版】  作者: 宝島 登&玉城つむぎ
青の章
13/15

青の章(弐)

どうも一番合戦 仁です。

前半はコミカルに後半は急展開という仕上がりとなりました。

新キャラも登場して物語はますます加速していきます!

皆さん最終章までお見逃しなく!

よろしくお願いします!

                     《1》

馬車が星の湖に到着したころには、アイルは完全に憔悴しきっていた。体力も相当落ちているようで、顔つきも心なしかげっそりしている。額には玉のような汗が滲み、口の端からは血が零れている。もはや一刻の猶予も無い。サエリが関所で入国手続きでもめているようだ。病気療養のために入国するには制限があるらしく、必死に交渉している。

 『ウォ・ラハ・ブリーザル・トォ・ニル』

 水中でも息ができるように二人分の潜水魔法をかけておいた。これで一週間の間は持つだろう。感電する恐れがあるので、磁力魔法以外は使えないことになる。雷魔法を使った疾走は禁じ手の内に入るだろう。条件が条件だ、もはや一刻の猶予も無い。やっとの思いで諸々の入国手続きを済ませ、一気に湖底王国目指して星の湖へ飛び込んだ。

                     《2》

 まず真っ先に駆け込んだのは青の国一の大病院だった。幸い、急患扱いしてもらえたお陰で一命はとりとめた。

 だが、その後が問題だった。

 「申し訳ありませんが、保護観察対象者の方の入院はお断りさせていただいております。ここから二十分ほど歩けば、医療刑務所がございますので、そちらに伺っては如何でしょうか」

 もう、誰の助けも借りられなかった。強いて言えば、サエリの手を借りられるだけか。彼女はこの世界に来て日が浅く、余り世情に通じていない。

 冬峰は、元の世界へ帰る方法を調べに回っている。つまり、こちらにはまだ来れない。

 路銀も底をつき、次の年金受給までの食事代しか持ち合わせがない。それも、何とか切り詰めてやっとである。絶望的な状況の中、なけなしの金で車いすを買い、アイルを医療刑務所まで運び切った。オレガノが側にいないことでごたごたしたが、六族連合の襲撃を制圧しようと別れたきりだ、と説明すると心当たりがあったのかようやく納得してくれた。

 そんなこんなで僕は診察室に通され、医者から以下のような診断を下された。

 「受刑番号000番は適応障害に伴い、風土病に罹っています。このままだと、順当に死ぬでしょう」

 ……コイツ、完全に足下見ているな。こき下ろす気満々ですって顔に大書きしてあるぞ。背後に権力冴えなけりゃとっくに締め上げているものを……。

 「処置は?」

 「はぃ?」

 「オイテメコラ責任果たす気無いなら職務怠慢で訴えっぞ?そういやテメエ獣医の資格もあったよな?オイ普通の医者として裁かれるか獣医として裁かれるか選べよホレ選べよ」

 一気に畳みかけるように凄むと、流石に良心が痛んだのか藪医者の顔から変な汗が少しずつで始める。サエリが目聡く診療デスクをジロリと睨めつけると、案の定書類が散らかりっぱなしになっていた。その中におかしなメモがある。

 「ほほぅ。おたく、面白いもの隠しているんだね。何さ、この十万ゼルが出たの入ったのって?ぅぅん?」

 よくよく見ると、そのメモには賄賂の証拠となりかねない内容がずらりと列記してあった。ご丁寧にまあ、計算すると見事に六がどうのという意味になる。そういう符丁が使われているので、大方六族連合の有力者にでもコネを作っている最中なのだろう。

 「ちょ、勝手に漁らないでくださいよっ」

 藪医者が必死に書類を奪い返そうとしてくるが、そんなものにかまっている暇などあるはずもない。

 「うわー、出るわ出るわ。闇献金の証拠の数々。おたくの一族、相当でかいでしょ?おまけに手広く商売やっているならイメージがモノを言う事くらいわかるよねえ?これ民衆にばらまいたら暴動ものだよ?あ、ちなみにお上とはコネがあるし、ボクを消すつもりなら覚悟しろよ?あ゛?」

 そいつは相当肝がちっちゃかったようで、サエリがブラフを混ぜて脅し、そばで僕が闘気を叩きつけただけで簡単におじけづいた。

 「あ、あんたが関わるようなことじゃないだろう!告発したって無駄だからなっ」

 「ほぅ、なら刑法第689条の一項、重罪犯逮捕権を役所に事後申請するが、それでもいいのか?これ、いったん発動したら報奨金に目が眩んだ馬鹿どもにシバキ回されっけど?」

 そうなのだ。国民の重罪を犯した証拠を、国内に滞在、または在住する人類が見つけると、任意のタイミングで役所に届け出を出しさえすれば、その重罪犯を追跡する権利が生じる。そこで何らかの危害を加えられた場合や、逃亡中の重罪犯が別の罪を犯した場合、場合にもよるが殺害許可が出る場合もあるし、そうでなくとも正当防衛として認められるケースも少なくない。悪くてせいぜい過剰防衛で科料か、一年半の懲役程度だ。こいつに逃げ場はない。

 「ぐ、……ぬぅ」

 「あいにく僕は先を急いでいるんでね。あんたがどんなあくどい事をやっているかなぞ一かけらの興味も無い。見逃してほしけりゃ……、さっさと僕の連れに加療せいや、クヌ(この)フラー(バカ)ガ」

 絶え間ない言葉の暴力に耐えかねたのか、医者の目から反抗の色が消えうせた。まあ、ここまでやる必要はなかったのだが、それにも訳がある。

 というのも今の今まで彼女をあからさまに差別してくる奴はなかなかいなかった。言うと悪いのだが、アイルに対する差別というのは、表面上では穏やかだが、局所的に極端な悪意を伴って顕在化する。実際強いか、それとも自分たちが一番強いと思い込んでいる奴らが閉鎖的な社会を構築すると、その傾向は指数関数的に顕著になっていく。

 個人レベルで差別する奴なんて、居てもせいぜい魔人化で起きた事故で家族や親友あるいは恋人を殺されたか、大切なものを壊されて喰われたかのどちらかで怨みを持ったり、あるいはその評判が伝播して、フランシス・ベーコンで言う所の市場のイドラ、いわゆる噂という形を伴って偏見として広まっていく過程で差別主義が根付く程度だ。集団的な差別はお上や権力者がやることである。

 つまり、コイツはその部類に見事に入ってしまうのだ。だからこそ許せない。どんな手を使ってでも叩き潰したくなってしまったというのが本音である。

 「わ、わかった。ちゃんと治療するから許してくれっ。いえ、お許しください!」

 医者はみじめったらしく土下座を決め込んだ。ようやく自分が格下だと誤解してくれたようだ。

 まあ、そんな事があって、ようやくアイルを入院させることが出来た。無論その後たっぷり強請って、国内随一の大病院に入れてもらった。事情が事情なのでさらに予備で持っていた元の世界の書籍を掴ませてさらに特患部屋に入れさせた。無論、シリーズものなので、続きが読みたければ延々僕のいう事を聴くしかない。コイツは欲に忠実なので、それを利用して逆に僕が足元を見返してやった形になる。人間欠けているものを手に入れると、どうしてもある程度は揃えたくなってしまう心理がある。通常それは希少価値の高い物であればあるほど揃えたくなってしまうので、異界の書籍が手に入りにくい今の時流を完全に味方につけられた。

 ともかくオレガノが青の国に到着するまで待っているのは論外だ。出来る事はあらかたやってしまった方が効率がいい。そして僕はサエリと手分けして、維持神のおわす聖域、『青の国王立図書院』へ向かうことにした。

                     《3》

 図書院の前には大きな庭が広がっていて、その周りを格子が囲っているという形になっている。

 『正門』と呼ばれるその柵の扉は上質なミスリルで出来ており、 本やカラスなどの知識の象徴などが象られている。

 ここまでの圧倒的な存在感があればどんな見る者の目を止めずにはいられないだろう。

 故に意識しないでも視線が吸い込まれてしまいそうだ。

 僕は海藻のような植物が生えた大きな庭を駆け抜け、図書院の正面玄関にたどり着いた。

 「ふーん、近くで見ると立派な建物だな」

 磨き上げられた大理石でできた階段の上に、三棟の白亜の塔が束になって樹齢1万年の大木のごとき存在感を放っている。

 その威容は圧巻の一言に尽きる。

 早速扉の鍵穴に鍵を差し込み、扉を開いた。

 館内は全体に潜水魔法『ブリーザル』がかけてあった。

 どうやら、これで本が濡れないようにしているらしい。

 図書館に酷似した施設だと聞いた時から決めていたことがある。

 扉を開けたら目を閉じて深呼吸しようと、そう決めていたのだ。

 「思った通りだ」

 古書特有の落ち着く香りがする。

 この香りがとても好きなのだ。

 古書の香りは僕に対して八百萬の精神安定剤を凌駕する程の効能を発揮する、と言っても過言ではない。

 そしてそこに百合の花のような香りが――。

 百合の花?

 「えっとさ、すごく言い方悪いと思うんだけど、何時まで玄関の前でクンクンしてるのかなーって思っちゃったりするのよね」

 誰もいないはずの場所から聞き覚えのない人の声がしたので目を見開くと、真っ赤なアカデミックドレスを着たエルフの女性がいた。

 その女性は僕の鼻と自分の鼻がくっつきそうなので、とても困った顔していた。

 「うわあっ!ごめんなさい、失敬しました!まさかいきなり人が現れるとは思わなかったもので」

 慌てて女性から弾かれたように離れた。

 女性はそんな大げさな反応にクスクスと苦笑して、何だか頭がよく見えそうな眼鏡をかけ直した。

 「いいのよ。それより、自己紹介しなくちゃね。わたくしの名前はセレナ。苗字が『セ』で名前が『レナ』よ。この図書院の院長兼司書長をやっているわ」 

 「あ、院長さんでしたか、お勤めお疲れ様です。あ、そうそう、 粗品ですがお納めください……」

 いそいそと惣菜バスコの詰め合わせを差し出す。

 「これはまたご丁寧にありがとうございます……。って、あなた今は何歳よ?」

 「十六歳ですが何か……?」

 「若っ!その年で成人のマナーを身につけてるとか、あなたどれだけ大人びてるのよ!?」

 まあ、良く言われることは確かだが、そこまで驚かれるというのも心外ではある。かといってあからさまにむっつりした顔をするわけにもいかないので顔の皮肉を引きつらせるにとどめた。

 「それより立ち入ったことを聞くようだけども、あなたは複雑な事情を抱えていて、普通では調べられないことを調べに来たのでしょう?」

 「え、こちらこそ失礼ですが、何故そこまでわかるんですか?」

 僕はやや警戒した顔で訝しんだが、セレナは全く気にも留めずにむふふーっと笑う。

 「そんな怖い顔しないの!せっかくのイケメンが台無しよ?」

 「な……」

 何をおっしゃいますかというつもりが、絶句してしまった。

 初対面の異性に対して『イケメンが台無し』などというセリフを吐けるとはこの女性は一体どういう神経をしているのだろうか。当の本人はというと、そんな僕の意など露ほども解さず、薄いとも厚いとも言い難いビミョーな胸を張りながら滔々堂々と語りだす。

 「単純なことよ。この世界の森羅万象のほとんどの情報がこの図書院に集約されてるんだから、誰しも他に調べる方法がなければ最終的にはここに行き着くことになるでしょう?。

 それにあなたたちのその困った顔を見れば、火を見るより明らかってわけ!」 

 何故そう言い切れるのかというよりも、僕の思考を読めたこと自体が驚きだ。

 「なんでそう言い切れるかわからないと云った顔してるわね」

 また心中を読まれてしまった。

 「ゆ、(ユクシ)だろーっ!」

 「ふふっ、面白い人!ますます協力したくなっちゃった。さあ、まずは中に入って!きっとびっくりするわよ!」

 「わわわわ、ちょっと、ちょっとっ」 

 望んではいたものの、背中を無理やり押されて強制入場である。

 

              《5》

 「何だ、この本棚!もうこれは、本棚っていうよりもう塔じゃんか!」

 僕の目の前に広がる光景を一言で言うと、内壁に本がびっしりと納まった摩天楼といったところだろう。

 足場の中央には十二人は寝転べそうな革張りの丸いソファーがでんっと居座っており、僕はそれにとても強い既視感を覚えた。

 確か、この椅子の四方形版を羽田空港かなんかで見たことあるような……。

 「ふふん!ほらね、びっくりするって言ったでしょう?でも驚くのはまだ早いわよ!さあ、椅子にかけてちょうだい」

 セレナが舵のような装置に手を掛け、ガラガラと勢い良く転がすと、上へ上へと足場が昇り始めたではないか。

 「これ完全に昇降機じゃん!」

 図書室とエレベーターが組み合わさったような、とんでもない代物である。

 余りの大仕掛けに、僕はというと(マブイ)が抜けてしまいそうだ。

 「大閲覧室へ参りまーす!」

 慣性の法則に逆らった結果、ご丁寧に鐘の音、衝撃音と素っ頓狂な叫び声は、珍妙な到着音となって書物の塔に反響した。

 「とーちゃーっく!さあ中に入ってね」

 「は、はぁ……。中って、どうなっているんだろう」

  ひたすら不安でしかない。まあいいけど。

              《6》

 「相変わらず馬鹿でかいなあ」

 来るまで予想はしていたが何しろとても広い。

 こんな感想を持つのも無理もないことである。

 何しろ東京ドーム一個分はあるかと思われるほどだだっ広い部屋なのだ。

 向こう側の壁が遠すぎて霞んで見えるほどだ。

 およそ八段程度の本棚が閲覧しやすいように整然と並んでいるが、だからといってとてもではないが一生かけても全ての本を見れる気がしない。 

 「ここは大閲覧室、そしてわたしの家でも有るわ。さあ掛けて」

 席を勧められたので、お言葉に甘えることにした。

 「住み込みで働いてるんですか?」

 そんな人は見たことも聞いたこともなかったので、テーブルを挟んで向かい合う恰好でいきなり尋ねてしまった。

 「そんなところね。ここ五十年は外に出たことがないわ。長い年月よねぇ」

 「ごじゅ……」

 驚愕だ。それ以外何も思うことはない。

 「うふふっ。そんなびっくりしちゃって可愛いわねっ。実をいうと(わたくし)は五世紀ぐらい前に生まれたから、五百路(いおじ)過ぎなの」

 『ごひゃくさい』じゃなくて『いおじ』って読むのかよ。規格外過ぎるだろ。もはやあきれてものが言えない。

 「いやいやいやいや、お待ち下さい。そもそもエルフは、そんなに長く生きられる生物じゃないですよね?」

 セレナさんは僕の反応を目の当たりにすると、「参ったわね」と独り言ちた。彼女は鳩が豆ショットガンを食ったような顔をしている。

 「道理で砕けた態度だと思ったわ。ちゃんと説明しておけばよかったわね」

 何のことだかよくわからない。セレナは形のいい眉を八の字にして、少し困った顔をした。何ゆえか、そわそわと落ち着かなそうに身じろぎしている。

 「実を言うと私は『維持神の御主』なのよ。嗚呼っ、もう、肝心な事を言うのをすっかり忘れてたわ」

 「貴女様が、み、み、御主様ですって!?う、そっ、最敬礼習っておけばよかった!わ、わあああ」

 「カザマツリさんっ、落ち着いて!私は堅苦しい態度は嫌いだから、そんなにかしこまらなくていいのよ」

 「で、でも」

 「もう!あんまり言うこと聞かないとメテオストライクしちゃうんだからね!」

 「え……」

 冗談なのか本気なのかの区別がつかず、思わず血の気が引いてしまった。

 「あ、冗談だから怖がらなくていいのよ?」

 「何だ冗談ですか!本当に折檻されるかと思いましたよ……」

 まったく本当にホッとした。いついかなる時でも油断するな、とはこういう不測の事態に対しても落ち着いて行動できる余裕を持つことにつながる。そのための教訓であろう。今のことでよく身に染みた。

 「やっと、普通に話してくれたわね?」

 「あ」

 「良いのよ。それより、あなたが調べたい事って一体何なのかしら?」

 このタイミングで言うべきか言うまいか迷ったが、もうそろそろいい頃合いだろう。そこはかとなく踏ん切りをつけて、御主(みぬし)様に向き直った。

「僕の連れは白エルフなんですが、彼女のお兄さんが、破壊神の真名に取り憑かれてしまったみたいなんです。そのお兄さんが行く先々で災いを撒き散らしてるので、世界中が大変な事になってしまっています」

 今の提言を受けて、セレナが大きく頷いた。どうやら心当たりがあるようだ。

 「それならいくつか、世界書で読んだわ。今ね、あなたの履歴をさかのぼってみたんだけど、サルマ村の事件を追っていたでしょう?あれも元々はプロパガンダが目的だと私は睨んでいるわ。」

「と言いますと?」

 「良い?プロパガンダっていうのはね。何も事実を客観的にとらえた情報を流す必要はないの。でも、どうせ特定の人が損する情報を流すなら、事実の方が扱いも楽だし実際に起きたことは覆せないでしょう?」

 なるほど。……ん?待てよ、じゃあこの一連の事件って。

 「そう、六族連合のネガティブキャンペーンって訳。それと世界書を使っていろいろ情報を漁ってみたんだけど、これ見て」

 そう言って、御主様は本の形をした神器を取り出した。古めかしい装丁の割には全く汚れが認められない。裏表紙には空欄があり、そこに何か書き込めるようになっている。

 「これが噂の世界書ですか。めくってもめくっても厚みが変わりませんね」

 「ええ、ページが無限に増えていく関係で、めくると一番端のページが消えて、もう一方の端から新しいページが現れるようになっているの」

 「なるほど、そうやって厚みを一定に保っているのですね」

 「そういう事。勿論この本が書き換えられたり壊れたりすると、歴史が変わってしまったり、世界が破滅するよ」

 そんなに大事なものだとは思わなかった。噂通り何とも不思議な史書である。セ・レナ様はその世界書のかなり重要な記述を読ませてくださった。

 「ほら、このページ。あと、こことそことこれと、あと一番端っこのとこ。ね?」

 本当だ。重要な場面の随所随所で、なぜかオレガノの親戚筋の人間が六族連合の闇取引の場や、政治利用目的の献金の受け渡し現場で監視しているようなそぶりを見せている。

 ページを読み進めていくと、その後、ライオットー家の人々がいた現場の人間は、その後謎の死を遂げているという事がわかる。

 「でね、こいつらの名前を良く調べてみたら、ライオットーまではあっているんだけど、どの分家に属しているかを表す分家名がね、偽名だったことが分かったのよ」

 「何ですって?!」

 「それどころか、こいつら。全員ライオットー本家筋の奴らだってことが今の段階ではわかっている。しかも、ライオットー本家は大陸一の高利貸しとして悪名高い一族なの。これを見て」

 そういって取り出したのは、ごく単純な一枚の構図だった。まず、民族と民族、あるいは主義主張の違う人々が紛争を起こすように仕向ける。そうすると戦時特需が生まれ、兵器や武器が飛ぶように売れるようになる。当然それらは消耗品なので、造ったら造った分だけ売れてしまう。

 次に、戦争するためには兵士を雇用したり、基地を作るには莫大な資産がいる。しかし両者とも、性能のいい兵器を高い値段でライオットー本家から購入しているのですでに軍資金が無い。

 そこでライオットー本家はここぞとばかりに法外な金利条件で、金を貸し付けるのだ。

 こうすることで、勝った方からは莫大な利息が、負けた方からは延滞金と賠償金でウハウハ。さらに払っても払っても雪だるま式に借金が増えていくので、搾取し放題という訳だ。

 「って、これって……!!」

 「気が付いた?そう、これを使えば世界を支配できるのよ。しかも権力次第で誰と誰に戦争させるかも決められるから、邪魔な奴らを消すのにはこれほど都合のいい話はないわけ。だから、奴らは六族連合と違って白エルフに差別意識はないけど、それでも良い飯のタネなのよ」

 「じゃあ、まさか、六族連合のバックにはライオットー本家が構えているってことですか?」

 「そういう事になるわね。しかも、六族連合の親玉はまだ19歳そこそこだって言うじゃない。しかも異界からやってきたらしくて、この世界なんて及びもつかないほど高度な文明に囲まれて育ったらしいよ」

 その一言に奇妙な違和感を感じた。おい、まさか。

 「―――――――――そいつ、たしか二つ名が【嗤う正論】だったりしませんか?」

 僕の質問が余りに鋭かったのか、御主(みぬし)様は目を見開いて物凄くびっくりしている。

 「そいつ、僕の昔の知り合いかもしれません。そいつの本名は【氷室正義】。今から四年前、街中で騒いでいた精神障碍者に集団でリンチを加えた主犯格です」

 そこまで聞き終えてから、御主様は何事かの呪文を唱えた。

 「ごめん、すぐ戻って来るから少しそこで待っていて」

 そういってテレポートしてしまった。評判通り空間魔法の使い手らしい。大まかな座標軸の計算を暗算しなくてはならないため、素質があっても使いこなせる人はごく少数に限られる。またその素質自体が希少なため、他の元素魔法に比べ、使用者が極端に少ないことも特徴として挙げられる。

 「お待たせ」

 相当つらかったのだろう。外で吐いてきたのか、顔色がすこぶるよろしくない。

 「ちょっとそういう話にはトラウマがあるの。なるべく聞かないで欲しいな」

 「もちろんですとも。どうぞ、仰せのままに」

 もちろん古傷をわざわざ抉るような真似をする気はない。従って、僕は御主様を微笑みを持って労った。だが無理をしているのか、顔が青ざめている。今度からはこういったデリケートな話題をするときはより注意を払うべきだろう。大っぴらに頭を下げると余計に御主(みぬし)様を傷つけてしまう気がしたので、お詫びは態度と心の中だけにとどめておく。

 「そして、やっぱりその結論で大方間違ってはいないと思う。彼の素性は割れているけど、どの世界のどういう人なのかまでは分かっていない。そこに心当たりがあるなら後は詳細を詰めるだけだよね」

 「有益な情報をありがとうございます」

 ここは素直に謝辞を述べるべきだと判断し、僕は深々と頭を下げた。いいのに、と遠慮する彼女は、やはり確かなカリスマを備えているのだろう。僕はこの人が好きになった。敬礼すべき人であると思う。

 「そうね、これからの旅路は厳しくなると思うわ。それで話を戻すと、要するに破壊神について知りたいのよね?」

 「はい、その通りです。そのために急ぎ、こちらまでお伺いさせていただきました。」

 「うーん。私が答えられる範囲内だったら答えてあげたいんだけど。どうしよう。何か伝えられる事ってあったかな」

 セレナは(おとがい)に手を当てて考えている。神様が答えられる範囲内とはどれほどの広さなのか。それは僕にも想像できない。

 そういえばこの方は、五百路過ぎだと言ってなかっただろうか。破壊神による大崩壊も、もしかすると。

 「御主様。もしかして貴女は、大昔の最終地上戦争の当事者ですか?」

 彼女は苦手なピーマンを前にした子供のような顔をした。苦悩に満ちたためいきを吐き、やがて観念したのか僕の質問というピーマンを口にした。

 「まさかこの歳になって、こんな嫌な話をするとは思わなかったわ……。ええ、そうよ、 私がまだ単なる人の子だった頃に、あなたの言う『ソレ』は起きた。それは、何をどう誤魔化そうとも紛れもない事実よ」

 「では、それなら」

 「私の実体験を聞いても多分無駄よ。

 あなた達は『ソレ』が起きる『前』にするべきことを知ろうとしている。

 でも私の実体験は起きてしまった『後』の話だから聞いても全く参考にならないと思うわよ?

 そんなことを聞いて時間を潰すより、この図書院のどこかにあると云われる禁書を見ることを勧めるわ」

 「その禁書はどこにあるんですか?」

 「残念だけど、それは私にもわからないの。

 ただ一つだけ言えることは、『禁書庫は無いけど禁書なら隠されている』って言い伝えがあるぐらいかしら」

 「そうですか……。この大量の本棚の中から禁書を探さなくちゃいけないんですよね。分かりました。何とか探してみます」

 「待って。ここまで腹を割って話してくれたんだもの。私も一緒に探すわ」

 神様の申し出を遠慮して断るべきか大いに悩んだ末に、その厚意に甘えることにした。

 「……そうですね。わかりました、お願いします」

 「ようし、じゃあ早速探すわよ!」

 「はい」

 こうして禁書探しが始まったのだがどうしても見つからない。

 「どうですか、見つかりましたか?」

 「いいえ、こっちは全っ然駄目」

 「そうですか……。おかしいな、この辺の歴史に関する書棚だけなくなっている……」

 僕の目が棚板にに止まった。

 一列だけ棚板が太いのだ。

 試しにその辺の本と比べてみると、同じぐらいの厚みを持っていた。

 おまけにその棚板に鍵の紋章と同じ模様が施されているではないか。

 「もしかして」

 試しに鍵の紋章をあてがってみると見事にはまった。

 棚押しても引いても開く気配がない。

 鍵の要領で回して引いてみると……。

 引き出しみたいに古びた本が現れた。

 「この本とか鍵はどうしますか?」

 「一応同じように隠されている本があるかもしれないから、その鍵は預かっておくわ」

 そして表紙を検めると『否定と破壊を司りたる真名』という題名だった。

 「破壊、真名……、これだ!」

 「待って。念のため隠れて読みましょう。こっちよ」

 一番目立たない小閲覧室で読むことにした。

 内容は以下の通りだった。

 『神の真名は三つある。これを輪廻を経ても変わらない自身の魂の名前に上書きする事で扱えるようになる。維持神の真名、創造神の真名、破壊神の真名である。

 どれも強力な権能を持つがその中でも破壊神の真名は「あらゆる事象の否定と破壊」という力を持つ。

 有り体に書くと、存在するものを無かったことにできるのである。

 真名において特筆すべきは降名が成功したとしてもうまく適応できない場合が有り、その場合は権能が暴走することがある。

 破壊神の真名の場合は能力者の真名に適応できないと記憶が意図せず改竄されることがある。

 これは破壊神の否定の権能が暴走した結果である。それだけでなく―――――――――――――』

 「何だよ、これ……。こんな力なんて無茶苦茶だよ!」

 「なるほど。これは、隠すわけだ。時代が時代なら禁書物ね」

 とにかく概要はつかめた。それだけでも大きな前進である。アイルの兄を蝕む力の一端を知る事が出来た。続きを読みたいのはやまやまだが、途中から頁が破損しており、詳しいことは読めなくなっている。

 「僕も禁書の回収を手伝います。他にも最終地上戦争前後の書籍が見つかるかもしれません」

 「ありがとう。でもまだまだ人手不足だから、他の司書たちを呼んでおくわね。そうすればまた手がかりも見つかるでしょうし」

 棚板の鍵を開けて作業を繰り返す。午後三時にもなろうかという頃に、唐突に御主様が固まった。

 「どうしましたか」

 「いや、……この反応。白エルフ一人と同程度の動体反応が六人と、―――――これはっ!!」

 「まさか六族連合の上層部?御主様、まさか、その白エルフって」

 沈黙は時して肯定の代理人となる。そしてたいていの場合、肯定本人よりも説得力において優秀なのだ。そして、僕は駆けだした。

 「待って」

 追いかけようとする僕の袖をセレナが掴んで引き止めた。

 「嫌な予感がするの。今から何の用意もなしにすぐに追いかけるのは良くないわ」

 「……でも!」

 「それに彼女の周りでは色々とおかしなことが起きていた。彼女の側に一番長く居たあなたなら心当たりがあるはずよ」

 「一つ聞きたかったんですが、この国に僕らが来る前は化け物がうようよしてましたか?」

 「いいえ、至って平和そのものだったわよ」

 「……おかしい。彼女が嘘をついてる様には思えない。差別が助長されるような事件が起きているのに……『何で一方では白エルフ差別主義者が消されたりするんだ?』」

 「おかしいことはまだあるわ。もしものことだけど、『白エルフが得をするように仕向けられた事件そのもの』が、【最初から彼女の周りだけで起きていたこと】だとしたら?」

 「まさか」

 「……これは直接本人に問い質す必要があるわね。もしかしたら、六族連合もバックで動いていたのかもしれない。今すぐに伝承鷹を君の知り合いへ飛ばすわ!あなたはこれを持って、早く彼女を追いかけて!」

 セレナはなにがしかの魔術回路が組み込まれた紙を僕に手渡した。

 「これは?」

 「私の維持の力を込めた護符よ。対抗できる力の種類が少ないからなかなか使わないんだけど、一応持っていて。これを持っていれば最悪の事態は免れるはず」

 「ありがとうございます!それでは、行ってきます!」

 僕は全ての真相を突き止めるべく、全速力で裏山の湖底廃鉱へと泳いでいった。

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