らしくない
先輩方の喜びようが尋常ではない。たかだか部員が一人二人増える所でこんなに大騒ぎするほどのものだろうか。親にもここまで喜ばれた経験がないぞ。
「いやいや、騒いじゃってごめんね。立ち話も何ですし部室の方へどうぞ」
満面の笑みを浮かべて内藤は二人を部室へと誘う。
入ってみると野球部の部室とは思えないほどに綺麗に片付いた部屋だった。床には土どころか埃も見当たらず直接尻をつけてもいいぐらいなものだ。
部室にはボールケース一つとバット数本が端に置いてあり、他は棚といくつかの椅子だけで無駄なものが何一つ置いてない。麻雀牌やソファーなんかを期待していたわけではないが、あまりにも綺麗で使用感がなくイメージしていたものとはかけはなれていた。
「まさか初日から新入生が来てくれるなんて思わなかったから何の準備もしてないよ。」
相変わらずの笑顔で内藤さんは言う。
この人は物腰が柔らかいというか、低姿勢というか。先ほどの喜びようといいこの主将といい、自分の中の野球部のイメージが崩れていく。
だからこそこの高校を選んだ甲斐があるというもんだとも思う。バリバリのイケイケ野球部に入りたくて鯖目高校に来たわけじゃない。むしろ好都合だ。
「そうだ、熊野人数分ジュース買ってきてくれないか」
内藤さんがそう言うと、横にいた長身の男が頷き部室から飛び出していった。
「紹介が遅れたね今のが2年生の熊野、それで僕の隣にいるのが……」
「奥田です!同じく2年ッス」
内藤さんの横にいた小柄な男が元気よく声を出す。
体育会系らしからぬこの野球部の中で唯一らしい存在だなと思った。
先輩方の紹介に促される形で俺たちも口を開ける。
「光山渡です、南中学出身です。ポジションはセカンドやってました」
華奢な見た目通りポジションはセカンドか。にしても可愛い顔してるなあ……。
呆けそうになるのを堪え自己紹介をする。
「佐藤ジュンです。木下中学出身です、ポジションは……レフトです。よろしくお願いします」
ポジションはピッチャーが思い浮かんだが口にはできなかった。どうやら未だにトラウマが残ってるらしい。
全員の自己紹介を終えた所で、丁度タイミングよくジュースの買い出しに行っていた熊野さんが戻ってきた。
「じゃ、とりあえず入学おめでとうの意を込めて乾杯しますか!」
練習前に着替えもせずにジュースを部室で飲む。どこまでも運動部らしくない野球部に、ここでならやっていけるという安堵感を感じた。