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第四話 キャロライン2

「その格好だめ。着替えて」

朝、キャルは俺と顔をあわせた途端に、俺をはっきりと指差して言った。俺は服装には全く興味が無いが、だからと言って開口一番駄目だしをされるほどひどくは無いはずだ。

「なんで。動きやすいし、これが良いんだ」

俺は生意気にも文句を言ってみるが、キャルの明らかに昨日と違う装いを見れば、俺の格好はやはり好ましくないのだろう。

「今日の仕事はS階級に行くのよ。そんないかにも安物の服、着ていくわけには行かないわ」

パリっとしたワンピースジャケットに黒のストッキング、高級そうなエナメルのハイヒールをはいたキャルは、それでも、昨日と同じキャリーケースを持っていた。

「そのキャリーケース、いつも持ち歩いてるのか?」

俺は気になって聞いてみる。

「そうよ。このキャリーケースに収まる範囲の荷物だったら安いわよ。そんなことより、服をなんとかしなきゃ」

キャルはわざとらしく眉間にしわを寄せた。

「言っておくけど、高級な服は持ってない」

俺が言う。

「そんなの私だって持ってないわよ。来て」

キャルは微笑んで俺を手招きした。俺は、とにかくついていくしかなかった。



キャルに案内されて着いたのは、スラム第二階層の商店街の一角。ぼろくて小さな服屋のような店だった。とにかく所狭しと服がかけられていて、それらをかきわけないととても前に進むことができない。

「マルビン! いる?」

キャルが声を張り上げた。

「その声は、キャルだな」

言って、服の間から顔を出したのは、しわだらけの小さな顔だった。目だけがやたらと大きくて、ギョロギョロとしている。俺やキャルと並ぶと、背もやたらと小さい。歳は……どうなのだろう。D階級出身の俺から見ると50代後半といったところだが、S階級の感覚で言えば70代といったところか。食料事情が大きく違うため、見た目から歳を判断することは俺には困難だった。

「彼の衣装を用意して欲しいんだけど。S階級の若者らしいのを」

キャルがマルビンと呼ばれた彼に向かって言う。

「始めてみる顔だな」

マルビンは値踏みするみたいに俺を見る。

「オズよ。C階級で記者をやってるんですって。スラムの取材に来てるのよ」

この調子で紹介をされたら、俺はあっという間にスラムの有名人になれそうだ。

「ふむ。俺はマルビンだ。どうぞよろしく」

彼もまた、記者という職業に抵抗はないようだった。俺は、マルビンとしっかり握手を交わす。

「あの、この店は何なんですか?」

俺は、きょろきょろとあたりを見回しながら聞いた。

「貸衣装屋」

キャルが簡潔に答える。

「貸衣装?」

俺の知っている貸衣装屋は、パーティーの時なんかに着るタキシードやドレスを扱っているイメージだが、ここには普段着に近いものが多いように見える。最も、貸衣装を必要とするような場所に行った経験が無いのでなんとも言えないが。

「私のこの服も貸衣装なのよ。普段使わないものは買う必要ないでしょ」

キャルが自分のコートをつまんで見せた。

「でも、仕事で使うじゃないか」

俺はキャルの全身を見ながら言った。つまり、仕事着というべきものなのではないかと思ったのだ。

「使わないときのほうが多いのよ。今回はたまたまS階級にいかなきゃいけないけど、普段は裏の仕事だもの」

なるほど、と俺はひとつ頷く。

「つまり、必要なときだけ衣装を借りるんだ?」

「そう。Sに行く時はSらしい服。Eに行く時はEらしい服を借りるの。オリバーとかは自分でS階級っぽい服を持ってると思うけどね」

「オリバー? 仲介屋の?」

「そう。仲介屋ってS階級の人間を相手にすることが多いから」

仲介屋がS階級の人間を相手にすることが多い。それは

「つまり……」

「S階級はスラムのお得意様よ。特に政治家とかね。自分の手は汚したくない。でも、厄介ごとは解決したい。かなりの高額でもぽんと払うわよ」

「そ、そんな事、言っちゃって良いのかよ?」

平然と言うキャルに、俺の方が慌ててしまう。

「良いのよ。私の発言なんて、政治家の前じゃ何の力も持たないわ。そもそも、スラムは存在しない街。住人も存在しない人間よ」

キャルは、友達の恋をばらしてしまったかのように楽しそうに笑う。けれど、俺は思い出していた。ここはスラムなのだということを。


結局、俺の経済状況を気遣ったマルビンが、初回限定とかで衣装をタダで貸してくれ、俺はS階級の若者風という高そうな服に着替えてスラムを出発した。

これまた無免許のキャルの運転で、やっぱりレンタルの車に乗って二時間。着いたのはヘリポートだった。そこからヘリでさらに二時間。ステーションなんかとっくに通りこし、俺は、見捨てられることの無かった本当のS階級の街並みを拝むことになる。といっても、そこは居住区ではなく繁華街。目がちかちかするほどのネオンサインを灯して建つ高いビル群は、そのほとんどがカジノやキャバレー。キャル曰く、S階級自慢の「大人のための遊びの街」だそうだ。お金持ちの道楽といったところだろう。

 そんな街に、一体何を外から届ける必要があるのか疑問に思い、俺はキャルのわき腹をつついた。

「わざわざスラムの人間を使って、一体なにを運んでるんだ」

楽しそうににぎやかな街の様子を眺めていたキャルは、俺の質問に目を細めた。

「知らないわ」

言って、口元だけで笑う。

「知らない? 自分で運んでる物なのに?」

ええ、とキャルは頷く。

「私が知ってるのは……これがナマモノかということと、こわれものかどうかということだけね。扱いに必要な注意は聞くわ。仕事だもの」

かわいく首なんかをかしげてみせる。

「でも、気になるだろ?」

というか、俺は気になる。

「別に。依頼者の事情なんてどうでもいいわよ。払うものさえ払ってくれれば詮索はご法度よ。それに……届け先を聞けばだいたいの予想はつくものよ。知らない振りをするのも商売だわ」

確かに、中身を話す必要が無いというのは、商売繁盛の秘訣かもしれない。スラムに依頼が回ってくるものなど、大半がやましいものに違いがないのだし、今回のモノについても、ある程度の予想はできているということならば、それで十分なのだろう。

「で、予想される中身を聞いても良いか?」

俺はだめもとで聞いてみる。

「ついてくればオズでも予想がつくと思うわ」

さすがにはっきりとは言えないようだが、それでもどうやら結果的には中身がわかりそうである。

俺は、キャルについて光の海を渡っていく。「大人のための遊びの街」は人が多く、けれども歩くペースは非常にゆっくりで、無駄に着飾った人たちが奥行きのない笑みを浮かべて行きかう。俺達も、その波に上手に乗って歩くよう、キャルから指示がある。正直、もう少しコソコソと身を隠しながら歩くものかと思っていたが、キャルは堂々としたものだ。あらゆるものが珍しくてキョロキョロしそうになるのを必死でこらえている俺のほうが、よっぽど不自然に違いない。

ふと、キャルが人通りを避けるようにわき道にそれた。

「キャル?」

俺が聞くと、すっ、と人差し指を口に当てる。何か、様子がおかしい。俺は、黙ってキャルに体を近づけた。

「つけられてるわ。あの人ごみの中じゃさすがに手を出してこないだろうけど、これからどんどん人の少ない方に行くからね。狭い路を使って片をつけちゃうわ」

言われてみると確かに、こんな狭く、ごみごみとした路地なのに、背後に人の気配がある。

小さな声で話す彼女に、焦りの色は伺えない。

「前に積み上げられてる木箱が見えるわね。合図をしたら、あそこまで走って身を隠してて。そのくらいの運動能力は期待できるわね?」

俺は無言で頷いた。二人の間に緊張した空気が流れる。俺は、手にじわじわと汗をかいてきた。キャルから流れてくる、少しの空気も見逃せない。それを掴む自信はある、が……。

「オズ!」

途端、キャルが叫んだ。俺はもちろん、その少し前にキャルに緊張が走ったのが分かっていたので、素早く反応して猛ダッシュをする。転がりこむように木箱のかげに隠れたのとほぼ同時に、パン、パン、と乾いた銃声が響いた。

 恐る恐る木箱の影から顔を覗かせると、これまた高級そうな黒いスーツに身を包んだ男が二人、キャルに銃口を向けている。俺の生まれたD階級ならいざ知らず、S階級でこんなに簡単に発砲が出来るなんて驚きだ。

「顔出さないで!」

と、キャルは叫ぶが、こっちだって記者の端くれだ。ネタになりそうなことから目をそむけることなど出来ない。それにキャルが心配ではないか。相手が持っているのは、明らかに人殺しの道具。それを、彼女はどうするというのだろう。人を殺さないというこの運び屋は。

 先ほどまで見え隠れしていた二人組みの男がはっきりと姿を現し、いよいよキャルに狙いを定めた、と思ったその時だった。キャルはあまりにも自然にその服の下から銃を抜いた。

まず銃を持っていたことに驚いて、次にそれを人に向けて撃っていることに驚いた。ためらいは無い。あっという間にその照準を二人の人間に合わせると、打ち抜く。もう一度、打ち抜く。腕は良いのだろう。二人の男は声の一つもあげることなく、その場に崩れたのだった。

冷たい瞳。しなやかに動く長い手足。あれは、誰だ?キャルってもっとこう……かすれた柔らかさをたたえた女性だった。

「ふぅ。よし」

キャルがすっきりした顔をして、俺の方へ近づいてくる。

「オズ。もう大丈夫よ」

銃を服の下にしまいながら、初めてあったときと同じ笑顔を見せる。俺は、何も答えることが出来なかった。

 とりあえず、倒れている男二人に目をやった。みるみる地面に広がっていく血だまりから考えても、二人が事切れているのは間違いない。――怒りが……込み上げてきた。

 俺だってD階級の出身だ。死体なんてものは見慣れている。D階級には自殺者だっていっぱいいたし、ごろつき同士の喧嘩、薬のやりすぎ、アル中。何だって居た。けれども、知らない人間を、こんな風にあっさりと殺す人間は居なかった。それに、殺さないと言ったじゃないか。殺さないと言ったはずだ。それが、キャルのこだわりでプライドだったのでは無いのか?

「オズ?」

黙ったまま、木箱のかげから立ち上がりもしない俺にキャルが声をかける。俺は、意識的に深呼吸をひとつした。

「大丈夫? 人が死ぬのを見るのは初めて? 階級持ちってそういうものなのかしら」

よく、平然と聞いてくる。

「殺さないって言った」

俺は呟くように囁いた。

「え?」

キャルが聞き返す。俺は、目の前が真っ赤に染まっていくのを感じた。

「殺さないって言ってただろ! だからキャルに着いてきたんだ!」

俺はたまらず、声を荒げた。これだから俺はいつも、課長にあきれられるのだ。

「何の話よ」

けれども、キャルはそれにたじろぐ様子は無い。

「キャルは殺しをしない運び屋だって聞いたから、取材を申し込んだんだ。他のスラムの人間と違うと思った」

もちろん、殺しをやらないスラムの住人、なんてものを簡単に信じた俺がばかだったのだが。

「私、人を殺さないなんて言ってないわ」

キャルはさらり、と言った。

「言ってただろ」

「言ってないわよ。殺しの依頼は引き受けない、と言ったの。人を殺さないとは言ってない」

その二つの、何が違うというのだ。人を殺すということは、いかなる理由があろうとも人を殺すということなのだ。

「意外だわ。オズがそんな事言うなんて」

キャルがポツリと言った。

「何が?」

俺は、イライラした調子を崩さずに言った。

「オズは、人はみんな平等だ、とか言いそうなタイプだと思ってた」

「そうだよ。人はみんな平等だ。だから、人が人を殺して良い理由なんて無いんだ」

「どうして? 人がみんな平等なら、私にも彼らと同等に生きる権利があるわ」

彼らというのは、殺された黒服の彼らのことだろう。

「生きる……権利」

「そうよ。私にも、彼らにも平等に生きる権利がある。私が彼らに黙って殺されてあげる必要はないわ。平等に命をかけた結果だわ」

俺は、頭がぐるぐると混乱してきたのをかろうじて自覚した。キャルは続ける。

「それとも何? オズは私が黙って殺されるべきだったと言うの? それこそ不平等でしょ。私を殺そうとした人間に、私が同じだけの権利を主張するのは当然よ」

よく、分からなくなってきた。確かに、キャルの言っていることは間違ってはいないように思う。けれども、人を殺すのが悪いことだというのが間違いのはずもない。キャルの理論を通すと、人殺しが正当化されて……。

「ま、いいわ。仕事の途中だし、私も難しいことは苦手だしね」

俺がよっぽど難しい顔をしていたのだろう。よろよろと立ち上がった俺に、キャルが言った。

「あぁ」

俺は、適当な返事を返す。

「私もあなたも仕事中よ。集中して」

そう言われても、俺は何をしていたのか思い出すのに苦労した。俺が自分の本来の仕事を思い出したのは、キャルが人の多い路を通り抜け、ネオンもすっかり影をひそめたうらぶれた通りに着いたときだった。

「ここ……」

俺は独り言のつもりだった。が、キャルがしっかりと答えた。

「そこの階段を下りたところが届け先よ」

目の前に見える、見捨てられたようなビルの地下に続く階段を指差しながら言うキャルは、すっかりいつも通りだ。俺達は、薄暗い階段を下っていった。一番下につくと、やけに頑丈そうな扉がある。キャルがそれをあけるとビロードのカーテンの中からガタイの良い男が手招きをする。素早くカーテンの中に滑り込むと、男がキャルに名前を聞いた。キャルがポケットから何かの紙切れをだすと、すんなりと中に入れてくれる。

「彼は?」

男の前を通りすぎるときに男が俺のことを聞いた。

「私の助手」

キャルがよどみなく言うと、やっぱりすんなり通してくれる。どうやらキャルは信頼されているらしい。

中は入り口と同じようなビロードのカーテンで覆われた細い通路になっていて、俺達はその奥に用があるのだという。途中、人の話声の聞こえる部屋を横切った。ビロードのせいで、声はくぐもり、人の姿も見えないが、俺はそこではっきりとここがどういった場所なのかを悟った。わずかにただよう甘い香り。この香りには覚えがある。

「キャル、ここってもしかして……」

「しっ。さすが記者だけあって勘が良いのね。でも、黙っているのが利巧だわ」

キャルは微笑んだ。キャルに従って、俺は黙って奥の部屋に通され、荷物の受け渡しを見守った。それは、あまりにもあっさりと終わり、俺達は何も見ず、何も聞かずにそこを後にしたのだった。


「阿片窟。だろ?」

スラムに戻る車の中で、俺は初めてキャルに聞いた。

「正解」

キャルは前を見たまま言う。もっとも運転をしているのだから、簡単によそ見をされては困ってしまう。

「金持ちの道楽か?」

俺が顔をしかめると、キャルはそれを気配で察したのだろうか、少し口元に笑みを浮かべて

「まぁ、そうね。私が運んだのは、下級階層に出回っているような粗悪品ではなくて、最高級品よ。依存性も少ないし、彼らはやり方も知ってる。たしなみみたいなものよ」

と言った。

「キャルをおそった奴らは?」

この話題には出来るだけ触れたくなかったが、記事を書くのならそうもいかない。

「最高級品を狙う人間がいるのは当然だわ。だから私みたいにプロに運びを依頼するのね」

キャルは始めから、自分が狙われることを知っていたのだ。ということは……キースも分かっていたに違いない。キャルが狙われることも、人を殺すことも、そして、俺が勘違いをしていることも。

 

俺のスラムの取材の初日が終わった。スラムに着いたのは夜中だった。家の鍵は開いていた。考えるべきことはたくさんある気がするのに、俺はその日、夢を見るのも忘れて泥のような眠りに落ちた。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

引き続き、ジャンルと感想をお待ちしております。

簡単でも良いので一言でもいただけると嬉しいです。

話はまだ続くので、どうぞお付き合いください。

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