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My Spotlight  作者: 神無月 愛
第一幕
2/3

第一場  新緑。その中で、小さな波乱の予感がした。

 私立宮ヶ丘女子中学校高等学校は、都心から少し外れた町にある中高一貫校だ。私立女子中学というと偏差値の高いいわゆる名門であったり、歴史が古くお嬢様学校と呼ばれていたりする有名な学校が数多く存在するが、残念ながら宮ヶ丘はそのどちらでもない。尤も通っている生徒たちにとってそんなことはさして重要ではなく、制服がブレザータイプだとか、駅の目の前という好立地だとか、部活動が盛んだとかで学校の人気はまあまあだった。あまり広くないグラウンドを挟んで向かい合う高校校舎と中学校舎、その間に部室棟と呼ばれる建物がある。

 栄と飛鳥は、高校校舎と部室棟をつなぐ渡り廊下を抜けて、重いアルミのドアを押し開けた。

 高校側の入り口から入って三つ目の部屋、やや色褪せた茶色いドアの前で、二人は足を止めた。目線の高さに掛けられた「高校演劇部」の札に、改めて気持ちを引き締める。軽くノックをすると、すぐに中から返事があった。

「失礼します。」

 引き戸を開け、二人は同時に足を踏み入れた。

 普通の教室と壁や床のつくりは同じで、広さは半分くらいだろうか。壁沿いや窓際には、色々な小道具が入っているであろう段ボール箱や、箱に入らない大道具類がところ狭しと置かれている。中央に机と椅子が十セットほどあり、そこに七人の女子生徒がいた。

「あ、新入部員の一年生? 椅子空いてるから、適当に座っといて。部長と副部もそろそろ来る筈だから。」

 ひらひらと手招きするように右手を振りながらそう言ったのは、一番窓際の椅子にどっかりと座った二年生。綺麗なハスキーボイスで口調も仕種もなんとなく男らしく、茶色いショートヘアがよく似合っている。女子高校であるここの演劇部は当然女子しかいないので、男役を演じることもあるだろう。この人ならとても似合いそうだ。

 軽く頭を下げ、栄と飛鳥は二人並んで手近な椅子に腰掛ける。と、さっきのショートヘアの二年生の隣に座っていた長い髪の少女が、座っている椅子を引きずって近づいてきた。

「ねえねえ、二人は演劇経験あるの? ほかの一年生の子たちは初めてだって言ってたけど。」

「はい、中学で一応。」

「わたしも同じくです。あ、中学は別々の所ですけど。」

 二人が答えると、彼女は嬉しそうににっこり微笑んだ。

「良かったあ、経験者増えて。あたしとあと一人、二年生だけど今年入った新人なの。だから演劇部歴では二人の方がセンパイね。よろしくね。」

 それを聞いて、栄は改めて周りの部員たちに目をやった。学年ごとに上履きのラインの色が違うので、七人のうち四人が二年生、残りの三人が一年生だと分かる。あと部長と副部長が来るとしても、去年からいる部員は四人ということになる。まだ三年生も引退はしていない筈だが。

 この部、去年はどうやって活動していたんだろう?

「あの……」

「おっまたせー! やあやあ、遅くなってごめんね諸君!」

 尋ねようとした栄の言葉は、ドアが勢いよく開く音と、同時に響いた声によって遮られてしまった。

 ドアを目いっぱい開け放って入って来た二人組。第一印象をひとことで言うなら、二人ともかなりの美人だった。もし街中で見かけたら、どちらか一人でいても、二人一緒にいれば尚更人目を引くだろう。

 先に立って入って来たのは、腰まで届くほどの茶色いロングヘアが目を引く「部長」の名札を付けた二年生。表情豊かな大きな瞳にすっと通った鼻筋が、同じ日本人とは思えないくらい整っている。もう一人は黒髪のボーイッシュなショートヘアで、まっすぐな細い眉が凛々しい。こちらは「副部長」の名札を付けていた。

 そして何より二人が目を引くのは、髪の色や多少の違いはあるが、二人がほぼ同じと言っていいほどよく似た顔立ちをしている事だった。

「遅いぞ。」

 窓際に陣取るショートヘアの先輩が思い切り不機嫌そうに言った低い声を軽く無視して、部長は部員たちの前に立ちぱんぱんと軽く手を叩いた。

「さて、じゃあ今日から一年生が仲間入りということで、早速だけど自己紹介タイムにしようと思います。まずは二年生から。私は、部長の白金(しろかね)雪穂(ゆきほ)です。二年A組。部活のことで何かあったら私と連絡を取ってもらうことが一番多いと思うから、一年生のみんなも覚えといてね。」

 笑顔で頭を下げ、きれいにウインクをひとつ。美人はさすが何をやっても様になる。それから彼女はちょっと考えるように小首をかしげながら二年生の面々を見回した。

「じゃあ順番は……次は月、それから端から順でいいかな?」

「はいよ。」

 部長の言葉に応えて軽く手を挙げ、副部長が部長の隣に立った。

「副部長の白金月香(つきか)、雪穂の双子の姉だ。基本的には雪穂の補佐だが、何かあったら遠慮なく言ってほしい。よろしく。」

 喋り方こそ違うが、月香と雪穂は声も似ていた。雪穂の方がやや高い声で、女性らしく可愛らしい喋り方をする。月香はクールで少し男らしく聞こえた。

「じゃ、次は俺か。」

 月香が視線で促すと、一番端の窓際に座っていたショートヘアの先輩が立ち上がった。綺麗なハスキーボイスで言う。

「相模礼子、二年C組だ。演劇は去年ここに入ってからだから二年目。去年は男役ばかりやってて、まあ今年もそうなると思う。よろしくな。」

「……二年の、北沢奈々です。よろしくお願いします。」

 礼子と入れ替わりに、その斜め後ろに座っていた長い三つ編みの女子生徒がおずおずと立ち上がり、ぺこりと頭を下げる。演劇部にしては珍しく声が小さめで大人しそうな、でも切れ長の目と薄い唇の綺麗な人だった。

 次に立ち上がったのは、さっき栄たちに声を掛けに来てくれた、長い髪を二つ結びにした先輩。

「二年E組、狛江(こまえ)京花(きょうか)です。狛犬のコマに江戸時代のエ、京都の花で狛江京花。好きなものはカラオケとイケメン。演劇部にはついこの間入った新人なので、お手柔らかによろしくね。」

「京ちゃん、今日も絶好調だね。」

 礼子が呆れたように言うと、京花はえへっと笑って親指を立てて見せる。

「二年生は俺で最後かな。町田七波(ななみ)、京ちゃんと同じく新人です。よろしく。」

 くるくると跳ねる髪をひとつ結びにした小柄な先輩が自己紹介を終えて座ると、部長が大きく頷いてまた改めて部員を見回した。

「じゃあ次はいよいよ一年生ね。さて、だーれーにーしーよーうーかーなー……」

 トップバッターを避けたい一年生がさりげなく視線を逸らす中、栄はばっちり部長と目が合ってしまった。その後で慌てて視線を逸らしても、もう遅い。

「じゃ、君からよろしく。」

 まっすぐこっちを見た部長はぱちんとウインクひとつ。栄は緊張して震えそうになるのを堪えながら立ち上がる。舞台経験はあっても、至近距離からこうして注目されるのは未だに慣れない。

「一年D組、神谷栄です。区立中学で演劇部でした。よろしくお願いします。」

 栄に続いて、隣の席の飛鳥が立ち上がる。

「一年C組、西原飛鳥です。宮ヶ丘中演劇部出身です。よろしくお願いします。」

 驚いたことに、露骨に声が震えている。座ってほーっと長く息を吐いた飛鳥に、栄は小声で聞いてやった。

「どうしたんだよ、いつもの舞台度胸はどこ行った?」

 飛鳥は栄をキッと睨み、さらに小さな声で真剣に言った。

「だって、月香先輩ってば相変わらずすごくカッコいいんだもん。」

「は?」

「しかも立った瞬間、目が合っちゃって。一瞬で頭真っ白になっちゃった。あーもうイケメンすぎ、やばい。」

「……。」

 栄は呆れて何も言うことが出来なかった。飛鳥が面食いなのは今始まったことじゃないから知っていたが、離れて過ごした中学の間に、対象が男性アイドルから女性である先輩に変わっているとは思わなかった。

「一年E組、梅島梨絵です。」

「一年E組、小菅沙矢子です。」

 二人が小声でくだらないやり取りをしている間も自己紹介は続く。最後に、一番端に一人で座っていた長いポニーテールの少女が勢いよく立ち上がった。

「一年A組、戸塚美園です。元ダンス部ですが、よろしくお願いします!」

 人一倍声を張った彼女を、栄が何気なくちらりと見た瞬間だった。何故か美園は、栄の方に視線を向け強く見据えた。思わず栄も強く見返し、睨み合う形になった二人。どのくらい睨み合ってからか、美園はふいと顔をそむけた。

(何なんだ、今の……。)

 栄は顔をしかめる。 あまりの鋭い視線に、思わず睨み返してしまった。けど、本当はそこは敢えてにこやかに会釈でもすべきだったかも知れない。そうすれば、角が立たずに済んだのではないか。……そう思い当たったのは、しばらく後のことだった。

 睨み合う新入生に気付いたのかどうか、部長は何事もなかったかのように話を続ける。

「これで全部員、キャスト十一人での活動になります。見ての通り人数は多くないから、一年生も当然舞台に立ってもらうわ。もちろん一番の大舞台は文化祭だけど、その前にも七月に公演があるからそのつもりでね。」

 先輩の言葉は、美園が気にかかって仕方ない栄の耳には半分ほどしか入ってこなかった。そんな幼馴染の様子に気付いた飛鳥が栄の脇腹を小突く。

「何してんの? 初日からいざこざ起こさないでよね。」

「だって……」

「さてと、じゃあ早速、活動始めるよ!」

 言い返す前に部長の号令が掛かり、栄は飛鳥と話すタイミングを失ってしまった。

 飛鳥と二人の帰り道でも翌朝も、美園のことを話す機会がないまま時が過ぎる。登校してそれぞれのクラスに別れた後、栄はふとあることに気付き、隣の席の安芸子に声を掛けた。

「志茂ちゃん、A組の戸塚さんって知ってる?」

 瞬間、安芸子はとてつもなく嫌そうな顔をして、やけにゆっくりと栄の方を向いた。

「戸塚美園? ……知ってるけど。三年間も同じクラスだったし。」

「何かあったの?」

 安芸子の反応に、栄は驚いて尋ねる。知り合ってからこの数日、安芸子がこんなに露骨に人に対して悪感情を表すのを見たことがなかったからだ。

「何かあったかって言えばまあ三年間特に何もなかったけど。関わりたくなかったし。」

「仲、悪かったんだ?」

「当然。だって栄ちゃん、あのタイプとわたしと気が合うと思う?」

「思わない。」

 栄は思わず即答していた。知り合って数日とはいえ、安芸子とはかなり仲良くなって互いに気を許していると思っている。だから分かってきたのだが、安芸子は意外に好き嫌いが激しく気が荒い面がある。第一印象では「日本人形っぽい」などと言われ、普段は誰に対しても人が良く親切で、物静かでおしとやかな雰囲気をまとい、おっとりとした笑顔が似合う安芸子。その、裏の一面。

「わたしだって平和に過ごしたいしぶつかりたくないから避けてきたんだけど、あっちは何かと近寄って来るっていうか人の神経逆撫でしてくるのよ。とにかく友達の中で自分が中心にいないと気が済まないし、クラスでも目立とうとするし、自己中心というか自信過剰というか。そんなんでわたしとは反りが合わなくて、一時期イジメっぽい状態になったけど無反応を貫いたら諦めたらしくて何もしてこなくなった。」

「強いな、志茂ちゃん……。」

 事も無げに語る安芸子に、栄は乾いた笑いを返すことしかできなかった。さすが飛鳥の親友、似た者同士だ。二人とも見た目に反して精神的にとんでもなく強い。

「類は友を呼ぶってやつか。」

 栄がこっそり呟いた時。

「やっほー、安芸ちゃん来てる?」

 教室の入り口から飛鳥がひょっこり姿を現した。二人を見つけてちょこちょこと小走りで寄って来る小柄な美少女を見て、安芸子がひゅうっと口笛を吹いた。

「さすがお姫様だよね、あーちゃん。マンガだったら背景に花が散ってるね。」

「何言ってんのよ安芸ちゃん。」

 飛鳥はひとつ肩をすくめ、二人の前の空席に勝手に陣取った。

「で、二人で何の話してたの?」

「戸塚さんのこと。」

 栄が端的にひとことで答えると、飛鳥は内容も当然察したらしい。ああ、と言って頷く。

「昨日のあれ、ね。ねえ安芸ちゃん、どう思う?」

「どう思うと言われたって、ただ戸塚さん知ってるかどうか聞かれただけだったんだけど。あの人何かやったの? というか二人と会ったの?」

 眉を顰めて尋ねる安芸子に、飛鳥はさらりと顔に似合わないことを言う。

「あいつ演劇部に来てたのよ。んで、ガン飛ばしてきた。」

「わあお。」

 安芸子はやや大袈裟に肩をすくめる。飛鳥もわざとらしく溜息をついた。

「中学ダンス部だったのに、どうして変えるかなあ。しかもわざわざ演劇部に。」

「どういうこと?」

 何も分からずぽかんとする栄に、安芸子が説明してくれた。

「戸塚さんね、中学では三年間ダンス部にいたの。ダンス部ってわりと女子校っぽくないというか、所謂「イマドキの女子中学生」みたいなのが多かったんだけど、中でも特に派手で、この学校じゃ浮くくらいのブリッコだったんだよね。あーあ、やだやだ。今度はヒロイン狙いか。」

 呆れたように天を仰ぐ安芸子に、飛鳥は静かに首を振った。

「それがね、違うみたいなの。」

「え?」

「あいつがガン飛ばしてきた相手は、わたしじゃなく、栄なの。」

 少々芝居がかった口調で言った飛鳥に、安芸子は心底驚いたように栄の顔を見つめた。

「部活変えただけじゃなく、まさかのキャラ変?」

「そうみたい。」

「そっか……。栄ちゃん、強く生きてね。」

 二人して栄を見つめ、慰めるように肩をぽんぽんと叩く。栄は慌ててそれを制した。

「待って待って待って、私だけ状況がさっぱり飲み込めてないんだけど。」

「ひとことで言うと、めでたくライバル認定されました、って感じ?」

 まるで他人事のように、飛鳥は小首をかしげる。栄には訳が分からない。何より昨日初めて会った美園にそんな風に思われるなんて、心当たりも何もなかった。

「なんで? ライバルって……私、会ったばっかで何もしてないのに?」

「だから、強く生きてねって言ったの。理不尽だけど、こっちが何もしてなくても関係なく、あっちが勝手に思い込んでるのよ。イジメにしてもそう。まあ、迷惑な話だよねえ。」

 重い溜息をつく安芸子に、栄も押し黙るしかなかった。新入生、新入部員同士で良好な関係を築いていこうとする矢先にこんなことになるとは。先が思いやられる。

 と、飛鳥が急に明るく、今までの空気を払拭するような軽い調子でいった。

「ま、大丈夫でしょ。栄にはわたしも安芸ちゃんもついてるし、簡単にあんなののイジメに屈するような奴じゃないし、それ以前に鈍いし。」

「あのな。」

「そっか、じゃあ大丈夫ね。」

「志茂ちゃんまで。」

 情けない声で非難する栄に、飛鳥と安芸子は同時に吹き出して笑い出した。それにつられて、栄も笑う。三人で笑っているうちに、昨日の睨み合いでもやもやしていた気持ちが吹き飛ばされていくような気がした。

 しばらく笑った後。ホームルームの時間を知らせるチャイムが鳴って、飛鳥はクラスに戻ろうと立ち上がった。そして、栄の肩にぽんと手を置き、満面の笑顔で言った。

「栄、任せて。」

「何が?」

「わたし、イジメを返り討ちにする経験値なら、誰にも負けないから。」

「……おう。」

 力強く笑う「小柄で色白で儚げな美少女」に、栄は返す言葉を見付けられなかった。

 小さい頃から弱々しく見られ、イジメの対象になったことも何度かある飛鳥。お陰でそういうことに慣れてしまい、小学生の頃には既にイジメをうまく躱し、あしらうスキルを身につけてしまっていた。中学でそのスキルがさらに強化されたらしく、一年の時にちょっかいを出そうとした相手を返り討ちにした……というのは安芸子の談だ。その「返り討ち」というのが具体的に何をしたのかは知らないし、知りたくもないけど。

「じゃ、部活がんばろうね!」

 明るく笑う飛鳥を見送りつつ、どうか事が大きくならずに済めばいいと、栄は願わずにいられなかった。

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