アルミを食べる男
焦げるような夕日。それを映し出す小さな窓とそれを反射させている実物大のアルミ製の人形、ドアのない部屋。
僕はそこにいた。なぜだかはわからないが、そこにいた。また、記憶もない。そしてまた、これも何故だか分からない。
しかし分からなくても僕はここにいる。何故だろう。
キッチンすらないこの部屋で、僕はどうやって暮らしていくのか--その答えを、僕は知らない。しかし、知っている。何故なら、この空間を前にも見たことがあるからだ。詳しいことは全く覚えていないが、僕はあの人形を食べていた気がするのだ。
金属を食べる、そのことに皆は違和感を抱くだろう。しかし、この行為は僕からしたら食欲を満たすための手段の一つである。そう、皆が米を食べるように。
人には好き嫌いというものが存在する。特に食べ物なんかはそうではないだろうか。皆が嫌うものでも自分だけは「おいしい」と感じたりするものではないだろうか。それと同じなのだろう、僕は。ただ皆と違うのは、おいしい、と思えるのがアルミという世間の一般常識から外れた食べ物であり、それを食べることしか頭の中にインプットされていないことだけだ。だから、金属を食べるのはとても自然だと思う僕がここに構築されてしまったのだ。
僕は横に静かに佇んでいるアルミの人形を見る。腕から髪の毛1本1本すべてがアルミで出来ている。腕や足の筋肉も、まるで人がそのままかたどられたようだ。それくらい、この人形はよくできていた。全体的にはマット調になっていて高級感がある。僕はこの人形に名前をつけてみる。アルミ、と。
アルミを見ていると、僕の中から何かわからない感情がわいいてくる。初めての経験で--初めてではないかもしれないが、僕の今の記憶の中では初めてだ--少々驚く。これが「食欲」というものなのか。
僕はアルミの指先に齧り付く。僕のしなくてはいけないことはたった2つ。アルミを食べることと、寝ること、それだけだ。だからこの部屋もそれをする最低限しかものがなく、電球すらないのだろう。寝るときは床で寝っころがれる。そして寝るときには電球は必要ないのだ。なぜしなくてはいけないことがここに存在したばかりで把握できているのか。そんなことはわからない。ただ本能がしなくてはいけない、と告げているのだ。
僕がアルミの右指先を食べていると、舌に心地いい感触が伝わり、脳を刺激する。僕はいつの間にか、指先を越え、手首を超え、腕の中央あたりまで食べてしまっていた。本当はもっと食べたかったが、腹の辺りが張り詰めているので、辞めることにする。
僕は地面に寝っ転がる。硬いはずなのに、どこか気持ちいい。やわらか空気に押し付けられ、僕はそっと、けれど確実に、目を閉じた。
これが「寝る」ということなのか。
そんなことを考えているうちに、僕の意識は遠ざかっていった。
僕が意識を取り戻すと、窓から差し込む光が強く、白くなっていた。初めて見るはずのものなのに、どうしてかこの光景がごく当たり前に思えた。
起き上がろうと右手を地面にやろうとした瞬間、こん、と金属的な音を立てた。もう一度床を叩く。
コン、コン。
僕は不思議に思い、他の部分の床も叩いてみる。
コン、コン。
どこを叩いても同じ音が出る。今度は壁を叩いてみようと思ったのだが、自分の手を見て手を止めた。
不自然に光る指先。その指先に続き、金属光沢を持つ腕。僕は試しに腕をもう片方の手で叩いてみる。すると、こおん、という音が空気中に現れ、すぐにすっと壁の向こう側に消えていく。なるほど。僕はやっと状況を理解した。なぜなら、アルミを食べたところがぴったり自分の腕に重なるからだ。
僕はアルミの右腕全て、それと右肩を少し食べた。アルミが少し悲しそうな顔をしていた。
僕は何もないこの部屋で、ある遊びを見つける。それは、アルミと見つめ合うことだ。何もしない。ただ、アルミの目の中に自分を映しこむのだ。そうしていると、なぜか心が落ち着き、安らぐのだ。このことを発見して、僕は何もない部屋から、「何か」を見つけ出したのだろう。その日からずっと暇さえあれば--暇しかないが。つまり一日中--アルミの目の中に自分を投影した。
もうそろそろ空腹感を覚える頃だ。自分でもわからないが、もうすぐ腹が減るだろう、ということがわかった。僕は目の前のアルミにかぶりついた。
僕はこんな過ごし方が自分に向いているのだろうな、と感じた。
この暮らしを始めてから数日間、僕はだんだん動けなく、アルミは小さくなっていった。僕は手足が「気をつけ」状態になったままになり、今のアルミは胴体、顔を残すのみとなっていた。食べる順番を考えたほうがよかっただろうか。
しかし、僕とアルミの生活は基本的に変わらなかった。アルミを食べ、目を眺め、寝る。この単純なサイクルには時間の乱れようがなかったし、そもそも時間という概念が薄かった。好きなようにアルミを見つめ、好きなように寝る。僕にはそれで十分だった。
僕はまた空腹感に襲われる。そして、僕はその襲撃に対して無抵抗だった。今日、アルミはいよいよ顔だけとなった。部屋の隅に飾られた、輝く生首。僕はそれを見て、明日には無くなってしまうな、と思い、寝た。アルミと一緒に寝ようか、などとも考えたが、食料と一緒に寝る、などという習慣は僕はやったことも、聞いたこともなかった。
そして、僕はほとんど体が硬直したままで寝た。
朝起きると、僕は顔以外全く動かなくなってしまった。僕は顔だけになったアルミを見ながら思った。その首は、美しく、悲しく光っていた。まるで何かを伝えたそうに。
僕はそんなアルミを、頭からかぶりついていく。髪の毛の部分が特に美味しい。金属がしなるような音を立てて口の中で潰れていく。続いて額、目、口、首を食べていく。今日のアルミは、今までにないほど美味しかった。あっという間に食べ終わってしまう。
食料と遊び相手がいなくなった今、僕はまた暇になってしまう。前なら耐えれたのに、アルミと遊び始めてからはどうやら孤独を恐れるようになってしまったらしい。しょうがない、昼寝でもしよう。そう思って、僕は目を閉じた。
どれくらい時間がたったは知らない。だが、カラスが鳴いていることから、おそらく今は夕方だろう。僕は目を開けようとする。が、開かない。体も当然動かない。
どうしようか。そんなことを考えていると、
僕は右手の指先を何者かに食べられた。
読んでくださってありがとうございます!
自分、今回初投稿の上弦ノ月です!
これからも気まぐれに投稿していきたいと思います。
あ、短編だけじゃなく連載物もやってみたいですねー。
まあ、自分の文章能力ではいつになるやら(汗)
ゾンビものとか面白そう。
では、頑張ってみます!
上弦ノ月でした〜!