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白きエルフに花束を【初版】  作者: 宝島 登&玉城つむぎ
緑の章
11/15

緑の章(参)

                        《1》

 その後、冬峰と冴悧に、今までの旅の経緯を説明したところ、以下のような反応が返ってきた。

 「……キミねぇ。何をどう考えたらそんな大事に首を突っ込む気になるのさ」

 「結局尻拭いするのは、私たちではないか。自重しろよ……」

 ハイ。言論フクロボッコです。……早速耳が痛テェ。言うまでもないという言葉がある通り、呆れ果てる二人にはただただ恐縮するばかりで反論の余地などあろうはずがない。

 「――――――本当にごめんなさい」

 こうなっては、僕としてもしょげ返るほかない。申し訳ない気持ちで胸がいっぱいだ。二人は二人で、もうこうなってはらちが明かないと判じたらしく、大きなため息を吐いた後、ようやく許す気になってくれたようだ。

 「もういいよ、乗り掛かった舟なのだからね。今更どうこう言ったって仕方ないさ」

 「事情は解った。まあ、私にしてみればお前の気持ちは分からなくはないぞ。礼也、お前の性格を考えれば無理からぬことかもしれない、と考えている事だけは分かっていて欲しい。そして、今後の指針だが―――」

 アイルが所在なさげに遠くからこちらを気にしている。そんな彼女を冴悧はじっと見つめていた。対する劫はというと、アイルをどう思ってのことかはわからないが―――――、憐れみと恐れの混じった視線を向けていた。僕はその目がとても不愉快だった。今すぐやめて欲しいのだが……。

「あの子に、どう私たちの存在を説明するかもそうだし、これから旅を共にできるかも定かじゃない。そもそも私と冴悧の目的は、お前を元の世界に連れ戻すことだ。そのあたり、レイヤはどう考えているんだ?」

 「それは――――。やっぱり、彼女を捨ておいてこのままのこのこ帰れないよ」

 冬峰は僕の返答に、やっぱりな、と零して盛大なため息を吐いた。

 「ならこうしようじゃないか。今のところ、彼女を虐げる環境と人々はこの世界にしかいないわけだ。そして、『君がこの世界に逃げようとした時と同じ方法』を彼女に取らせるのはどうだろう?」

 メリハリのある態度をとりがちなアイルと、常にテンションを一定の高さに保ちっぱなしの冴悧はこうして観ると、なるほど全く正反対だ。冴悧は常に言うべきことをズバリと言ってのける。今回も例によってはっきりと提案してくれた。もっとも体を動かさないと寒いのか、腕をプラつかせたまま真剣な顔をしているあたりがシュールだが。

 「まさか、アイルを僕らの世界に連れて行くって言うのか?」

 「そうだね。だからボク達は、これから元の世界に変える方法を探さなくちゃいけない。これまで得た情報によると、どうやらこの大陸の中心部にある『大階段』の先にある秘境に元の世界へ帰る門があるらしい。その名は『(いにしえ)大門(おおかど)』。ここがボクたちの旅の目的地となる。」

 「ふむ、ならそれでいいか」

 だいぶ話がまとまってきたので、頷き合ってお互いの意思を確かめる。

 「おーい、アイル!話がまとまったからこっちに来てくれ!」

 僕の呼びかけに気づいたらしく、声を掛けようか掛けまいか逡巡していた彼女はようやく踏ん切りがついて僕らの元へおずおずと歩み寄って来る。

                        《2》

 今後の計画について話し合う前に、まず翻訳指輪を冴悧と劫へ渡さなくてはならなかった。オニキスの輝きを秘めたその指輪は、嵌めている間だけ外国語が理解できるだけでなく、長い間指に嵌めた場合のみ、外していても指輪の効果か続くのだ。

 「わあ!凄いなぁ、この指輪、きっと高いんだろう。こんな宝物なんてもらって良いのかい?」

 冴悧のテンションはいつも以上に高い。一メートル離れていても聞こえそうなほどの大声だ。僕の様な聴覚過敏の持ち主としては、もちろんたまったものではない。アイルとは違った意味で、眉を八の字に象ってしまうを禁じえない。

 「―――うん、で、でも、私、あなたのことを何も知らないし……、その、ご挨拶とかしたいなって……。えっと、えっと」

 そのせいか人見知りしがちなアイルは、……若干引いてしまっていた。顔を真っ赤にして僕をすがるように見遣り、必死に庇護を求めている。やがて耐え切れず、僕の下へ駆け寄り、熊革のコートの左袖をぎゅぅっと握りしめて僕の背中に隠れてしまった。

 「ぅーっ……!」

 その心中を知ってか知らずか、あくまで害意はないと示すかのように冴悧はにこにこ笑いかけるだけ。だが、それがどうもアイルの触れてはいけない琴線に引っかかってしまったようで、彼女は喉の奥でひきつけを起こしたかのような短い悲鳴を上げて、泣き出してしまった。盾城冴悧という名前も、ここにおいては完全に名前負けだ。冴悧がジェスチャーで『どっちが抱きすくめた方が良い?』と聞くので『レイズするならお前だ。コールするなら僕だ』と手話で返す。『なら、そっとしておこう』との返事だったので、しばらく見守ってあげることにした。

 まあ、今の反応も無理からぬ話で、破廉恥な大人に騙されて性奴隷にされたり、その気の弱さと優しさに付け込まれて輪姦されたことも一度や二度ではないのだ。故にアイルは初対面の人に対する警戒心が人二倍は強い。こういう場面にぶち当たるたびに、彼女の成長と深い心の傷を垣間見た気がして目頭が熱くなる。

 だが一方、さすが劫は武人といったところか、そんな僕らの喧騒など、いわんや女色香には目もくれずに指輪をじぃっと見つめて、穏やかな顔をしていた。大方、美しい物を見ていると心が凪ぐのだろう。いついかなる時でも、ただ明鏡止水を心がけるあたりが彼と凡百との違いである。

                       《3》

 アイルの兄を追う方を優先するのか、それとも元の世界へアイルを引き連れて帰る方を優先するのか、決めなくてはいけなかった。

 「私、レイヤ君と離れたくない。それに私たちは、お兄ちゃんを探さなくちゃいけないもの。教会のみんなで決めたから、勝手な行動は出来ない」

 アイルは震える脚をいなすように、きっぱりと告げ切った。劫は、強情っ張りを見るような疲れた目でアイルを見遣った後、頭を抱えてしまった。

 「いかんともしがたいな……。いわんや無理強いするわけにもいくまい。私としては、先ほどの話を聴く限り、君の兄者はとうに人ならざるモノに変わり果てているか、もしくは神の力にやられて死んでいるだろう。それでも探すつもりなのか?」

 「そ、それは」

 アイルが口を真一文字に引き結んで、俯いたその時だった。

 ――――――――――ギリィィィィンッッ!!ガキャァッ!!

 世界が断末魔の悲鳴を上げた。音が鳴った北西の空を見渡すと雲に大穴が開いており、そこから二足歩行する鼠のような白い影が次々と振っている。

 「な、何だ。あれは?まさか」

 思い出せ。今、【僕らはルクス村長の家から見て、どの方角に居る?】

 「あ。南東の酒場前……。不味い、不味いぞ。あの方角は村長さんの家だ!」

 「何だって?!じゃあ、あの化け物は村長の家に降っているのか?」

 「どうもそうらしいね。しかも、ボクの推測が正しければ――――――、アレは破壊神の眷属、【(ウロ)】だ!急ぐぞ、皆!」

 「うんっ!」「応ッ!」「参ろう!」

 白雪が激しく舞い踊る中、僕ら四人はルクス村長の家を目指して疾駆した。 


                       《4》

 何もない。村長の家へ駆けつけたがもうそこには誰もいなかった。あるとすれば何という色かすらも表現しがたい《無》のみ。もっと強いていうなら、そこにあるはずの空間が欠け落ちているかのように《認識できない》のだ。しかもその穴は、少しずつ埋まりつつあるのか、次第に小さくなっている。

 「――――な、に、これ」

 アイルが愕然とした面持ちで《ソレ》を見る。その様相は不吉の一言に尽きる。何ておぞましいのだ。背筋に嫌な汗が伝い、顔がじっとりと水雪で濡れていく。

 「こんなの、研究次第ではもしかしたら……」

 そうなのだ。こんなブラックホールじみた現象が地上で起きてしまった以上、それを研究すれば《目の前にあるものを問答無用で消せる魔法》なんてものが作られてしまう。その上、この村を率いていた人物がいなくなったおかげで《コレ》の存在を秘匿すること自体が机上の空論と化してしまった。村には知的障害や発達障害を抱えた人もいる。嘘がつけない人もいるし、聴かれたらそのまま答えてしまう人も居るだろう。また、そんな人たちに集ろうとして《それ以外の理知的な人々》に暴行を加える恐れがある。それは、僕らも例外ではない。

 「おい……。こんなの見つけられたら【サバキ】切れないぞ……」

 あたりを見回すが、被害を免れた人々の形跡はない。察しのいい人だけ逃げたものとみられる。その虚無の周りでは、風に吹かれて林や張り紙が揺れているだけ。だが、そんなことは―――――。

 ん?張り紙だと?

 気になって音がする方へ駆け寄ると、そこにはオレガノからの連絡があった。

 『生者崇拝罪に問われ、第三真風教会殺人事件の一件で逮捕された《カノル・シアートス》が拘置所から脱走した。白エルフ差別主義、通称【六族主義】系武装組織【六族連合】の手引きがあったものと思われる。伝書鷹にて以上の緊急指令を下されたため、本官は一時的に任を解かれることとなった。申し訳ない限りだが、保護対象者を見守って欲しい。ライアットー・オ・オレガノ一級弁護官より。

 追伸、アイルには代わりに謝っておいてくれ。迷惑かけて本当に済まん。いつになるかは分からないが、合流したらしっかり仕事するから、許してほしい。

                                 草々不一       』

 「……何だよ。何なんだよ、もうッ!!」

 悔しみの余り、握りしめた拳を立木へ強かに打ち込んだ。

 ここはもうダメだ。これ以上の調査は成果が見込めない。オレガノが居なくなった以上、直接教会からの手引きは得られない。おそらくこちらの動向を影ながら見守っていた影の者も居るだろうが、とっくのとうに教会へ報告しに行っているだろう。手元に伝書鷹がいない以上、オレガノとは連絡がつかない。それに鷹が往復するまでここにとどまるのは危険だ。かくなる上は。

 「劫。お前は元の世界へ帰る手立てを探してくれ。僕らは君と手分けして破壊神の調査をするから、頼まれてくれないか」

 「分かった。私は私で組織内に潜り込んで色々調べてみる。リスクは相当あるだろうが、此のままじゃ埒が明かないしな。お前の頼み、確かに引き受けたぞ」

 話はついた。まずは新たな旅の道連れにあいさつしなければならない。

 「そういう訳だから、これからはよろしく。僕のいとこよ」

 ニヤリ、と不敵な笑みを張り付けると、冴悧はあざとく眼を見開いて、瞬きして見せた。

 そばでアイルがぽかんと口を半開きにしたまま、氷の彫像のように固まっている。

 「前に放ったはずなのに」

 対する冴悧はアイルを見ているのか見ていないのか判然としない目で見遣り、僕の方へ居直ってこの一言。

 「飛ぶ方向が途中から逆に変わって、後ろに飛んでいく弓技があるそうじゃないか、狡いだろう?心当たりがあるなら今の内に懺悔すべきだとも、ああボクはそう思うさ。キミがどう考えようともね?ねえ?」

 言い終わるや否や、冴悧は愉しそうに、実に実に愉快そうに犬歯を剥き出しにして嗤った。

 ……コイツ。アイルへきちんと説明しなかったことについて、本人も交えてお互いに頭を下げ合う気が無いなら、延々あてこすっていたぶると暗に言うつもりか。だんだんと僕の不敵な笑みが恐れの混じった引き攣り笑いへ変わっていく。

 「アイル、きちんと説明しなくてごめん。この人は盾城冴悧っていう名前で、僕のいとこなんだ」

 それをじっと聴いていたアイルは一瞬可哀想な人を見る目で僕を見つめ、耳元で囁いた。

 「後で慰めてあげるから。あらゆる意味で」

 今夜は眠れなさそうだ。冴悧はその様を喜劇でも観賞するかのようにこちらを観察している。

 「いやあ、君はつくづく従順な異性の子、ゲフンゲフンッ!!失敬。神の子羊って訳か。夏さんが母親だけに仕込まれたのかな?」

 ブチッと僕の堪忍袋の緒が切れる音がした。

 「ぅぅううしぇぇぇぇぇらっとーぉんがぁーっ?!|クヌゲレン(このばかもの)がァ!!叩ッ殺サリンドォッ!!」

 「うっひょひょっーい!!悔しかったらここまでおいでぇ!(笑)」

 「待ティレーェェ!!」

 後で知ったことだが、カートゥーンも真っ青な追いかけっこを始めた僕らをアイルと劫は冷めた目で見ていたらしい。まったく、恥ずかしい限りだ。

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