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乾杯、現乙女

作者: 白妙トト

 私が高校時代の親友の門出を祝った日の帰り。3年ほど前の今頃です。

雪と微かな風が擦れサーサーと音を立てていて、

すれ違うカップルの声も聞きとれない天候でした。


 *


 昼から降り続けた雪が、丁度切り裂くような風に吹かれています。突然雪がフワッと舞い上がり、視界が真っ白になりました。私が反射的に瞼を閉じた時、奇妙なことに

「ご機嫌よう、久しぶりだね」

と聞こえました。

ぎゅっと閉じていた視界を開け、声の主を探しますと、その声の主は切れ長の目で微笑んでいらっしゃいました。おっと、この表現では私は嘘つきになってしまいます。私は誰も見ていません。しかしその方の容姿の細部までハッキリと見えたのです。

 どうもその方の情報は目という大変便利で、時に不便である器官をすっとばして、直接脳内に伝わった様なのです。それはもうハッキリと、どんな媒体を使ったのでしょうか。私には到底わかりえないのでしょう。なにしろ、私は見ていませんから。


 白い世界が奥行のある銀世界に戻ってすぐに私は声の主を探しましたが、どこにもいらっしゃいませんでした。でも声が聞こえたのは確かです。

 それもまたまた大変便利で、またある時には不便な耳という器官を通さなかった何かかもしれません。ただ姿もみえたのですから、空耳ではないでしょう、私の知らない声でしたし。

 可笑しな話だとお思いでしょう?残念ながらこれは私の狂言ではありません故、文句はご勘弁を。


 勿論その声の主とはそれきりです。

もしかするとまだ会えていないだけなのかもしれませんが、二度とあの方に会えない気がしてなりません。何かしらの私達の別れの挨拶なのか、生霊なのか、それは現実か確かめられないように感じました。


先方は私のことを知ったような口ぶりでしたが、全く私には見覚えのない方でしたので、私の一目惚れ、という形で終わってしまう儚き恋なのでしょう。

恐ろしく残念なことですが、可能性としては人違いだってありえます。しかしわざわざ私に会いに来てくださったということならば、もしかすると、なんて事がないとは言いきれませんので、毎年この日になると「また会いに来ては頂けないのかしら」と胸をときめかせています。やはり人違いだったのでしょうか、未だに会いに来てくだらないので、私も今は諦め気味というところです。


 見ず知らずの相手に3年間も恋焦がれているこの私を夢見乙女、とでもお呼びくださいませ。


 まぁこのような結末で私の恋物語は終わるようです。

きっと以降更新されることもなく、過ぎ行く時間とともに徐々に忘れ去られてしまうだろう私のロマンチックウィンター、嗚呼お労しや。恋に勉学に就活に励みうる、これからの人生に乾杯!


 高らかにグラスを掲げ、炬燵に入り、ぬくぬくと女三人でキラキラと笑い声をあげるのでした。

1人はしわしわのおばあさんになった私、またもう1人はキャハキャハと笑い転げる高校生の私。

その頃地球さんはというと、嫌味にグルグルグルグルと華の乙女達に、老いとともに時間を刻むのでした。

めでたしめでたし、めでたしめでたし、めでたしめでたし…


 *


 一人カフェの窓際の席に着き、実らぬ恋を懐かしむ脳内演出に終止符を打ったところで、すっかり忘却の彼方へ追いやられていた窯焼きスフレパンケーキを、ウェイターさんが運んできてくださいました。

 フォークをプスリとさし、一口分持ち上げて

「可愛いらしい姿のうえに、美味しそうだなんて犯罪ですね」

と簡潔に賞賛の言葉を述べ、口内へ運びました。

その味といったら予想と僅かに違えども、私の舌を満足させるに充分な驚きを与えました。ほのかな甘みに食感、京女きょうじょの選ぶ美食シリーズにおいて、シェフに三ツ星を贈りたいです。美食シリーズが実際に定められているのかは私の知り得るところではありません。もし全く同じものがキャンパス内で頂けるのならば、講義がなくとも、毎日重い体を無理矢理にでも駆動して大学へ行きます。あまり得意ではありませんが、行列にだって並びます。

 これがまさに真の乙女食なのですね。これほどの乙女食は私の長い夢見乙女人生でも、初登板のはずです。


 魅惑の一品、最後の一口を味わった後、全乙女の危惧すべき天敵、カロリーによる罪悪感がやって参りました。すると私は美食を避けるのは食道楽主義に反するので仕方がなかったのです、と華麗に言い逃れたのでした。


 そうした理性との戦いの後、窓の外を数分眺めてみましたが、当然何も起こりません。そこにはただただ雪がこの星に降りつもりゆくのみ。

 あの日の丁度この時間帯、家に帰る途中であのお方に…また考えてしまいました。諦めが悪いようで、どうもあのお方が忘れられません。

 私はいつからこのように我が儘な乙女へと変化してしまっていたのでしょう。

うっかり私も溜息をついてしまいました。大変です、私の大切な幸福達が、と慌てて吸い込みましたがやはり吐き出してしまいました。


 懺悔!夢見乙女は、かの有名な恋の病を患っております。並に恋愛に触れてきていたのならば、この様な失態を披露することはなかったのでしょう。神様仏様、特にクピードー様!私はどうなってしまうのでしょうか。お力をお貸しください!とはいえ、普段から崇拝しているという訳ではありません故に、助けては頂けないのでしょう。

 セ・ラヴィ!と早速一昨日のフラ語で話題に上がったばかりのフレーズを唱えました。


 虚ろに珈琲をティースプーンで混ぜつつ、この不毛な恋からの脱出方法を思案しつつ、のその時、右後ろ側から「相席かまいませんか?」と殿方のお声がかかりました。

どうぞ構いませんよ、といい顔をあげるとそこにはどこかで拝見した顔が。

 その方は向かいにお座りになりましたが、そのどこかで見たことのあるお顔の人物をどうにもこうにも思い出せそうにありません。モヤモヤとどこかにひっかかったままです。

「なにかついていますか?」

と少し恥ずかしそうに仰って、初めて私は気付きました。夢見乙女であった私としたことが、大変失礼なことをしてしまいました、不躾な視線を向けていたのです。

「失礼ですが、どこがで会いませんでした?私達」

恐る恐る尋ねますと、相席の方は目を細めて「これだから口や姿というものは不便だ」とおっしゃり、どこか懐かしい声で私の脳内へ語りかけるのです。


「お久しぶりです、貴方はこの3年で随分美人になった。探すのに苦労しました。お忘れですか?」


と。


 途端、私の乙女劇場が不思議なお方とのロマンチックウィンターの続編を告知しました。

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